早くよくなれよ、相棒。彼女も待ってるぜ(3)

 柔らかい土が砂利に変わるころ、まだ未完成だと言ったあのギターのメロディーが聞こえてくる。

「よお、もういいのか?」

「うん、お見舞いに来てくれたんでしょ? よく家がわかったね」

 ジャンはギターを置き、キンとライターの火をつけた。

「狭い町だからな」

「ありがとう」

 ジャンは大きく息を吐いて言う。

「友達じゃないか」

 僕とジャンの会話に口出すようにハミィが吠えた。

「ああ、もちろんだとも、おまえとも友達だよ」

 ジャンは笑いながらハミィに話し掛けている。

「だけど、どうやったの? 二人とも、ジャンのことハンサムな好青年だって!」

 そのことを伝えるとジャンは大笑いして言った。

「おまえ、いったい俺にどんなイメージ持ってるんだよ!」

 確かにジャンの言うとおり、初めてジャンに会ったときの印象を僕は勝手に頭の中で具現化してたから、実物とは全然違ってもおかしくない。

 でもなあ、出会い頭からあのチョコバーに酒だろ? まあ僕の想像もそんなに外れちゃいないって思うけど、実はジャンはすごくハンサムな好青年なのかもしれない。

 いや、やっぱり絶対にありそうにないそのイメージに、僕は可笑しくなって、先に笑っていたジャンに合わせるようにして大笑いした。

「じゃあ、回復祝いにサラの店にでも行くか?」

 僕はその言葉に喜んで賛成したんだ。


 車の中で、昨日見た夢の話をジャンにしてみた。

 もちろん冗談っぽく。変に子どもに見られるのも嫌だったからさ。でも意外にもジャンは真面目に聞いてくれた。

 短い夢の話だったから、そうだな、話し終わるのに一~二分とかからない話だった。なのに、僕が話し終わるとジャンは、「悪い、もう一回初めから話してくれ」ってカーステレオのボリュームを小さくしたんだ。

 僕はもう一度、僕のイメージどおりのジャンが夢に出てきて「早くよくなれよ、相棒。彼女も待ってるぜ」って言ったっていう、ただそれだけの内容の話をした。

 たいしたことない話だろ?

 でも、ジャンはしばらく黙っていて、それから口を開いたんだ。

「トビー、おまえ彼女の言葉に違和感みたいなものを感じてただろう」って。

 もう日にちも経ってすっかり忘れていたけど、そういえば僕は、彼女の言葉の奥に何かを感じていたのを思い出した。

「確か……怯えるような不安なような……とにかくあまりいい印象じゃなかったよ」

 僕がそう言うと、「なるほど、おまえの目はあのときすでに開こうとしてたんだな」ってまるで何でも知ってる仙人かのような口ぶり。

「僕の目はもう絶対見えないってドクターが言ってたよ」

 僕がそう言うと、ジャンは笑ってカーステレオのボリュームを上げた。そしてこう言ったんだ。

「おまえにならきっと彼女の気持ちが見えるよ」って。


     †


 エクタバナのダイナーに到着すると、ジャンはこの前と同じように助手席のドアを開けてくれた。

 僕が冗談で「ご苦労」と言うと、「ありがたきお言葉」だって、笑うだろ?

 店に入ると中は客の声で賑わっている。

「あら! いらっしゃい、たしか……トビーだったわよね?」

 店に入って声を掛けてくれたのはサラだった。僕はすごくツイてる。

「席まで案内するわ。こっちよ」

 サラはそう言って、躊躇うことなく僕の手を取り席まで案内してくれた。

 僕は心臓が口から飛び出すんじゃないかと思ったよ。覚えてないけど、きっと手汗がすごかったと思う。椅子を引いてもらって座ったとき、これ以上ないくらいほっとしたのを覚えてる。

 ハミィは自分の仕事をサラに取られて不満そうに鳴いたけど、サラはそんなハミィの気持ちがわからないのか「もちろん、あなたにも後で差し入れするわ」って言った。

 ハミィが腹を空かせてシリアルをおねだりして鳴いてるんだと勘違いしたみたいだ。


 席に着くとジャンはこの前と同じ注文を繰り返した。

 ハンバーガーにドリンクはコーラ。サラは僕にまた点字のメニューを渡す。

「トビー。今日は何にする?」

 こんなに客の声で賑わっていて、忙しいのは僕でも想像できるのに、サラはまた丁寧にメニューを説明してくれた。

 ジャンが笑って横から茶化す。

「お坊ちゃま、注文はお決まりでしょうか?」って。しかも裏声なんか使ったりして。

「このまえと同じでいいよ」

 僕はずっとサラの傍にいたい気持ちと、恥ずかしくてさっさと離れていってほしい気持ちの板挟みでそんなことを言ってしまった。

 サラが笑って続ける。

「じゃあ騙されたと思ってドリンクを私に奢らせてくれない? また来てくれたお礼よ」

 僕がうんと答えると、「ではお待ちくださいませ」と朗らかにメニューをたたんで戻っていった。

 もしかして前回僕がコーヒーを最後まで飲めなかったことを見透かしていたんだろうか、恥ずかしいったらない。ジャンはまた笑いを堪えている。どうやら僕の考えがお見通しらしい。

「笑うなよ」ジャンにそう言うと、「はいはい、御主人様」とまた茶化してきた。そしてその後でこう続けた。

「あの子は賢いな」

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