女「最近色々あってフリーになったんだよねー」男(色々あって不倫になっただと!?)

くろねこどらごん

第1話

「うげぇ、耳が痛てぇ……」


 俺の名前は早賀天馬はやがてんま

 どこにでもいるごくごく普通の高校生だ。

 ちなみに今は少し調子が悪く、耳を押さえながら机に突っ伏していたりする。


「ヘッドフォンしながら寝るもんじゃねぇな。うぐぐぐ」


 理由は簡単で、寝る前にヘッドフォンで音楽を聴いていたらそのまま寝落ちしてしまったからだ。

 おまけに寝返りした時に音量ボタンを押してしまったらしく、壮絶な爆音で目が覚めてしまうという、ひどい目にもあっていた。

 

「よっ、天馬。元気してる?」


 そんな不幸な俺に話しかけてくる声。

 釣られるように起き上がると、そこには制服を軽く着崩し、髪を明るく染めた美少女がいた。


「なんだ、志優か。なんの用だよ」


 安千屋志優あんじやしゆ。見た目はかなり可愛く、クラスでも人気の女子だ。あとおっぱいがすごくデカい。

 ノリが良くて明るいため友達はかなり多いやつで、陰キャの俺にもこうして話しかけてくるくらいに優しい性格でもある。あとおっぱいがデカい。すごくデカい。


「ちょっと話がしたくなってね? 駄目だった?」

 

「駄目じゃないが、これが話せる元気があるやつの顔に見えるか?」


「うーん、ちょっぴり元気なさそう? 朝ご飯は食べないと駄目だぞー?」


「うっせぇ。違うっての……まぁ、似たようなもんかもしれんが。とにかく俺は今は寝るから、起こさないでくれ」


 本当のことを話すのはカッコ悪いように思えて、俺は再び机に突っ伏した。

 実は俺は志優のことが気になっており、こんな姿をあまり好きな子に見られたくないという男心が働いたからだ。

 あとは未だに続く耳鳴りがひどいという理由もあるのだが、それをわざわざ志優に話しても仕方ないしな。心配されるのもなんか嫌だし。


「こら、また寝ない! もうすぐ先生もくるんだから、少し話でもしようよー」


「うおっ、ちょっ、動かすなって。揺れるぅっ!」


 だが志優はそんなことはお構い無しとばかり、俺の肩に手を置くと、身体ごと揺さぶってくる。ついでにおっぱいもぶつかってくる。


「分かった、分かったから!」


 たまらず起き上がるのだが、満面の笑みを浮かべる志優を見るとどうにも怒る気が失せる。

 これも惚れた弱みというやつなんだろうか。

 ついでに耳の痛みも少し収まったのは僥倖ではあった。おっぱいはどうやら滋養強壮にもいいらしい。

 ただ、俺の恋には大きな障害があった。

 

「へへーん、それでいいのだ」


「てか、彼氏はいいのかよ。確か付き合い始めたんだろ」


 そう、志優には既に彼氏がいるのだ。

 明るくてノリがいい美少女がモテないはずがないから当然といえば当然だ。

 報告を受けたときはめちゃくちゃショックだったし、なんなら今もあのおっぱいが他人のものになったことが受け入れられず、大いに失恋を引きずっているのだが……いや、これ以上はよそう。志優に彼氏ができる前に告白しなかった俺が悪いのだ。

 今さら未練たらしいことを言っても仕方がない。

 

「んー、確かに付き合っていたんだけど……」


「なんだよ、珍しく歯切れが悪いな」


 どうも言うのを迷っているようだが、サバサバしている志優にして珍しい態度だ。

 なにか悩みでもあるのかと思い、俺は話を聞こうと続きを促そうとしたのだが、


「あはは。まぁ大したことじゃないんだよ。実は最近色々あってさ。不倫になったんだよね」


「…………………え?」


 志優が発した言葉に、俺は固まってしまった。


(い、今不倫になったとか言わなかったか?)

