真実は人の数だけ(4)
サラは明るいし、フレンドリーだ。それでも何かの拍子に不意に訪れる違和感。何かを突然遮断しようとする拒否感。それはいつだったか。僕はサラとの数少ないシーンを思い出してみる。
初めてサラと会ったあの日、彼女との会話から抱いた感覚。
サラがエクタバナの町の学校に通ってるのを聞いて……じゃあ両親と暮らしてるのかってジャンが質問したとき……。
そしてさっき、僕の父が現れた瞬間……。
ちょうどボソボソしたハンバーグを飲み込んだ瞬間だった。サラが何に怯えているのかがわかった気がしたんだ。
僕は食器を置いて、二人に自分の考えを話してみた。
「サラは、きっと僕みたいな家族との関係がないんだ」
父と母が、僕を見るのがわかる。
何かの理由で、拒否しているか、拒否されているか、愛されていないか、とにかくサラから感じる孤独感、寂しさは、家族に恵まれた人の持つものではない――僕はそう確信していた。
「サラはきっと両親に対して怯えていると思うんだ。それはたぶん父親だ」
僕は父と母の賛同の言葉を待った。背中を押してほしい。これは僕の甘えなんだろうか。
開けられた扉から、僕の手を引いて、どこかへ導いてほしい。このモヤモヤを解消したい。たぶん僕はこのとき、両親にとても期待していた。
「トビー、もし君の予想が当たっているのならば、君はこれ以上彼女の闇の部分に首を突っ込まない方がいいと思うよ」
予想外の父の言葉が、妙にゆっくりとした丁寧な話し口調で流れた。諭されているみたいな少し不愉快な気分だ。
「どうして?」
苛立つ僕に、母が答えた。
「どこの家庭にもそれぞれの事情があるはずよ。もしサラが父親に虐待を受けている事実があれば警察にも話せるけれど、まだあなたの予想の域を出ないわ。もし仮にそうだったとしても、こういう話は安易に他人が介入してよいものではないのよ」
「でも……!」
賛成してくれるとばかり思っていた。じゃあ今すぐ何かできるってわけじゃないかもしれないけれど、どうすべきか一緒に悩んでくれると僕は思っていた。
いつもはこれ以上ないほどにおせっかいな感情を見せる母の控えた姿勢。僕の問題は家族の問題だと、温かい言葉をかけ続けてくれた両親の今のこの態度は、明らかに矛盾しているようにさえ感じた。裏切られた思いがする。
時に大人は、困っていたり助けを求めている人に、手を差し延べようとしないことがある。単純に面倒だと思う人や、関わりたくないと思う人もいるだろう。
どんな大人だって、『助け合いなさい』っていうくせに、街角にいるホームレスを遠巻きにして関わらないようにする。それってなんだ。矛盾だらけに思えた。
僕ら子どもの目線から見れば、困っている人を助けないなんて悪だ。僕もそのときはそう思っていた。大人は間違っているって。都合がいいときだけ助け合いの精神を語るくせに、いざってときは関わろうとしないんだって。
でも、少しずつ大人になるにつれて気づくんだ。困っている人に手を差し延べられることと、差し延べられないことの違いに。
ただし、この差は本当に微妙だ。差し伸べるべきかどうか、誰かの介入が可能な事柄か否か。介入するとしても、それに相応しい人かそうでないのか。
真実は人の数だけある。その判断の正誤は神様にしかわからないだろう。
だけど今はこれだけは言える。世の中のそんな矛盾に遭遇したのなら、僕たちはそこから目を背けては駄目なんだ。わからないときに、見ない振りをすることだけは絶対に駄目だ。何もしないことに対して、都合よく理由付けをして納得するべきでもない。
さらに言えば、手を差し伸べられないことなんて、僕はないと、今では思っている。そのやり方がわからないだけだ。結果何もできないからといって、安直に『何もすべきじゃない』と言うのは、間違っている。
結果として『何もできない』だけだ。
しかし、まだ子どもだった僕は、両親の言ったことに納得がいかないまま、怒りにも似た気持ちを抱えて、その日はベッドに潜り込んだ。
自分の両親が面倒臭がりでもなければ、関わろうとしないわけでもないのは僕が一番よく知っていた。だからこそ、親の言ったことが理解できずにモヤモヤしていたんだ。
――ジャンならなんて言ってくれるだろう。
ジャンならきっとわかってくれる、早く明日になれって僕は思った。
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