樹上のシャーマン(3)


 ……………………。


(……ビー……)


 …………。


(……ビー、トビー、……お…なさ……)


 ――だれ……?


「トビー、起きなさい、私の声が聞こえるかね?」

 僕を起こしたのはノアだった。目を覚ますと隣にハミィの荒い鼻息も聞こえる。僕の顔を舐め、生臭い匂いも漂ってきていた。ハミィの舌が温かい……。

「……? ぼ、く……」

「頭を打ったんだろう。大丈夫か? 寒いかね?」

 ノアのかさついた小さな手が、僕の肩を擦っていた。

 ――ノアは目が見えないんじゃ……。

 僕は全然関係ないことを考えていた。

「ど……うして、ここ……ウッドチャックは――」

 どのくらい時間が経ったのかわからなかったが、周りはまだ真っ暗闇とは言えない程度の明るさがあるように感じた。落ち着いたノアの声がどことなく力強く聞こえるけど、ノアが僕の体を支えてあちこちを擦るたびに聴こえるコロコロとした木の鈴音が妙に懐かしくて優しく響いた。

「こんなに奥深くまで来てしまうなんて、迎え入れられたのだね。待っていなさい。すぐに助けてあげるから」

 ノアはそう言うと、僕の体のあちこちを触って何かを緩めていった。

 全然状況を理解なんてできていなかったけれど、それまで僕の体は何かに巻きついて絡まってしまっていたようで、僕を覆っていた大きな物体が取り除かれたときにようやく、自分の体が自由になったことがわかった。

 寒い……。僕の顔を舐めるハミィの息がやたらに温かい……。

 一瞬だけ、体が膨らんだ気がしたけど、またすぐに重くなって沈み込んでいきそうだ。

「……ビー、……を…つんだ……の…を……なさい。この辺りは、アベナキ族の末裔がいたところなんだ。もちろん今でもいるにはいるが、この辺りにはもう暮らしてはいない。……ビー、トビー、大丈夫か? しっかり保つんだ。寝てはいけないよ。私の話に耳を傾けて。口は開けるかい? なんとか喋るようにするんだ」

「ノ、ア……? アベナキ……族?」

「――そうだ。北東部の森林部族でね。多くは息絶えたか、カナダへ行ってしまった。森林部族の民は、呪術師向けの埋葬方法として樹上葬というのをやるんだ」

「……じゅ……じょうそう?」

 ノアはずっと、何を難しいことを話しているんだろう……。

 ……なんだかよくわからない。

 ノアが僕の頬を何度も叩いているような気がする。

 痛くは、……ないけど……。

「樹の上で行う、葬儀のことだよ。遺体を丁重に毛布などに包んで樹木の上部に縛りつけ風葬するんだ。アメリカの先住民は、天空とか太陽に他界があって霊魂の昇天を容易にするという観念と結びついている。精霊に近づくために、高いところのほうが現世との行き交いも容易になると考えたんだろう。――トビー、どこも痛いところはないかい? すまないね、私にもよく見えないから」

 ノアがそう言いながら、僕の両足をさすっていた。

 さっきまで感覚のなかった足だけど、なんだか温かく感じる。

「……そう、だ……ノア、目は?」

「明暗は見えるから、君が動いているのもわかるし、体の位置もわかるから大丈夫だ。私のことは心配しないでいい。で、どうだい? トビー、どこか変なところはないか? 動けそうかね?」


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