 

 一瞬頭が真っ白になる。

 まさか志優の口から不倫という単語が出てくるなんて思わなかったからだ。


(い、いや、落ち着け俺。もしかしたら聞き間違いとか、早合点ってこともあり得る。ここは冷静になってじっくり話を……)


「ホラ、あたしってモテるじゃん? 今まで男の人から声かけられてばかりだったんだけど、不倫も案外悪くないね」


「  」


 落ち着く間もなく飛んできたトンデモ発言にまたも固まる。

 ダメだ、もうそうとしか聞こえない。これが俺の妄想だったらどんなに良かったことだろうか。


「あれ、アタシが不倫になったことがそんなに意外?」


「い、いや、意外っていうか、すごいなって……」


「あはは、なにそれ」


 動揺を隠せずにいる俺を見ながらケラケラと笑う志優だったが、正直笑い事ではない。

 俺の中では志優が不倫を楽しんでいることが、もはや確定事項と化していた。


「でも、うちのクラスでも不倫している子かなり多いよ」


「マジで!?」


 今日一デカい声が出てしまう。

 クラスの真面目な委員長も内気なあの子も、すみっこでこっそり本を読んでるあの子も、皆不倫してるってこと!?


「う、嘘だろ? そんなはずないよな!? 冗談だって言ってくれ、頼むから!」


「なに必死になってんの? ほんとだって。このクラス可愛い子多いしもったいないなーとは思ってるんだけどね」


(もったいないどころの話じゃないだろ!?)


「アタシが紹介してあげてもいいんだけどさ。ほら、アタシって結構顔広いし?」


(どんな人を紹介するつもりなんだ!? パパ活の斡旋でもする気なの!?)


「でもこういうのってタイミングとか、本人の意思とか、色々あるからさ。って、童貞の天馬に言ってもわかんないか」


(多分童貞じゃなくてもわかんねーよ!?)


「ま、とはいえ今はアタシも不倫でいる子の気持ち分かるんだよねぇ。不倫ってかなり気楽だしね」


(不倫が気楽なはずないだろ!? お前の倫理観とおっぱいどうなってんだ!?)


 駄目だ。ツッコミが追いつかない。

 あまりにも気軽に繰り出される問題発言の数々に、俺の精神はもはや崩壊寸前だった。


「へ、へぇー。そうなんだ。ち、ちなみに志優が彼氏と付き合ってたときってどんな感じだったの……?」


 それでもなんとか話題を変えようと、俺は元カレのことを聞いていた。


「え、なにいきなり。興味あるの?」


「いや、その、ちょっと気になってさ。ほら俺、志優の言う通り童貞だから、付き合うってどんな感じなのか知りたくて……」


「へぇー、天馬も一応恋バナに興味あるんだ。男の子って元カレの話とか聞きたがらないと思ってたから、ちょっと意外かも」


 不思議そうな顔をする志優だったが、事実その通りではある。

 本来は好きな相手の元カレの話なんて脳破壊不可避だから聞きたくもないのだが、今は別のベクトルから脳破壊を食らってる真っ最中だ。

 少しでもこの矛先を変えたいという、我ながらあまりにもドMすぎる苦渋の選択をした結果なのである。


「た、頼む。聞かせてくれ。志優のことを、俺はもっと知りたいんだ!」


「そ、そうなんだ。アタシのこと……そこまで言うならわかったよ。話してあげるね」


 俺の必死な懇願が届いたらしく、顔を赤らめた志優が口を開く。


(よ、よかった。ひとますこれで不倫なんて言葉は出てこないはず……)


 そう密かに安堵した矢先だった。


「元カレとは元々仲が良くってさ。実は元の関係に戻っただけって感じなんだよね。別れてお互い不倫になったけど、今も割と顔合わせてるよ」


「   」


 再びとんでもない爆弾発言が、俺の身を襲ったのだ。


(も、元カレとは付き合う前から不倫関係だったってこと!?)


 知りたくなかった、そんなこと。

 こんなん脳破壊待ったなしだ。

 だが俺の脳破壊連鎖ブレインチェーン・デストラクションは、まだこんなことでは終わらなかった。


「とりあえず付き合って最初にしたことは、元カレの家に行ったことかな。家族とも顔合わせて、一緒にご飯食べたりしたよ」


「相手の家族と顔合わせて飯食ったの!? マジで!?」


 不倫相手の家族と飯食っただと!?

 どんなつよつよメンタルだよ!? 鋼の心臓ってレベルじゃねーぞ!?


「うん、家には小さな子もいてね。アタシって実は子供好きでね。抱っこさせてもらったんだけど、すっごく可愛かったなぁ」


(相手は子持ちかよ!? 不倫相手に子供抱かせるとかなに考えてんだ!?)


