第十一章
包まれた杖(1)
その夜僕はまた夢を見た。
真っ暗な闇の空に舞い上がる電線とカラスの大群。唸るような稲光がガラス越しに助手席に座っている髪の長い男を照らすと、そいつは、どうした? と僕を振り返った。
何か途切れた音が聞こえている。顔にザラつく何かが降ってくる。口の中がじゃりじゃりして石みたいだ。
――ジャン?
振りかえったそいつの顔を確認しようと体を起こそうとすると、すべての窓ガラスが一斉に割れ、いつの間にか魚の大群に姿を変えたカラスの群れが突き刺さるように飛び込んできた。
僕は息もできないまま視界を失い、ぬめっとしたものを撥ね除けようともがき苦しむが、次々と破裂していく魚の群れの内臓が僕の目や口や鼻の中に入ってくる。取り除こうと口を開けば開くほど、僕の体内に僅かに残った空気を毟りとるようにして、内側に注ぎ込まれた。
視界が泥色に滲む――。
魚の肝と砂漠の砂が混ざり合って僕の顔を埋め尽くしていく――。
…………
ベッドに横になった僕に乗っかったまま、顔中を必死に舐め回すハミィの不安気な声で目を覚ました。ハミィのよだれで首元まで濡れている。
「なんだ、ハミィ、おまえか」
僕はひどい汗をかいていた。起き上がり、しきりに鼻を鳴らすハミィの体に腕を添え、ベッドサイドに脚を降ろすと顔に手をやる。その手がザラザラと砂粒のようなものに触れた。
――なんだこれ? 夢じゃなかったのか?
ハミィが僕の膝に脚をかけて、再び僕の顔を舐めようとするのを押しとどめ、両手でもう一度顔を触ってみると、やはり荒い粉のようなものが張り付いている。口の中にも少し入っているのか変な味がした。なんだろう、ジャンが僕に食べさせた不味いチョコバーほどじゃあないけど……。
そのとき、僕の頭上からパラパラと何かが降ってきた。意識して手の平で仰ぐと、ほんの少しだがやはり何かが降り注ぐ。僕は白杖を手に取り、ベッドの上に乗り上がって天井へ向けて突いてみた。――届くだろうか?
コッコッ……と叩くように天井を探ると、さっきよりも多い量の屑が降ってきた。
†
枕元に置いてあったガウンを羽織り階下へ降りようとすると、珍しく父が階段を上ってきた。下から優しい声がする。
「おや、トビー! もう起きたのかい? 今起こしに行こうとしていたところなんだよ」
僕を起こしに? 父の声は妙に明るく穏やかに響いたが、「どうした? 何かあったのか?」とすぐに尋ねてきた。
一応軽く拭ったけど、僕の顔は正体不明のもので汚れていたに違いない。
「父さん、たぶんなんだけど、天井が崩れてきてるみたいなんだ。寝てたら頭の上に何かが降ってきて……ちょっと、こら、ハミィ、もういいんだってば」
足元でまだ僕の顔に飛びかかろうとチャンスを狙っているハミィを制しながら僕が苦い顔でそう答えると、状況を吞み込んだ父がほっとした声で笑った。
「ああ! そういうことか、よしちょっと見てみよう。今日は私は大学へ行くのであまり時間がないんだが、朝食は一緒に食べたいと思って起こしにきたんだよ。先に下へいってなさい。この家は相当に古いからね! むしろこれまで崩れてこなかったことが不思議なくらいさ!」
広くはない階段の中央を譲り、父は僕の部屋へ入っていく。
「うん、お願い」そう言い残して僕は下へ降りた。
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