第十五章

古びた鍵

 やあジャン。元気かい?

 君がいなくなってから随分経つ。僕たちはまだニネベに住んでいるよ。今は両親の住む家のほど近くに、小さな家を建てたんだ。庭にはエキナケアを植えた。その花の色は僕には見えないが、サラは言うんだ。それはジャン、君がもたらしてくれた幸せの色だと。

 サラと僕はあれから間もなくして付き合うようになり、毎週日曜には僕の家で食事をしていくようになった。

 母は父の研究の手伝いをしていて、サラはその二人の助手みたいなこともしてくれた。

 サラが家に来るようになってから、父が盲人向けコンピューターの読み上げソフトの研究をしていたことを僕は初めて知ったよ。

 ソフトはもう何度もバージョンアップして、いくつかの大学や医療研究施設で使われているみたいだ。僕も少しは検証を手伝ったけど、それを僕が生活の中で使うことはなかった。だって僕にはもうサラがいたから。

 サラに出会って言葉の持つ可能性に目覚めていた僕は、作家を目指した。今では細々と記事を書いて暮らしている。

 僕とサラの交際は順調に継続していき七年前に結婚した。ああ、言っておくけどインディアンフルートでプロポーズすることはなかったな。君の家でひそかに練習しようと僕は思っていたんだけどね。でもフルートは必要なかった。彼女は僕の目の奥の光を受け取り続けてくれていたんだ。それは音色だって彼女は言ってくれた。

 僕はいつまでも彼女の言葉に惚れている。できればこれはサラには内緒にしておきたいが、この手紙を代筆しているのはサラだから、こうやって今ばれてしまった。仕方ない。フルートは何のことだって、横で僕に聞いてるよ。話を戻そう。

 結婚式を終えたその日の夜、ずっと僕の目の代わりを担ってくれていたハミィが眠るように息を引き取った。

 本当に安心したように逝ったんだ。自分の勤めを果たしきったかのようだった。

 ハミィが傍にいてくれなかったら、今の僕は有り得なかっただろう。

 ハミィは親友であり、兄弟でもあった。

 僕は心からの感謝の言葉を彼に述べたんだ。

 薄っぺらく聞こえるかもしれないけれど、全身全霊の気持ちを込めて、「ありがとう。本当にお疲れ様でした」と。

 それから月日は流れ、僕とサラの間に授かった娘はもうすぐ六歳になろうとしている。 

 そんな娘が先日、新たに家に迎え入れた飼い犬のグレースと散歩してたところ、古びた鍵を拾ったらしい。するとどこからか鐘の音とギターの音が聴こえてきて、音のする方へ歩いていったら、家の外でギターを弾いている人に会ったというんだ。

 娘が「何してるの?」と聞くとその人物は「鍵をなくして家に入れない」と答えたらしい。

 どこかで聞いたことのある話だろ?

 そういうわけで僕は今、君宛てに手紙を書いているというわけさ。

 僕とサラの娘はどうだい? 素直でいい子だろう。

 名前は君の名前を貰ったよ。君はもう知っているだろうけど。

 長くなったけど、君にどうしても伝えたいことがあったんだ。君はいきなり姿を消してしまったからね。もちろんお別れの挨拶なんかじゃないよ。

 薄っぺらな言葉かもしれないけれど、全身全霊で気持ちを込めて君に伝えたいんだ。

「本当にありがとう」と。

 君にお別れを言わない以外はハミィのときと同じだね。作家としては同じ表現を繰り返すなんて失格だって君は笑うかな。

 君は娘のジャンナにいったいどんな事実と真実を教えてくれるのだろうか?

 今から娘の成長が楽しみでならないよ。

 今度是非、家で食事をしていってほしい。


 親愛なるジャンへ。

 僕たちはいつも一緒だ。君の曲はずっと心の中にある。

 真実はジャン、君が君であること。

 それだけさ。


 いつまでも君の親友、トビーとサラより。


 ――追伸――

 そういえば、いつも君が奏でていたあのメロディーは完成したかい?

 もしまだなら、お節介かもしれないけれど、ここに僕があのメロディーを思って書き起こしたものを同封しておくよ。

 よかったら使ってみてほしい。


             Yours ,

               Toby & Sala


     †


 僕はサラに手紙を代筆してもらうと最後に歌詞を同封して、今にも家から飛び出しそうな娘を呼んだ。

「ジャンナ!」

「なぁにパパ?」

 ジャンナはすぐにでも外に出掛けたくてウズウズした様子だ。

「この手紙を君の友達に必ず渡してくれるかい?」

「うん! わかった! 行こう! グレース!」

 グレースが弾む声で返事をする。

 バタバタと出掛けていくジャンナにサラが言った。

「よかったら夕食にその人を誘ってね」

 返事もせずにジャンナは駆け出していった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る