樹上のシャーマン(7)
目を覚ますとハミィと隣り合って布地をかぶって横たわっていた。温かい。
聞き覚えのある声が遠くから呼びかける。
「いたぞ! トビー‼ それにノア⁉」
息を切らして走ってきたのはオリバーだった。こっちまで汗が飛び散ってきそうなほどの熱気で空気が揺れる。静かに眠っていた森が一気に目覚めたようだった。
隣でノアが立ち上がり、オリバーが喚きながらこっちに向かってくるのがわかった。
オリバーは相変わらずすごい音を立ててくる。彼の行くところはきっと誰でもすぐに気づくに違いないよ。
僕は手探りで白杖とパイプを探してつかむ。ハミィが嬉しそうにまとわりついた。
「ノア爺さんまでトビーと一緒に迷子になっちまうなんて、頼むよ!」
「おいおい、オリバー、私に受けた恩を忘れたのかね? それに私は盲目で、すでにもうろくしているんだ。役回りが変わったってことさ。迷惑かけたって構わないだろう?」
ノアは大きな笑い声を立てた。ノアなりの冗談なんだろうけど、素直なオリバーはどう返していいかわからないようで、返事をしそこねている。
「だけどよお、うわあ、もうとにかく、ふたりとも無事でよかったよ! トビー、おまえの母ちゃんもエドもいないから俺焦っちまって! あのとき無理やりにでも連れて帰るべきだったんだ! ごめんな! トビー! おまえ大丈夫なのか? 怪我は?」
オリバーが僕の体のあちこちを確認する。
「さあ、ここにふたりの帰還を祝い、私たちを盛大に家まで送ってくれたまえ。お茶くらいならご馳走するよ」
「ノアー、頼むよ! 悠長なことを! でも、エドたちもいないしそこしかないよな。トビー、俺におぶされ!」
「そんなのいいよ!」
僕はそう言って笑ったけど、結局帰りはオリバーに甘えることにした。
†
僕の家で見つかったパイプは、ノアが「それはここへ置いていきなさい」と言うので麻袋と一緒にウッドチャックの骸の隣へ置いてきた。見つかった遺体とウッドチャックは、後でオリバーが必ず埋めておくと約束してくれた。
その『杖』と『麻袋』を僕が持っていたことにも、それをノアがここへ置いていけと言ったことに対しても、オリバーは何も尋ねなかった。
帰り道はびっくりするほど早かった。オリバーの足が速かったのか、僕がぼーっとしていたからかはわからない。ずっとハミィがオリバーの前を先導していたみたいで、オリバーは感心しきりだった。
「トビー、おまえ意外と重いな‼ しかしハミィは賢いやつだなー」
オリバーが連れていってくれたノアの家は、風見鶏のカラカラなる家で、ここがノアの屋敷だったことを初めて知る。
「昔ここは教会だったんだよ」とノアがつぶやくけど、オリバーは「嘘つけよ!」と相手にもしなかった。でもきっと本当のことなんだろうと僕は思った。
オリバーは僕をノアの家へ送り届けると、母を連れてくると言って出ていった。
「エキナケアのお茶だ、飲みなさい。身体を癒す」
ノアが出してくれたお茶は、あんまり美味しくはなかったが黙って飲んだ。
それを三杯も飲み終わっておなかがたぷたぷしてきたころ、表通りから車が停まる音が聞こえて、慌ただしくドアが開閉し誰かが走り寄ってくるのがわかった。
――母さんの靴音だ。
「トビー! トビー‼」
ノアが出迎えるよりも先に、母は部屋へ飛び込んできていた。
「ああ! トビー! よかった!」
母は走り寄ると震えながら僕を抱きしめた。あまりにきつくて息苦しくなる。
「もう大丈夫よ! ごめんね!」と繰り返しながら、母が僕の頬を両手で包みこむ。僕はほっとしたのか、泣いていたみたいだった。
――おかしいな? 全然怪我なんてしてないのに。
「トビー、怖かったのね! 大丈夫よ、もう大丈夫よ! ごめんなさい」
カーステレオから流れていたハリケーン情報の音声とアメージンググレースの音色がまた蘇ってきていた。僕は震えそうになるのを堪えながら、「大丈夫だよ、母さん」と息子を抱きしめ続ける母にそう答えた。
†
自宅に戻ると、慌てて大学から戻ってきた父がすでに家にいてやはり僕を抱きしめた。
汚れた服を脱いでバスルームに入る。ポケットに、麻袋からこぼれた塊が少し残っていたので、そっとまとめて紙に包んだ。
キッチンからは、――母がコーンブレッドとクラムチャウダーを作っているんだろう――すごくいい匂いが漂ってきていた。なんだかすごく懐かしい。数日前に食べたばかりなのに変だな。
バスシンクにお湯を溜めて、僕は頭まで浸かると息をぶくぶくと吐きだした。
シャワーを浴びているときは、いつもは部屋で待っているハミィがバスルームの扉をカリカリとひっかく音がする。ドアを開けると中までは入ってこなかったが、ハミィは脱衣所のところで一度鼻を鳴らすと伏せをして待っているようだった。
「そっか、ありがとう」
ハミィも疲れていたんだろうか。
すっかり眠ってしまったみたいに、返事もせずにそこで静かにしていた。
椅子から倒れ落ちそうなほど重い体で軽い食事を取りながら、僕は母に言った。
「母さん、明日ジャンに会いに行っていいでしょ?」
母は黙っていたが、僕を止めたりはしなかった。
絶対にジャンに会いに行く――僕はそう決めて部屋に戻り、早々に眠りについた。
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