第九章
真実は人の数だけ(1)
翌日、出掛けようとしたら両親に止められた。今日は隣町まで買い物に付き合ってほしいと言われたからだ。僕の引き出しの中で、止まってしまっていた盲人用の触読式腕時計や今の僕にはもう小さくなってしまっていたサングラス、あとは僕や父の衣類なんかも見ようってことだった。父は釣りの道具も欲しがっていた。
「まさか、それってエクタバナ?」
「よく知ってるね」
父が言った。最悪だ……あんな恥ずかしいことがあったばかりなのに。昨日はダイナーに行けなくて少し残念だって思ったけれど、いざ行くとなるとやっぱり恥ずかしい。先日の出来事を思い出して僕はかなり躊躇った。
でも行きたくないって言っても怪しまれるだろうし、まぁ、サラはダイナーでアルバイトのはずだから、会わないで済むだろう、そう思って僕はツイて行くことにしたんだ。ツイてないとも知らずに。
エクタバナまでの道のりは、ジャンと同じ道を使っているようだった。道路の振動、アスファルトのでこぼこでなんとなくわかった。
「釣り具を見てくるよ。待っててほしいんだがいいかい?」
「ああ、動かないからゆっくりしてきていいよ」
「ありがとう、トビー」
父と母はそう言って売り場に戻っていった。
僕は売り場から少し離れたベンチに座って息をつく。やっと少し休憩だ。人混みはやはり苦手だ。
「トビー?」
聞き覚えのある、よく通る声が僕の名前を呼ぶ。
「やっぱりトビー! 偶然ね。今日は買い物なの?」
声の正体はサラだった。
「ああ! サラ、本当に偶然だね! 今日はアルバイトは?」
僕は焦った。
「水曜日は定休日なの」
サラが隣に腰を下ろす。僕はどぎまぎしながらもサラの様子を探っていたが、どうやらサラが普通に接してくれそうなので、この不意に訪れたサラとの時間に感謝して、そのまま少し話した。
会いたくないって思っていても、やっぱりサラの声を聴くと嬉しい気持ちが湧き上がってくるのが自分でもわかる。
「何を買うの?」
サラは、両親が僕のために何を買おうとしているのか興味があるみたいだった。深い意味はきっとない。純粋な興味だ。
十三歳の男の子の買い物の中身を聞いてくるウェイトレス。
僕は少しだけ戸惑いながらも、両親と話していた予定を正直に話した。
「その、盲人用の時計の修理とか……あとはサングラスとかね」
「まあ。トビーのご両親は少しおバカさんね。時計はいいとして……」
「なんのこと?」
僕にはサラが言おうとしていることがわからなかった。
「だってこんなに素敵な目をしているんだもの。隠すことなんてないと思うわ」
その言葉を聞いて、僕は一瞬固まった。
そして次の瞬間、僕は思わず口にしていた。もうずっと心のうちに留めてきた、一生確認することなんてないと思っていた言葉だ。
「ねえ、サラ。僕の目はどうなってる?」
僕はずっと、僕の見えなくなった「目」がどうなっているのかに興味があった。
盲人が当たり前のようにサングラスをすることに対して、疑問を持っていた自分がいた。
見る者に、この「見えない目」は、不快を与えるのか。あのハリケーンが僕に与えた犬の糞みたいなぬめっとした感触、あれはいったいなんだったのか、僕にはもう確認しようがない。
僕の眼球は、いったいどうなってる。もう二度と鏡では見れない自分の育ってきた姿。十三歳の僕……。
サラが僕をまっすぐ見ている。僕はそう思った。
一瞬の沈黙があった。沈黙というほどの長さではなかったかもしれない。でも僕にはなぜかサラが微笑んでいるのがわかったし、僕のこの質問を喜んでくれていることもわかった。
「美しいスモーキーなグレーよ」
サラはいつもと変わらない、よく通る声でそう言った。
――美しいスモーキーなグレー。
僕はサラから見た僕の目を想像した。
「見えないってことがわかる?」
「そうね。わかるわ。つぶれているし、動かないわ。それに中心の黒い部分はないわ」
長年の疑問が解決して、僕は満足した。
それから僕はサラに質問責めをした。すごく短い時間だったと思うけれど、僕はカラクリの壊れたおもちゃみたいに質問に質問を重ねた。
僕の顔はどんな風なのか、髪の色は何色か。僕の背かっこうはどんな風なのか――サラはそのすべてに嫌がらずに答えてくれた。
「ああ、トビーお待たせ。次は二階に行くそうだよ」
父が僕に声を掛けた瞬間だった。
サラと僕の間にあった穏やかな空気が一変したんだ。
声を出さないサラの内側から、明らかに恐怖に似た感情が溢れてくる。
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