6

 夕方になって、ブルートレイン鳥海は少しあわただしくなっていた。予約の人があって、もうすぐ来ると聞いていた。彰はフロントで彼らを待っていた。今回は鉄オタのカップルで、以前からここに泊まりたいと思っていたようだ。


 と、しばらく待っていると、1組のカップルがやって来た。あの2人だろうか? 彰は緊張している。


「今日、予約しておりました、中村です」


 やはりこのカップルだ。彰は笑顔で迎えた。客に対しては笑顔で迎えるのが自分の決まりだ。


「あっ、どうぞ。1泊お2人で23000円です」


 すると、男は23000円ちょうどを出した。


「ちょうどですね。ありがとうございます」


 料金を払い、部屋の鍵をもらうと、カップルはホームに向かった。ホームには583系の入ったブルートレインと、キハ58が停まっている。だが、もう走る事はない。雪原の中、ずっとこのホームにいる。まるで時が止まったかのような光景だ。


「これがブルートレイン鳥海か」

「すごい! 本当のブルートレインだ!」


 2人はそれを見て、興奮している。すでに姿を消したブルートレインが、ここで第2の人生を送っている。


「ゴッパーサンもある!」


 男はブルートレインの中にある583系にも反応している。急行きたぐにで乗った事がある。3段ベッドは窮屈だったけど、とても印象的だな。またそこで一夜を過ごしたものだ。


「すっげー!」


 2人はブルートレインの中に入った。ここは2段ベッドの車両で、3段ベッドの次に安い。2段ベッドを見て、2人は感激した。


「これこれ、ブルートレインの2段ベッド!」

「本当だ! あこがれるなー」


 すでにセットされている2段ベッドの下のベッドに座り、旅情を感じていた。かつてはこんな風景が当たり前のように見られた。だけど今は、速さなどを求める中でブルートレインは姿を消していき、遠い昔の乗り物になってしまった。


「でしょ?」


 2人は隣の車両に入った。そこはシングルデラックスで、1人用の豪華な個室だ。これは寝台特急あけぼので使われていたもので、車内をほぼそのままで使われている。だが、水回りは使えない。


「この車両はシングルデラックスなんだ」

「うん。あけぼので使われてたんだって」

「すごいなー」


 2人はここにも感心している。動かない事を考えれば、ブルートレインそのままだ。


「それにしても、こんなに再現されてるなんて」

「僕も感心するよ! じゃあ、今度はゴッパーサンに行ってみようか?」

「うん!」


 次に2人は583系に向かった。一番安い3段ベッドの車両だ。3段ベッドは583系の他に、10系客車などで使われていたというが、狭いと評価が低く、2段ベッドに入れ替わるように姿を消していった。583系はの急行きたぐには最後まで3段ベッドを備えていたという。


「ここは3段ベッドなんだね」

「狭いけど、それも味があっていいんじゃない?」


 誰も泊まっていない3段ベッドを見ながら、2人は感動していた。


「確かに。こういうのが楽しいんだよな」

「昔はこんな寝台だったんだね」


 だけど、もっと昔の寝台特急には、こんなのがよくあった。これもまた、違った意味で旅情を感じる。


「次はソロに行こうか?」

「ソロ?」


 ソロも寝台特急あけぼので使われていたもので、2段ベッドより少し高めだが、シングルデラックスより狭く、設備が安っぽい。


「1人用個室だよ」

「ふーん」


 2人はソロの車両にやって来た。いくつかの車両は、鍵がかかっている。すでに泊まっている人がいるようだ。


「これ?」

「2階建てになっていて、上と下に個室があるんだ」


 と、中村の彼女はなくなったブルートレインの事を考えた。彼女はいくつかの寝台特急の最終運行を見た事がある。多くの人だかりができていて、多くの人が別れを惜しんでいた。自分も彼ら同様に別れを惜しんでいた。


「ブルートレイン、もうなくなっちゃったんだね」

「うん。僕は北斗星の最後の札幌行きを見送った事があるんだけど、多くの人が来てたんだよ」


 中村は北斗星の最終運行の出発を生で見た事がある。北海道新幹線の開業などが原因で廃止になった。朝目覚めると、そこは北海道。そんな素晴らしい夢を見せてくれた北斗星。だけど、北斗星も時代の流れの中で消えていった。寂しいけれど、スピードを求める中で消えていくんだろうか?


「どんどん寝台特急はなくなっていく。ブルートレインは思い出になってしまう。だけど、ここでその記憶を残している。いい事だね」

「うん。今度はミュージアムに行ってみようよ」

「そうだね」


 2人はその向かいに停まっているキハ58に向かった。ここは前島鉄道のミュージアムになっている。入るには入場料がいるが、宿泊者は鍵を見せれば無料だ。2人はそのキハ58を見て、またもや興奮した。全国各地で見られた国鉄色の車両が、そのままで残っている。


 キハ58の中は、ちょっとしたミュージアムになっていて、昔の写真が多く飾られている。見に来る人は少ないものの、ここに栄光の時代があったというのを後世に伝えている。2人はそれらの写真を食い入るように見ている。今は寂しい前島も、こんなに賑やかだったんだ。この頃に行ってみたかったな。


「これが昔の前島なんだね」

「賑わっていたんだね」


 と、中村は1枚の写真が目に入った。何両も連なる石炭車をけん引する蒸気機関車だ。蒸気機関車が走る姿は、いつ見ても興奮する。大井川鉄道の蒸気機関車も素晴らしいけど、観光目的ではない、日常で走っている姿も素晴らしいな。


