ソングバード(2)
僕が黙って待っていると、タバコの煙が染みついたいつもの部屋に、甘くて少し酸っぱい香りが交ざりはじめた。ノアが教えてくれた樹脂の塊に火をつけて焚きはじめたんだろう。とたんに昨日嗅いだあの甘い香りが漂ってくる。
――ってことは、やっぱりジャンはこれが何か知っていたっていうことだ。
部屋の隅の方でドカッと音がして、ジャンのブーツの金具がカチャカチャとこすれた。ギッギッという音がリズム好く軋みはじめる。
そこにソファでもあったんだろうか? もしかしたらロッキングチェアなのかもしれない。もしくは、今にも壊れそうなただの椅子かもしれないけどね。
キンッと音が鳴り、ふっと僕の顔の前にひときわ濃いスパイシーな煙が漂ってきた。
ジャン、また新しいタバコに火をつけたな?
ここはジャンの家だから、もちろん構わないけど……。
庭からウッドチャックの鳴き声が聞こえた。ジャンが窓を開けたらしい。すごく清々しい風が入り込んで、外の音もクリアに届いてくる。
緩やかな風に添うように椅子を揺らす音が続いている。ジャンは窓から外を眺めているんだろうか?
「木の中に巣を作った蟻を食べようとキツツキが嘴で突くと、巣食われて脆くなっていた木に大きな穴が開いた。その穴が開いた木に風が通り、音が鳴った。それがインディアンフルートの始まりだと言われてる」
「ジャン?」
――この男はまた何を突然言い出すのか?
ジャンは僕の問いかけに反応せずに続ける。
「穴があるだけでは音は鳴らない。風がなければ音は鳴らない。わかるか?」
僕は黙って聞いた。こんなときのジャンは、実は結構大事なことを言うかもしれないって期待してる自分がいることに僕は驚いていた。誰かから聞いた話を、誰かに話したいと思うことって、すごく簡単で単純なことだけど、これって実はすごい高いレベルの信頼の証なんじゃないのかな?
悔しいからこんなことジャンには絶対に言わないけど。
「互いに深く関わり合ってるんだ」
また妙に恰好いいことを言う。
そう思っているとジャンが、「まあ、コーヒーも飲めないお子様にはまだちょっと早いかもしれないがな!」と茶化してきたから、僕はエクタバナでコーヒーを頼んだことを思い出して急に恥ずかしくなった。
「言葉が届くというのは、それに似てる」
ジャンは部屋の隅で椅子を鳴らし続けていたけど、「ほら、こいつらだって、一本では音は鳴らないだろ」と言いながらウィンドチャイムを弾いて鳴らした。
チャランチャラララ……とせせらぎで川の水が跳ね上がるみたいなきれいな音がした。
六本の金属管とひとつの振り子を頭に思い描く。確かに一本では音は鳴らない。互いがぶつかり合って初めて音が鳴るんだ。
「そういえばそうだね」
僕は妙に納得してしまった。ジャンの笑い声がする。
「お? どうした? やけに素直だな?」
ジャンが僕を呼び立ち上がる。僕は仕方なく歩いていった。
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