「ご飯食べてるときとか、皆笑顔でさ。アタシも将来あんな幸せ家庭作れたらなぁって、ちょっと思っちゃった。素直に羨ましくなったなぁ……」


(お前その幸せな家族の幸せ壊そうとしていた自覚ある!?)


 目を細める志優を見ても、俺の心臓はまるでドキリともしない。

 違う意味で心拍数は急上昇しているが、こんなドキドキ俺は嫌だ。


「は、はぁ。そうだったんすか。すごいっすね……」


「まぁ最終的に別れちゃったんだけど、それでもいい思い出だよ。恋人って関係が合わなかったけど、悪いやつじゃなかったしさ」


「そうだったんすか。すごいっすね……」


「あはは。天馬、同じこと2回も言ってるよ。変なの」


 いや、笑い事じゃないんだが。

 変なのはお前だし、相手は普通に悪いやつだよ……。

 浮気相手のJK家に招いて別れても不倫関係継続するようなやつ、世間一般では極悪人だ。


「まぁ付き合うとか大したことじゃないんだって。不倫になっても関係は続けることは出来るしさ。天馬にも彼女が出来たら分かるって」


「そうかな……そうかも……」


「うん、絶対そう! アタシには分かる!」


 いや、胸張って言われても俺は分かりたくないです……。

 彼女が不倫してると知ったら、俺は発狂してしまうかもしれない。

 ほんの僅かな時間で、俺は世界の闇を垣間見た気がしていた。


「……なんなら、アタシがそのことを教えてあげようか?」


「へ?」


 おそらく、俺は疲れていたんだろう。

 志優の声に反応が遅れてしまった。


「だーかーらー! アタシが天馬の彼女になってあげようかって言ってるの!」


「え、ま、マジで……?」


「うん、実はアタシ、前々から天馬のことが気になっててさ。彼氏とも別れたのもそれがあったからっていうか……」


 赤い顔でもじもじする志優を見て、思わず胸が高鳴る。

 予想外のことが続いたが、この告白は今日一番の驚きかもしれない。


「もちろん、天馬の気持ち次第だと思うんだけど……どう、かな?」


 どうかなもなにも、俺の答えは決まってる!


「じ、実は俺も前々から志優のことが……」


 すぐに告白の返事を返そうとしたのだが、ここでふと言葉が止まる。


(…………不倫している女の子と付き合うのは、まずいんじゃないか?)


 いやだってほら、今も絶賛不倫中だって言ってたし。

 つまり俺に告白したこの瞬間も不倫関係にあるわけで、それってつまり俺はただのカモフラージュとか、キープくん的扱いになるのでは……。


「やっぱり、駄目?」


 悩み始めた俺を見て不安になったのか、志優が顔を覗き込んでくる。

 顔が近い。綺麗な顔がすぐそこにある。やっぱり志優は紛うことなき美少女だ。

 

「いや、その……」


 気恥ずかしくなり思わず視線を下へと背けてしまうのだが、


(あ、おっぱいでっか)


 そこには胸があった。

 志優のおっぱい、かなりデカい。

 おまけに着崩しているから、ブラもちょっと見えて……。


「ねぇ天馬。聞いて……」


「志優、俺たち付き合おう」


 俺は即決した。

 迷いは晴れた。俺は黒が好きなのだ。

 おっきいのも大好きだ。さらに言えば、おっぱい自体が好きであった。


「ほんと!?」


「ああ、勿論だ。お前が不倫していようが関係ない」


 不倫した男の気持ちがよく分かる。

 男はおっぱいには勝てない。おっぱいの前では不倫していた過去なんて些細なことである。


「あはは。天馬ったらまた変なこと言ってる。付き合ったら恋人になるんだから不倫じゃなくなるよ」


 そうだな。不倫じゃないな。おっぱいだもんな。


「これからよろしくな、志優」


「うん、よろしくね、天馬!」


 決して性欲に負けたのではない。俺はおっぱいに負けたのだ。

 そう自分に言い聞かせ、俺は再度おっぱいをガン見するのだった。




 ちなみに後日、不倫を辞めてほしいと頼んだら怪訝な顔をした志優に問い詰められ、マジギレおっぱいビンタを食らうことになるのだが、それはまた別の話である。

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女「最近色々あってフリーになったんだよねー」男(色々あって不倫になっただと!?) くろねこどらごん @dragon1250

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