「これが石炭列車か!」

「これが前島鉄道の全盛期なんだね」

「うん」


 その奥に行くと、炭鉱で走るディーゼルカーがある。国鉄の北海道の非電化路線で活躍したキハ22だ。だが、それは北海道の写真ではなく、前島鉄道の写真だ。乗客が少なくなった晩年、単行のキハ22が朝夕を中心に走るだけの路線になってしまった。乗客も数えるほどしかいなかったという。


「これが晩年で走ってたディーゼルカーか」

「うん。キハ22を譲渡したんだって」


 すでにその頃には、炭鉱は閉山していて、廃止が取りざたされていた。だが、沿線住民の存続運動があって、何とか廃止を免れていた。


「もうその頃には炭鉱が閉山して、赤字に苦しんでいたんだね」

「うん。そして廃止になったのか」


 その隣には、営業最終日の最終列車の写真がある。沿線住民が集まり、前島鉄道との別れを惜しんでいる。


「寂しいもんだね」

「ああ」


 2人は寂しくなった。この鉄道も、ブルートレインも、そして炭鉱も、時代の流れで消えていった。それは、果たしていい事なんだろうか? より豊かに、快適に、そして速くするために新しい物を作っていくのはいい。だけど、その中で消えていく物にも目を向けなければならないんだろうか?


「ブルートレインも、炭鉱も、時代の流れで消えていったんだね」

「ああ」

「寂しいね」


 2人はじっと見たまま、泣きそうになった。栄える物は、いつか消えていく運命だろうか?




 その夜、実は夢を見た。いつ頃の風景の夢だかわからない。だが、上野駅だという事は風景からわかった。よく見ると、新幹線の出入り口がない。まだ新幹線が開業する前だろう。この頃にはどれぐらいのブルートレインが走っていたんだろう。そして、どれぐらいの人が利用していたんだろう。全く想像できない。


「あれ? ここは?」


 実は首をかしげた。普段見かけている通勤電車とは違う。少し古めかしい。そして、人々の服装も古めかしい。


 と、実はあるブルートレインを見つけた。ブルートレイン鳥海だ。現役当時のようだ。まさか現役当時のを見られるとは。


「ブルートレイン鳥海?」


 実は思った。これはブルートレインが全盛期の頃の上野駅だろうか? もし彰がいたら、ワクワクするだろうな。


「ブルートレインが全盛期の頃かな?」


 見渡すと、多くのブルートレインがホームに停まっている。ホームには旅に出る人々がいる。これからブルートレインでどこかに出かけるのだろう。


「こんな時代だったんだ」


 と、そこに彰がやって来た。まさか、ブルートレインを見てたんだろうか?


「すごいなー。こんなんだったんだ。こんな時代だったんだね」


 彰は喜んでいる。目の前にブルートレインがあるからだ。まさか、こんなに多くのブルートレインが見られるなんて。


「彰」

「お兄ちゃん」


 2人はブルートレインを見つめている。昔はこんな時代だったんだ。遠くに出かけるのには、ブルートレインだった時代、こんなにも多くのブルートレインが発着していたとは。今では全くその面影がないな。


「これが本物の寝台特急だったんだね」

「うん。とても旅情がって素晴らしかったんだけどね。時代の流れで消えてしまったんだ」


 彰は寂しそうだ。時代は移りゆき、寝台特急は速さを求めて消えていった。寂しいけれど、それが時代の流れなのだ。


「悲しいね。残ってほしかったね」


「そうはいかないんだよ。人々は速さを求めていく。その中で夜をゆったりと走るブルートレインはなくなっていくんだ」


 秋田新幹線で帰省した実は、秋田新幹線が与えた影響について考えた。秋田新幹線によって、秋田は近くなった。それと入れ替わるように、夜行バスの発達などによって、ブルートレインは消えていった。


「新幹線によって東京と秋田は近くなった。それはいい事だ。だけど、それによってなくなっていくものも考えなければならないのかな?」

「わからない」


 実は思った。消えていくもにも目を向けるべきだろうか? そして、時代の流れの中で消えていったものを伝えていかなければならないんだろうか? 全国各地にある博物館、そして列車の復活運転は、そのためにあるんだろうか?


「それだけではない。僕らが図鑑で見たブルートレイン、みんななくなっちゃったんだよな。あさかぜも、はやぶさも、さくらも、富士も」


 彰は、消えていった寝台特急の事を考えた。みんな、時代の流れで消えてしまった。中には新幹線にその名を譲ったのもある。


「時代は速さを求めているから、仕方ないんだよ」

「うーん・・・。ゆ、夢か・・・」


 実は目を覚ました。夢だったようだ。今日も前島は雪が降っている。そして、その中には、ブルートレイン鳥海が見える。


「ブルートレインか・・・」

「どうしたんだい? ブルートレインを見つめて」


 誰かの声に気づいて、実は振り向いた。そこには彰がいる。


「時代は速さを求めている。そして、速くなっていく。だけど、その中で消えていくものもある。ブルートレインって、そんな時代の中で消えていったのかなって」

「確かにそうかもしれないね」


 彰は思った。だからこそ、ここでブルートレインの姿を残していくんだ。JRや国鉄には、ブルートレインが多く走っていた時代があった。そこで味わう旅情はとても素晴らしいというのを伝えたい。


「昨夜、ブルートレインを見る夢を見て、思ったんだ。こんな時代もあったってのを残していくの、素晴らしいなって。これからも、ここでブルートレインを残していってほしいね」

「ありがとう。頑張るよ」


 実は笑みを浮かべた。これからもここで、ブルートレインの姿を残していってほしい。そして、自分の楽しみを見つけた彰にエールを送りたいな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

青い流れ星 〜ブルートレイン〜 口羽龍 @ryo_kuchiba

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説