第七章

早くよくなれよ、相棒。彼女も待ってるぜ(1)

 その晩、僕は高熱を出した。

 熱にうなされるなんて、初めての経験だった。夜中、あまりに苦しくて、僕はうわ言を言っていたらしい。様子のおかしい僕を変に思ったのか、ハミィがドアをカリカリとやって廊下へ出ようとしているのに気づいた母が、部屋にやって来て、真っ赤になって汗をかいている僕を見つけたらしい。

「ああ、トビー。環境がガラリと変わってしまったんだもの、きっとひどく疲れてしまったのね。しっかり休んでよくなるのよ」

 確かに、盲目の人間が一日何時間も外で活動するというのは、ただそれだけで大変なエネルギーが要ることなんだろう。視覚情報がない分、聴覚や触覚、嗅覚なんかをフル稼動して行動してるから、家でじっとしてるのとはわけが違う。他の人たちとは違う神経を擦り減らして、気づかないうちにたくさんのストレスを感じながら生きているのかもしれない。

「苦しいだろうが熱を出すってことは、きっとそれが必要なことなんだ。今日は薬を飲んでしっかり眠りなさい」

 熱にうなされ意識も朦朧とする中、僕はずっとジャンのことが気になっていた。

「待ってるよ。相棒」そう言ったジャンの笑い声を何度も思い出していた。約束したのに熱を出すなんて、僕はどうかしている。

 昨日会いに行くって約束したのにすっぽかしてジャンは怒ってないだろうか? 僕のこと、嫌いになってしまわないだろうか? 僕はそんなことばかり心配していた。

 隣で看病してくれていた母は「きっと大丈夫。ジャンならわかってくれるわ」と僕をなぐさめてくれた。でもあんまり僕がずっと気にしてるものだから、とうとう父が言い出した。

「ハミィを連れて、ちょっと行ってくるよ」

「……でも……」

「大丈夫だよ。まあ家までたどり着けるかはわからないが、会えたらジャンには君が熱を出し、今日は会いに来れなくなったと伝えておくから。トビーはゆっくり休むんだ」

 そんな父の言葉に安心して、僕は深い眠りに落ちた。


     †


 僕が次に目を覚ましたのはその日の夜だった。

 汗で首まわりがぐっしょり濡れていた。僕が目を覚ましたことに気づいた母が僕に言った。

「ぐっすり眠れたようね。もう十時よ。おなか空いたでしょう?」

 母が丁度着替えを用意していたのか、起き上がった僕の首元を、柔らかい布地で拭いてくれた。新しい着替えを手渡されて着替えようとするのをハミィが邪魔する。

「こら、ハミィ、着替えられないじゃないか。ちょっと待てよ……」

 僕はぐったりしながらも自分でなんとか着替えた。体が重い。

 僕たちの声に気づいたのか、父が僕の部屋に入ってきた。僕は父がジャンに会えたのかそれが一番の気掛かりだった。「やあ、トビー。具合はどうだい?」父の声がした。

「ジャンには会えた?」

「ごめんよ、トビー。実は会えなかったんだ」

 ハミィを連れて出掛けたまではよかったのだが、肝心のハミィがジャンの家までたどり着かなかったのだと言う。町の人たち何人かにジャンのことを聞いてみたが知らないと言われたらしい。

 教会のことを聞けばたどり着けると思ったらしいのだが、この辺りに教会は一か所しかなく、そこはもう管理されていない場所で、神父もいない。父も知っているところだった。

「念のため、そちらの教会の周りにも行ってみたんだが、その辺りに砂利道はなくてね……ハミィもうろうろとしていたからきっと違うのだろう。本当にすまないね、トビー」

「そっか。ありがとう」

 僕はひどくがっかりしたが、わざわざ僕のためにジャンを探してくれた父に、感謝の言葉を言った。僕が落ち込んでいるのを気にしてか、ハミィが悲しげに鼻を鳴らす。

「明日も体調が回復しなければ、保安官にジャンのことを聞いてみるよ」

 と父が言ってくれた。

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