エクタバナのウェイトレス(3)

「それからもしよかったらサラダはコールスローがお勧めよ。うちのコールスローは、軽く蒸したキャベツをざっくり切って、マヨネーズじゃなくて、ちゃんとヴィネグレットソースで和えてあるのよ。マスタードとセロリの爽やかな香りがするわ。ハーブもディルが入ってる。ざく切りで大きいから、フォークでも食べやすいわ。私も大好物なのよ。初めてのお客さんみたいだから、よかったら私から少しだけ付け合わせとしてサービスするわ。気に入ったらまた来てくれたら嬉しいわ」

「ほんと? ありがとう。じゃあコールスローもお願い」

「わかったわ。バーガーにシュリンプカクテル、コールスローね。後悔させないわ」

 ウェイトレスが僕の左肩からようやく顔を離して伝票を書きはじめたのか、そこに立ったまましばらくじっとしていた。

 はあ! すごい、なんだかすごいものを注文してしまった気がするぞ!

 僕は興奮してぼーっとしていた。呼吸がいつの間にか浅くなっていたのか、ふうっと息を吐く。なんだか息苦しい。

「それで、ドリンクはどうする?」

 ウェイトレスに急にそう聞かれて、注文が終わったとほっとしていた僕は焦った。

 ご親切にもウェイトレスは僕の右手をつかんでメニューの右下辺りへ誘導して持っていった。僕はますます焦る。

 うわあ! 何をするんだ! そしてまた顔が近い!

「ドリンクはここよ。ひととおりあるわ。そうね、コーク、サイダー、オレンジジュース、アイスティー……」

「ホットコーヒー!」

 ウェイトレスに手をつかまれて僕は顔から火が出そうになって、思わず指が差している点字を思いっきりそのまま大きな声で読み上げていた。ジャンが笑いを堪えている。

 ロクデナシ爺イ! 帰り道覚えてろ!

「コーヒーね。それではお待ちくださいませ」

 ウェイトレスがにこやかな声でテーブルを去っていく。

 僕は衝撃だった。メニューの一品一品が彼女の説明によってリアルに頭に浮かんで来たんだ! まるで目の前にその料理が用意されたかのような感覚。鉄板の上で焼かれているパティーや、隣に並べられて美味しそうにほどよく焦げていくバンズが見えるみたいだった。溶ける脂はまだ食べてもいないのに、舌の上で肉汁の味がしたかと思った。

 とにかく言葉では表現できない感動だった。

 でも、それとは別に彼女の声に何か違和感みたいなものを覚えていた。

「おまえコーヒーなんて飲めるのかよ?」

 ジャンが笑いを堪えながら言う。

「そんなことはどうでもいいよ! それより今の人の説明聞いた⁉」

 あんな体験は初めてだったから、すごく興奮していたのを覚えてる。

「なんのことだよ?」

「説明だよ! イメージが湧くなんてもんじゃない。まだ食べてもないのに、食べてるみたいに口の中で味がしたよ! カクテルソースやバーガーの肉汁の色まで見えたみたいだった!」

 ジャンが可笑しそうに茶化す。

「だなー! トビー、おまえ惚れたんだろ?」

 僕は慌てて否定した。

「そんなんじゃないよ!」

 目が見えない僕でもジャンがニヤついてるのはわかる。

 僕は興奮していた。彼女の説明を聞いていただけで、強烈な味わいを覚えているみたいだったから。目が見えないのに、五感すべてでメニューを選んだ気分だった。

 でも、何かが引っ掛かっていた。さっきの彼女のにこやかな声に隠されたなんらかの違和感。それが気になって「でも……」と付け加えたんだ。

 ジャンがその言葉に食いついて声のトーンを落として「どうした?」って聞いた。

 僕は彼女の声に抱いた違和感の話をする。もちろん照れ隠しで話したんじゃない、本当にそう感じたから話したんだ。ジャンにもそれが伝わったのかどうかはわからないけれど、僕の話を黙って聞いてくれていた。

「違和感ねぇ……トビー、おまえはどう思う?」

「わからないから聞いてるんだろ?」

「そうだな……恐れなのか、怯えなのか、ひょっとしたら男って生き物を怖がってるのかもしれないな。もしくはこいつだ」

 ジャンが言った『こいつ』とは、ハミィのことだとすぐにわかった。

 そうこうしてるうちにさっきの彼女が「お待たせしました」と料理を運んできてくれた。

 注文の料理をテーブルに並べると、床に何かを置いた。

「これは私のサービスよ」彼女がそう言うと、「よかったなハミィ、ありがとよ」とジャンが言う。どうやらハミィに餌を与えてくれたみたいだ。

「どういたしまして。私も犬が大好きなの。ハミィって言うの? こんにちは、ハミィ。素敵な名前ね」

 そう言うと彼女はテーブルを離れていった。

「ハミィに怯えてるわけじゃなさそうだね」

「おまえが惚れるのも無理ないな」

 あのときの僕の顔はきっとリンゴのように真っ赤だったに違いない。

 とにかくものすごく恥ずかしかった。食べてるときより、彼女の読み上げるメニューを聞いていたときの方が味がした。

 とにかく僕はそれくらい恥ずかしくて、なんだか食べてる気がしなかったよ。 

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