歌詞のないメロディ(2)
ジャンとうちのバカ犬は一緒に家の中に入っていった。チャランチャランと玄関のウィンドチャイムが鳴ったからすぐにわかった。
また、置いてきぼりだ。どうやら神様は帰らせてはくれないらしい、どうしても寄っていく定めになっているみたいだ。
僕は諦めて、白杖で周囲を探り、階段まで進んだ。
「手貸すか?」
不意にジャンが僕のすぐ側で声を掛けた。
「要らない!」
てっきりとっとと家の中に入ってしまったと思っていた僕は面喰らって、思わずそう声を荒げてしまった。
なんとなく、しまったと思った。ジャンは無言だったけど、僕が一人で階段を上って玄関までたどり着いて部屋に入るまで、じっくり僕を観察していたみたいだった。
何もせずに傍で見られてるって、本当に居心地が悪い。
僕はようやく家の中に入ると、今度は素直に「椅子はどこ?」と聞いてやった。照れ臭かったが、じっと見られるのはたまったもんじゃない。
「それでいいんだよ」
ジャンは笑って僕に寄ると、丁寧に手を取って椅子まで導いて僕を座らせた。
なんだよ、こいつ。昨日の今日だし、優しくされてもなんだか癪に障る。僕は椅子に座って、右サイドに白杖を立てかけて置いた。食べたらすぐに帰ってやる。
「トーストとスクランブルエッグでいいだろ?」
「うん」
少しするとトーストの良い香りが漂ってきて僕のおなかを刺激した。
伏せをして待たせていたハミィも、床の上に顎を乗せたままそわそわしているのがわかる。待ちきれないみたいでフワン、フワンと時折鳴いている。
「やべぇ! やべぇ!」
ジャンが慌ただしくこちらへやって来る。
なにやってんだ? やべぇって? 焦がしたのか? 熱いのか?
焦がす直前の熱々のトーストの端っこを、ジャンが「やべぇ!」って言いながら指でつまんで持ってくる――そんな姿を想像したら可笑しくて、なんだか僕は笑ってしまった。
部屋の中に軽い風が起こって、トーストの香りとともにジャンが傍に立って、僕の前に用意した皿にガチャンと荒々しくトーストを置いたみたいだった。
「なんだよ? 一生懸命作ったのに笑うことないだろ?」
ジャンが拗ねたように言うので、僕は余計に可笑しくなり、さらに笑ってしまった。
「飲み物はどうする?」
ジャンが尋ねた。僕はちょっといいことを考えた。昨日の一件もあるので仕返ししてやろうと思ってこう言った。
「ミルク!」
冷蔵庫に酒しかないようなロクデナシの家だ。ミルクなんて絶対ない。
「チッ、お子様だな」
ジャンが笑いながらガチャンとドアを開ける。
まさか? 本当にあるのか?
意地悪のつもりで言ったのに。ドアが締まる音がして、ジャンが近づいてくる。
「手出せよ」
ジャンはそう言って僕の右手にグラスを握らせると、取り出してきたものを注いだ。
「ほら」
そう言われて飲んでみると本当にミルクだった。よく冷えていてほどよく甘く濃厚な、美味しいミルクだ。
「本当にあったんだ、ないと思ったよ」
呆然としながらそう言うと、ジャンは僕の企みにまったく気づいていないように、平坦な言葉で答えた。
「おかしな奴だな。飲みたかったんだろ?」
僕はなんだか自分がジャンにしたことが恥ずかしく思えて、小さな声で答えた。
「うん……。ありがとう」
つまらないことをしてしまった。
「そうだよなー。おまえも欲しいよなー?」
ジャンがまたハミィと会話している。ジャンはコトリと床に何かを置いて、カラカラと何かを注ぎ入れた。シリアルだろうか?
ハミィがそれを、嬉しそうに良い音を立てながらがっつきはじめた。
「ドッグフード?」
「チョコバーでないことだけは確かだ」
前に犬を飼ってたんだろうか?
なぜドッグフードがあったのか、そしてミルクがあったのか不思議だった。
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