真実は人の数だけ(2)
「……サラ?」
「わたし、ごめんね、もう行くわ。楽しんでね。それより今度よろしくね」
サラが急に慌ただしく言ってベンチから立った。
今度よろしく? 僕にはさっぱりわからなかった。
「今度?」
「あれ? 聞いてないの? 水曜日よ。来週あなたの町へ行くわ。ジャンによろしくね」
「……もちろん聞いてるよ! すごく楽しみにして待ってるからね」
聞いてない! ジャンの奴め!!
ジャンに腹が立つ気持ちと、突如訪れたサラの言う「来週」に、どうしようかと焦る気持ちもあったけれど、急に何かに急かされるようにして立ち去ってしまったサラのことが気になって仕方がなかった。
「知り合いかい? トビー」
父が寄ってきて、不思議そうに尋ねる。
「いや、人違いだって」
僕はごまかした。父はそれ以上深く聞かずに、九月に行く釣りのために必要な服はどうしようかと言うようなことを僕に聞いた。僕は立って父の後ろを歩きながら、生半可な返事をして適当に口裏を合わせた。
とにかくサラのあの感情が気になってぐるぐる考えていたんだ。
誰かと話せるような気分じゃなかった。それにサラのことを説明するのが面倒だったっていうのもある。
†
「行きたいところがあるの!」
長い買い物を終えると母が車の助手席でそう言った。
「ベジタリアン向けのオーガニック食材の店よ。今日の夕食はオール野菜料理を作るわ! トビーには野菜ハンバーグを作ってあげる」
「野菜? いったいどうして?」
僕は別に野菜が嫌いなわけじゃなかったけれど、母はベジタリアンではなかったし、これまでそんなことは一度もなかった。
できれば野菜だけって言うのは……、なんとなくちょっと勘弁してほしい。
普段母に盾突かない父も不満そうに言う。
「オール野菜料理? それは健康的だが、またどうして?」
「実はメアリーがね、ほら、トビーも知ってるでしょ」
メアリー。必ずクラクションを二回鳴らして、車の中から豪快な声を掛けてくる元気な人だ。
「ああ、うん。車から叫んでる人だよね」
僕がそう言うと、母は笑い出し、「そうそう」と相槌を打った。
「実は彼女自家農園をやっててね! 彼女ったら根っからのベジタリアンで肌も綺麗だし、スタイルもいいでしょ? その美貌の秘訣が知りたくて思い切って聞いてみたら、毎日野菜をたっぷり食べることよって」
ベジタリアン……? あの豪快なメアリーはベジタリアンだったのか、随分イメージが違う……。
母がメアリーにもらった地図を出して、父にその店の場所を案内している間、母はメアリーからもらったレシピがどうだとか、この間ランチ会で一緒に食べたソイミートのナゲットが美味しかったとか言うことを嬉しそうに語っていた。
母たちが話し込んでいる間、僕はまたサラのことを考えはじめていた。
僕とサラはあのベンチで自然に話し込んでいた。サラはとても落ち着いていたし、和やかだった。それなのに、僕の父が現れた瞬間に、不自然に話を切り上げて立ち上がったサラ。
僕の父が現れてからサラに恐怖の感情が湧き出てきたのは間違いない。
それに見え隠れするかのように、淋しさや羨ましさも感じた。
「ねえ、トビー? 聞いてる? 毎朝メアリーが農園に行くときは、いつも彼女の旦那さんが送ってくれているんだけど、その車でこの間私も一緒に農園まで連れていってもらったのよ――」
母が話しかけてきて、僕は会話に連れ戻された。
農園に行くメアリーを、毎朝旦那さんが送ってくれている?
そんなこと初耳だった。僕のイメージではメアリーは一人車に乗ってるんだと思っていた。豪快な声で挨拶してくれる、クラクションを二回鳴らすメアリー。
さっきは上の空で聞いていたけれど、母の話からすると、どうやらメアリーは根っからのベジタリアンで美貌の持ち主でスタイルがいい……。
僕のイメージは大外れだ。豪快でどちらかというとどっしりした人かと思っていた。それにまさか旦那さんが一緒に乗っていたなんて。ってことは、クラクションを鳴らしていたのはメアリーじゃなくて旦那さんだったってことなのか……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます