真実は人の数だけ(3)

 食事用の買い物を済ませて家に戻る。

 母がすぐに支度をするからと言ってキッチンに立った。ほどなくしていつもとさほど変わらない、出来立ての料理の香りが漂ってきた。

 ああ、確かにハンバーグの匂いがする……。

 一口食べて父が驚く。母のクスクスと笑う声がする。

「トビー! これはすごいよ! 君も食べてごらん、まさしく野菜のハンバーグだ!」

 僕も試しに食べてみた。少しボソボソとはしていたものの、確かにハンバーグだって言われたらハンバーグに感じないわけでもない。味はだいぶあっさり目だったけども……。

 でも僕はずっと考え続けていたサラの様子で、肝心の野菜料理の味にあまり興味がなかった。返事はしていたつもりだったけれど、きっと難しい顔をして考え込んでいたんだろう。父と母が食事の手を休めて、とうとう僕に尋ねた。

「ねぇ、大丈夫? トビー」

「具合でも悪いのかい?」

「ごめんね、なんでもないんだ、少し考えごとをしてただけだよ」

「話したくないならいいが……。昼間に会ったあの少女のことかい?」

 父はそう言った。すべてを見透かすようなこの父の言葉に、少し前の僕なら反抗して拒絶していたかもしれない。

 相手のことを真剣に考えていれば、想いは伝わる。表面からではわからない内面、事実に隠された真実。ジャンがダイナーに向かう車の中で言っていたことに近いのかもしれない。

 父と母が、僕のことを真剣に愛してくれているからこそ、踏み込んでくることが僕にはわかっていた。さらに言うと、僕の無意識の中にも、共有してほしいという想いがあり、それを両親が感じ取ってくれるからこそ扉を叩いてくれるのかもしれない。

 僕は正直に両親にサラのことを話した。ガールフレンドと呼ぶにはまだほとんど何も知らないサラというエクタバナのウェイトレスの学生のことを。ニネベに移り住んで初めての年近いこの少女の持つ、不明瞭な違和感、恐怖感が僕は気になっていること。

 父と母は言葉少なく、黙って聞いていた。

「それであなたはどう思うの?」

 父と母に、意見はなかった。僕が求めていないことを知っていたのかもしれない。

 息子が真剣に悩んでいる姿を見て、ただ一緒に悩んでくれた。

 僕はこの二人の子どもで本当に恵まれていると思った。ともに喜び、ともに傷つき、ともに悩み、常に身を寄せ合う努力を欠かさない。

「トビー。忘れないでほしいわ。あなたの問題は、私たち全員の問題よ」

 そうだ。この言葉を当たり前の言葉として発することができる両親に、僕は生まれてからずっと感謝してきた。

 父と母が僕に向ける愛の大きさは、ずっと変わっていない。僕の目が見えていたときも、そうでない今も、きっと何も変わってやしない。変わったと思っていたのは、僕だ。

 僕を心配する父と母の愛に、苛立っていた少し前の自分を少し情けなく感じた。

 血のつながりがあっても、家族として成り立たない者がいる。まだ世間をそれほど知らない僕にだって、それはわかる。

 サラから感じた寂しさ。あれは孤独感だったんだろうか。一人で問題を抱えている。そう思った。

 もう少しで何かがつながりそうだった。

 サラが僕に落としていった、感情のかけらという点と点。僕はそれをたどるように、心の中で拾い集めていった。

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