樹上のシャーマン(5)
少し落ち着いて意識が明瞭になってくると、朝からの疲れがこれ以上ないほどはっきりと自覚されて、どっと体が重くなったように感じた。
そんな僕の代わりなのか、ノアが立ちあがりウッドチャックを探してくれる。
ノアが辺りをうろうろとしだすと、ハミィが僕から離れていった。
――大丈夫かな?
僕よりは見えるのかもしれないけど、やっぱり目の悪いノアには難しいんじゃないだろうか。「上着で包んだんだ」と説明する。
今日着ていたカーディガンの色は覚えていない。こんなことならもっと色を気にしておくんだった。今度から新しい服は母さんに色をちゃんと聞いておこう――と思ったけど、そこまで考えて僕は、ああ、ノアに色を話しても同じだったと少し可笑しくなって笑ってしまった。
「……でも、どうしてここがわかったの?」
ノアが辺りを杖でカサカサと払う音が聞こえてくる。
「オリバーが路上で大騒ぎしていたんでね。隣町へ資材を買いにいこうとトラックで出かけると、途中ひどく混乱している君を見つけ、慌ててケイリーを呼びに行ったが誰もいないので戻ったところ君が消えていたと。町に残っていた者たち総出で探したが……」
どこかで聞いた話だ……。
「迷惑をかけてごめんなさい、ノア。父さんといい、僕まで……」
「迷惑? ははは、迷惑についてまた君と話すタイミングがこんなときだとはね。ああ、いや、笑ってすまない。トビー、もちろん謝る必要はないよ、大丈夫だ。この場所も、すぐに町の者が見つけてくれるだろう。私は、エマが君のお母さんと一緒にメアリーの農園に出かけていたので自宅にいたんだが、皆が出払って通りがすっかり静かになったころに君の犬の鳴き声が聴こえてきたので、居ても立ってもいられず後を追ったんだ。――いやはや、久しぶりに一人で歩いたよ。明日は私も熱を出すかもしれないがね」
そう言ってノアが笑うと、合わせるようにハミィが鼻をヒュンヒュンと鳴らした。
「おおハミング、君は本当にいい子だね。あはは、おいおい、やめなさい」
ハミィが尻尾を忙しく振る姿が見えるようだった。
きっとノアに飛びかかろうとしているんだ。ノアの笑い声に、緊張した僕の気持ちがほぐれていく気がした。
「……ああ、この子だね、見つけたよ。後で埋葬してあげよう」
「ありがとう、ノア。……ハミィ、おいで」
僕がノアにお礼を言ってハミィを呼ぶと、相棒はすぐに寄ってきて僕の腿にあごを乗せて寝そべった。ハミィの背中を撫ぜると小枝や葉っぱが纏わりついている。
――家に帰ったらしっかり拭いてあげなくちゃ……。
†
僕を心配してか、ノアは隣に座って明るい声で話しかけていた。
「少し落ち着いてきたかい? トビー」
「うん」と頷くと、ノアが「トビー、タバコを吸っても構わないかね?」と尋ねる。
「もちろんいいよ」と答えると、ノアがコロコロと鈴を鳴らしはじめた。
――鈴?
「皆がここを見つける前に、ここに遺されたものたちはなんとかしておこう」
僕は何も口にはしなかったが、不思議に思って耳をそばだてていた。そんな僕の様子をすべてわかっているかのようにノアが言う。
「トビーは、噛みタバコや嗅ぎタバコなんてわからないかもしれないがね? これは嗅ぎタバコ容れなんだよ、骨董品でね」
ノアはそう言いながら僕の手を取って自分の方へ引き寄せる。一瞬躊躇ったが、力を抜いて任せるとノアが僕に丸いものを触らせた。
そうだな、たとえるならでかいクルミみたいな、表面の凸凹したふたつの丸い塊だった。共に紐がついていてノアの杖につながっている。
きっとこれが、僕が鈴だと思っていたものだと思うけど、そこに穴は開いてなかった。
ノアは紐を取り外して、僕の手にそのひとつを握らせる。
「嗅ぎタバコ容れ?」
「ああ、あまり話すとエドに叱られるかもしれないがね。しかしタバコというのは別に不良の代名詞というわけじゃない。これは、中国では
手の中にある塊は、軽くて木でできているみたいだった。細かい細工が施してある。これがぶつかり合って鈴みたいな音を立てていたのか。
「それには葉っぱが入れてある」
僕の手にかぶせたノアの手が、器の窪みを指でなぞって何かを確かめている。しばらく確認すると、「ここだ、捩じってごらん」と、僕に手の位置を教えて捩じるように言った。
少しだけ逆方向に力を入れるとあとは簡単に開いた。半球になった片側の器の表面にそっと指先で触れてみると、カサカサと細かい枝葉のようなものが詰まっている。粗い紅茶の葉っぱみたいだ。麻袋に白い塊と一緒に入っていた木屑や葉にも似ている感じがした。
「中からひとつまみ出して、ここへ入れて」
僕は言われるがままにする。ノアの言う「ここ」というのがどこなのかはわからなかったけど、ノアが僕の手をつかんで持っていくのに任せた。
「君が見つけたパイプを使おう。きっと供養になる。ほら、ここだよ、触ってごらん」
手を伸ばすと杖の取っ手だと思っていた部分――小鳥の形にそっくりなところには先に穴が開いていた。その取っ手の部分を、穴を上に向けた状態でノアが僕の膝に乗せる。
「いいかい? 火をつけるよ」
ノアが体を動かして何かを取り出し、カチャッカチャッと音を立てた。そっと近づく彼の手から熱い空気を感じる。
「君のオリバナムを少し貰ってもいいかな?」
「オリバナム?」
「ああ、すまない、さっき話したフランキンセンスのことだよ。少し貰えるかな?」
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