ソングバード(3)

「鳴らしてみろ」

 ウェストミンスターの時計台の鐘の音を聴かせてくれた奥の部屋へジャンは僕をつれていった。部屋の真ん中辺りまで歩くと、誘導していた手を離す。

「なんだよ? 急に」

 頭上にたくさん吊り下げられたウィンドチャイム。

 鳴らしてみろっていわれても……。そう思いながらも、僕は両手を上げて、手に触れた金属管を弾いた。その瞬間に、素晴らしく透明な音が複数部屋に反響する。

 ――ああ、やっぱり気持ちいい……。

 僕はジャンのことを一瞬鬱陶しいと思ったことさえ忘れて再びうっとりとしていた。するとすぐにジャンが言ったんだ。「もう一度触ってみろ」って。

「もう一度?」

「いいから、もう一度だ」

 言われるがままに、僕は腕を動かして金属管が振れるに任せる。共鳴しあって美しい音を奏でていたウィンドチャイムは、途端に絡まるような音を立て、歪な音を立てて終息に向かいはじめた。――そりゃそうさ、そうなるよね。

「そういうことだよ」ジャンが笑って続ける。

「物事には時間が要るんだ。音の始まりから終わりまで、全部違うだろ? こうやって和音は混ざり合う領域が増幅しながら変化していく。最後に消え入る寸前の余韻もある。――おまえの言葉は届いたって言ったろ?」

「全然わかんないよ!」

 僕がそう言うと、全然わかっていない僕を不思議そうにしながら、大袈裟にも思えるほどの声遣いでジャンは言った。

「サラもサラの親父さんも、大丈夫だってことだよ」

 わかるようなわからないような複雑な気分だった。ちゃんと理解できるように説明してくれないジャンに僕は少し不満だったけど、まあ仕方ないなって思った。

 ジャンがまた別のウィンドチャイムの金管を弾く。美しい音が鳴り響いた。僕から離れてハミィが後をついていくのがわかる。ジャンは部屋中を歩きながら、次々にウィンドチャイムを鳴らしていった。そのあまりの荘厳さに、目眩がしそうになる。

「なあ? おまえ、わかるよなー?」

 ハミィが嬉しそうに一鳴きした。

「そうか、そうか! おまえはやっぱ最高にいい奴だな!」

 興奮するハミィのはしゃぐ様子が目に見える。ジャンが座り込んだのか、ガタガタと床が音を立てた。何かが倒れる音がして、「おおっと!」とジャンの声がした。

 僕が黙って突っ立っていると、ジャンが僕を呼んだ。

「トビー、好きなのを選べ」

「なんのこと?」

「こっちへ来い」

 言われるがままに近寄ると、僕の腰辺りからジャンの声がした。どうやら壁に立てかけられているフルートの中から、どれかひとつ選べと言っているようだった。前、教えてくれたインディアンフルートだ……。

 僕はこのフルートにはすごく興味があったから、黙って壁を向いて手を伸ばす。

「……どれでもいいの?」

 いったいどれくらいあるんだろう? 僕にはそれさえわからない。

「穴が開いてるのは全部フルートだ」

 ジャンはそう言った。

 きっと僕は、全部は触りつくせなかったに違いないよ。それこそ壁中に、そのフルートは立てかけられているように思えた。

 太いもの、細いもの、ざらざらしているもの、つるつるしているもの。

 凸凹しているもの、何か羽根のようなものがたくさんついているもの……。

 笛というより、もう扇みたいなやつとか、それこそ鳥のはく製なんじゃないか? っていうような変わった形のものまであって、「穴の開いてるのは全部」と言ったジャンのセリフはちょっと大袈裟だと思いながらも僕は真剣に触っていった。

 その中にひときわ小さいものがひとつあった。それは僕の脛にたどり着かないくらいに短くて――そうだな、手首から肘くらいまでかな? そんな程度の長さで、筒っていうより、軽く反った弓みたいな曲線で少しだけざらついていた。

 僕がそれに手を留めて興味深げに触っていると、ジャンが言った。

「鷲の翼か、おまえにしちゃ、いいのを選んだな」

「ワシ⁉ 翼ってまさか! これ骨⁉」

 ジャンが僕のすぐ後ろで低い声で笑っている。

「骨︎だが、それがどうかしたか?」すっと、ジャンの声が一段低くなったように感じた。

「鷲ならダメで、木ならいいのか?」

 僕は一瞬、自分が軽はずみな発言をしてしまったような気がして下腹の辺りが重くなる。

 ――鷲の翼?

 骨でできてるというその棒に、僕は躊躇いながらももう一度触れた。

 これが……翼の骨?

「それはこの中で一番高い音が出る。今のおまえにはぴったりだよ」

 ジャンの言うことはよくわからなかったけど、僕は壁に立てかけられていたそれを手につかんだ。びっくりするくらい軽い……。

 指でなぞると穴は四つだった。穴の大きさは小さいものから大きいものまでいろいろで、上部と思われる部分は潰されたように平たく、そこに小さい穴がもうひとつ開いていた。

 以前教えてくれたインディアンフルートについていた鳥の彫り物みたいな部分はついていない。まっすぐなただの棒だった。

「なかなか似合ってるな! 鷲の羽は換羽期に勝手に抜けるが、病気になったり羽が折れてうまく抜けないと、岩に叩きつけて自分で抜いたりするんだ」

「羽を自分で抜くの?」

 鷲は鳥の王様だっていうのは聞いたことあるけど……。

「鷲のように新しくなるっていうだろ?」

「そんなの聞いたことないよ」

 ハミィが催促するように元気な声で吠えた。


 

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