第十章
サットン・ロックス・ストリート187(1)
翌日の朝、昨日は散歩に出ていないせいか、ハミィが珍しく僕の顔を舐めて起こした。
両親に挨拶をし、母が用意してくれた朝食を食べる。
ハミィが、いつにもましてカチャカチャとフードの皿を僕の足元で鳴らす。あっと言う間に食べ終わったのか、早く散歩に連れていけと催促して吠える。気が早い。
「昨日散歩に連れていけなかったから、今日はトビーがサービスしてくれるわよ」
母は笑っていた。
食事を済ませ外に出るとハミィは何も言わずに歩きはじめた。どうやらこのルートはジャンの家に向かっているようだ。
「おまえもジャンに会いたいんだ?」
僕がそう言うと、ハミィは元気よく鳴いた。
柔らかい土の道から、脇道に逸れ砂利の道へ移った。細かい石が足の裏に伝わる。緩やかな右曲がりのカーブを進むと、もうジャンのギターの音色が聴こえてくる。
僕は大きな声で「おはよう!」と声を掛けた。
ギターの音色が途絶え、重たく低い声が僕に向かって言った。
「オッス、やっと来たな」って嬉しそうに。
僕は昨日の出来事をジャンに話した。サラのこと。そして僕の両親の言葉。
「おまえの両親の言うとおりだよ」
ジャンは言った。
僕はジャンならきっと僕のことを理解してくれると思っていたから、その言葉にショックを受けた。やっぱりジャンも他の大人たちと同じなのかって。
ジャンは僕の気持ちを見透かしたのか、「おまえも大人になればわかるよ」と続けたけれど、僕には、ジャンのその言葉がとてつもなく悔しくて悲しいものに思えた。
「僕には何もできることはないのかな?」
悔しさと悲しさが織り混ざって言葉になって出てくる。
「今ある事実から目を背けないことだ。真実はその中にある」
ジャンが言う。
何も言えずに僕は黙った。
僕はただサラの内側にある、恐れや不安や悲しみを取り除きたいと思ってるだけなのに。
自分の無力さに涙が出そうだった。
「おまえならできるかもな。その事実を生み出した真実をおまえなりに解決することが……」
ジャンが僕の心の声に答えるかのように言った。
「行くか?」
「行くってどこへ?」
僕は混乱したまま尋ねた。
「おまえが彼女をどうしたいか? より、彼女が現状をどうしたいか? だろ」
「……うん! 行こう!」
僕らはエクタバナのダイナーに向かった。
†
僕は車の中でずっとサラのことを考えていた。カーステレオから流れるロックンロールが僕の気持ちと車の速度を速めてる気がした。ここのところ毎日のように通ってるこの町にも、僕も少しは馴染んできたんだろうか?
ダイナーに入るとジャンが言った。
「サラが見当たらないな」
相変わらずダイナーは客の声で賑わっている。この空間が週に一度、水曜だけは静まり返っているなんて想像もできない。
「店の人にサラのことを聞いてみてよ」
僕がそう言うと、ジャンはちょっと待ってろと店の奥へと歩いていったようだった。話し声が聞こえるが、店の活気で聞き取れない。
しばらくその場でハミィと待っているとジャンが戻ってきた。
「行こう」
ジャンに手を引かれ僕は車に乗せられた。ハミィを後部座席に乗せて、ジャンも乗り込む。
「今朝、休むとサラから電話があったそうだ。元気がなかったので、風邪か何かだと思ったらしい」
メモ紙か何かを開く音がする。サラの住所でも聞いてきたのだろう。
「とにかく彼女の家に行ってみるか」
ジャンの車は少しの間真っすぐ進んでから、ジグザグと小さく何度か回って、そしてゆっくりと停止した。
「この辺だと思うが……足元に気を付けてくれ」
ジャンは再び僕たちを降ろすと歩き出した。その後をハミィが追い、僕をガイドした。
レンガなのか、アスファルトが割れているのか、足元は小さくガタガタと揺れる。ジャンがぶつぶつ言いながら歩いている。ほどなくジャンが立ち止まって言った。
「サットン・ロックス・ストリート187……187……ああ、ここだ」
「アパートなの?」
「ああ、そうらしい。302号室だ」
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