七歩先のビッグベン(4)
僕は言われたとおりにする。
1、2、3、4、5、6、7……。
歩いた先で、頭にまた金属の棒がぶつかった。僕の真ん前で、キンカンキンーキンカンキンーと柔らかい鐘の音が響く。さっきジャンが「これか?」と言って聴かせてくれた音色だ。やはりどう聞いても教会の鐘の音にしか聞こえない。
手を伸ばして触ってみる。冷んやりとした棒の集まり。そこには確かにウィンドチャイムがあった。吊り下げられている金属の筒は、ひときわ長くて、僕の背丈ほどもあるように思える。長い筒がやはり六本ぶら下がっている。
「その一本一本のチューブがそれぞれ別の音を持っているんだ。異なった音同士の管が、互いに共鳴し合って美しいハーモニーを奏でてる。この音は計算され尽くしてる。純正律で成り立っているんだ」
ジャンの言葉は難しかったけれど、とても穏やかに響いた。彼にしては珍しく、少しうっとりとしている感じがする。
「鐘の音だと思ってたよ」
「そうだ、これは鐘の音だ。ウェストミンスターのビッグベンの音が再現されてる」
ジャンはそう言った。
「ビッグベン?」
「時計台だな」
僕は恥ずかしくなった。教会の鐘の音だと思ってたのに、実はそれがウィンドチャイムで、さらに教会の鐘でもなくて時計台の鐘の音だったなんて。
「まったく勘違いしてたよ」
僕がそう言うと、ジャンは笑った。
「どっちも時を告げる鐘だ。違いなんてないさ。響けばいいのさ」
ジャンがいくつかのチャイムを弾いたんだろうか、僕の周りでたくさんの和音が一斉に重なりあって響いてきた。やばい、気持ちいい……。
僕はなんだかその音が気持ちよすぎて持っていかれそうになる。僕の後ろから、ハミィが寄ってきて僕のふくらはぎに頭を撫ぜつけた。構ってほしいのか。
「ああ、ごめん、ハミィ」
僕はしゃがみこんで、ハミィの胴体を左腕で抱き、右手で首を撫ぜた。
そのとき、僕のお尻がゴトッと何かに軽くぶつかった。結構狭い部屋らしい。何かを倒しそうになったのかと思い、音のした方へ腕を伸ばしてみた。また別の棒のようなものが床に立てかけてある。木だ。
「おいおい、気が早いな。もうサラにプロポーズするつもりか?」
ジャンがいきなりそう言って笑った。急に出た『サラ』っていう単語に咄嗟に僕は反応した。顔が熱くなる。
「プロポーズってなんだよ⁉ いきなりだな!」
ジャンは笑っている。ほんとによく笑う奴だ。
「これは何? 杖?」
「なんだと思う?」
そう言われて、僕は再度手で探ってみた。僕の腿くらいまである長い木の杖みたいなものだ。何か所かに丸い穴が開いている。
上の方には鳥の木彫りみたいなものが取り付けられている。
そこを触っているとジャンが言った。
「そこはリードだ」
「笛?」
「そうだ。吹いてみるか?」
「楽器なんて、僕には無理だよ」
「これはインディアンフルートなんだ。誰でも吹けるぞ。プロポーズするときに普段楽器なんてやらない男が女を落とすためにかっこよく吹くための笛さ。誰でも幻想的な音が鳴るように音階ができてるんだ」
「落とすとか言うなよ!」
僕はたぶんまた真っ赤になっていた。ジャンが大笑いする。
ジャンが動くたびにウィンドチャイムが鳴った。
「ジャン、ギターを弾いてよ」
僕たちはもう一度外へ出て、ジャンの奏でる未完成のギターの音色を聴いた。
たまに鳴る風が、ウィンドチャイムの音色を泳がせる。
ハミィが心地好さ気に僕の膝の上に頭を乗せてじっとしていた。ウッドチャックの鳴き声がジャンの家の裏庭でキーキーと共鳴していた。
いつかあのフルートをジャンのギターに合わせて吹いてみたい、僕はそう思った。
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