エクタバナのウェイトレス(2)

 席に座ると、ウェイトレスが「ちょっと待ってね」と言って一度離れた。そしてすぐに戻ってくると、「はいどうぞ。メニューよ」と言って僕に話しかけたようだった。

 メニュー? 僕には読めないことがわかるはずだけど……。

 そう思いながらも手を出すと、僕の手の中にそっと何かが渡された。それを持ってすぐに、指先に突起のようなものが触れたことに僕は気づいた。まさかと思ってそれを開いて指を這わしてみると点字が施されている。点字のメニューだ。

 しまった。もっとちゃんと点字を覚えておくべきだった。僕はこのとき初めて、点字を覚える努力もせず、投げやりになっていた以前の自分が恥ずかしく思えた。

 ウェイトレスが注文を待っているのか、その場に居ることが伝わってくる。

「俺はハンバーガーとコーラを頼む。パティはウェルダンで。トマト入れてくれ。あとなんだっけ、バジルのサラダな。トビーはどうする?」

 ジャンが躊躇いもせずに注文を終えて、僕に振る。

「ああっと……どうしようかな?」

 僕は焦って上から必死に指でなぞった。焦って読めたもんじゃない。

 ハ・ン・バー・ガー・B・B・Q・グ・リ・ル……。

 日が暮れる。無理だ。

「困ったな……。ジャンクフードはあまり食べさせてもらえなかったから、僕も同じものにしようかな……」

 僕が選ぶことを諦めかけて、しどろもどろでジャンと同じものを注文しようとしていると、左隣に立っていたウェイトレスがすっと僕の横に顔を近づけて、メニューにある料理をひとつひとつ丁寧に説明しはじめたんだ。

「初めてなのね。よかったら私が説明するわ。うちの看板メニューはシーフードよ。バーガーなら通常のビーフパティのもの以外に、シュリンプカクテルバーガー、ロブスターバーガーなんてのもあるわ。

 サンドイッチも一揃いあるわよ。BLT、ローストビーフ、チキンサンド、グリルドチーズ、ターキークラブサンド。

 スープはオイスターチャウダー、クラムチャウダー、トマトベースのミネストローネ、チキンスープ、コーンポタージュももちろんあるわ。何がお好み?」

 一気にバーガーやサンドイッチの種類が読み上げられて、僕は目まぐるしさを感じた。同時に、聴き慣れないいくつかの単語が気になって、思わず僕は聞き返した。

「シュリンプカクテルバーガー?」

 僕はシュリンプカクテルを知らなかった。

 母は料理上手だったけれど、家庭料理としてなぜかテーブルに乗らないメニューってのはあるものさ。

「シュリンプカクテルは、新鮮な小海老のボイルなんかをカクテルソースに付けて食べるおつまみね。シュリンプカクテルバーガーは、小海老を少しクラッシュして、つないだパティをカクテルソースでバーガーにしたものよ」ウェイトレスは続ける。

「うちのカクテルソースはケチャップベースで、ホースラディッシュと、ニンニク、白ワイン、ウスターソース、レモン汁を混ぜて作ってあるわ。

 ホースラディッシュってわかるかしら。ローストビーフに必ず付け合わせてある、あの白い辛みのあるすり下ろした野菜のことよ。とてもさっぱりして、ぷりっとした海老の甘味を引き立てるわ。

 シュリンプカクテルはそうね、バーガーのパティにすることもできるけど、私のお勧めは、軽くフライにしてそのままカクテルソースをつけて食べることだわ。もしよければバーガーは、プレーンなパティのやつをクレソン付きで食べるのをお勧めするわ。うちのパティはね、毎朝厨房で荒挽いているの。とってもふわっとしてジューシーで新鮮よ。いつも横から見ているんだけど、ジュワジュワ溢れてくる肉汁が、鉄板の上でもうとろけてるみたいに透明に光ってるわよ。隣で焼いてるバンズにね、ちょっとその汁が吸われちゃったりなんかして、そこがまた焦んがりとするの、ふふっ。きっと頬っぺたが落ちるわ。クレソンもね、ジューシーなパティーの脂で、苦味なんてなくなっちゃうのよ。グリーンの後味が喉の奥で香って、とても素敵なの」

 僕はなんとなくジャンの方を見た。ジャンは僕の気持ちを察したのか、「両方頼めよ。俺も食べたい」と言ってくれた。

 それを聞いて安心した僕は少しドキドキしながら、「じゃあバーガーとそのシュリンプカクテルをお願いします」ってオーダーした。

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