後編
「私から『色欲』枠に推薦したい人物がいるわ」
先ほどキレかけてしまった印象を取り消そうと、伊達メガネをかけてみた。少し冷静になれた気がする。
あと過去の鞭振り回してた時の印象からも遠ざけたい。だが剣騎卿は胡散臭そうな目でこっちを見ていて腹が立つ。蹴るぞ、尖った靴で。
「現在中位幹部、『鮮血白衣』で呼ばれてる研究者がいるわ」
『コポッ…研究者? いいネ、幹部に一人は欲しイ役職だ』
「でしょう? 書類にある通り研究の有用性、実績と実力は十分よ」
剣騎卿も書類を見ながら納得を見せるような顔をしている。もしくはどうでもいいと見流しているだけか。
「で、どんな奴なんだ? 知ってるのか?」
「それを判断するために今日ここに呼んでるわ。あのカーテンのむこうにいるから、話してみましょう」
「え? あそこにずっと待たせてたのか?」
「はい、じゃあ張り切ってどうぞ」
いきなり幹部昇進面接、このくらいこなせる人材でないと意味がないというものだ。
カーテンの紐を引くと、待ってましたと言うようにその姿を現した。
「どうもォ〜〜現四天王の皆様方ァ! ワタクシ鮮血白衣と…おや、お一人姿が見えないようでしたが、あァ要塞鬼さまは先ほど食堂で部下を指導してらっしゃいましたねェ! よせ箸、ねぶり箸は行儀が悪いと仰ってましたよ」
「マジか、要塞鬼のヤツそういう事言うんだな」
「ちょっと暴食枠として怪しくなってきたわね…まあいいわ鮮血白衣って言ったかしら、あなたの事を話して頂戴」
「かしこまりましてございます!!」
特に鮮血の見当たらない普通の白衣だが、細身に眼鏡、ややクネクネ動くのと粘っこい話し方はおおむねイメージ通りの人物だ。
あ、眼鏡は今の私と被ってる。嫌。
「これまでの事はご存知の様子…ならば未来の展望をや話しましょうぞ」
両手を大きく開き、最初から大きかった声量がさらに大きくなった。よく疲れないなとは思う。
「このワタクシが最高幹部入りした際にはァ、混血魔族どもを改造被検体として圧倒的な戦力増強を果たしてみせましょう! その上に、我々純血魔族の絶対的体制を築くのですッ!これぞワタクシの野望!生まれながらの使命というやつなのでしよォォォ!」
歪んだ笑顔と血走った目でなにか叫び始めた鮮血白衣。まあ、なんというか、やる気があるのは良いことよね。
「コポッ…コの男、傲慢枠だね」
「だよな、俺もそう思う。色欲要素無くねえか?」
だがまずい、アピールポイントがアレなせいで剣騎卿と無影妖魔の印象が望ましくない方向に行き出した。軌道修正してもらおう。
「ちょっといいかしら」
「なんでございましょうかァ、蛇女帝殿?」
「あなた、趣味は何?」
途端、100%まで高まっていた鮮血白衣の動きがピタリと止まり、間をおいてゆっくりとズレた眼鏡を直し始めた。
「普段は…そうですねェ、自宅で創作活動にいそしんだりしておりますが」
「聞いた話だと、個人的に漫画を描いたりしてるみたいね?」
「ふぅむ、えぇ、まァ、そうなのですがあまり人には…」
『ゴポッ! まサカ、コポポッ、蛇女帝、そレ以上は深堀りして良イ話ではない気がスる。コポコポッ』
何かを察した無影妖魔が珍しく、というより初めて焦った語調になりだした。
「いいから聞いてなさい。ここからの話が重要なのよ」
「アイツ嫌そうじゃねえか!パワハラは良くないぞ」
『コポッ…こコからの話は察シた。もう十分ダ』
「ちょっと無影妖魔!勝手にカーテン閉めないでよ!ここからが鮮血白衣、もとい個人サークル“フェチズム・コロシアム”の話の本題なんだから!」
『ゴポッ!? 彼が中ノ人なのカ…?』
「おい、いまカーテンの向こうから苦しげな声が聞こえたぞ」
気を利かせたつもりか、剣騎卿がカーテンに寄っていって鮮血白衣に気の毒そうに何か伝え始めた。帰らせるつもりか、まだ話は終わってなかったのに。
って言うか何、フェチズムコロシアムって。キモいわ。呼ばれて苦しむようなサークル名を自分につけるんじゃないわよ。あとなんで無影妖魔は知ってんのよ。
面接は終了、異様な不完全燃焼感。おかげでしばらく気まずい沈黙が訪れてしまった。
「あー、ちょっと思想に問題はあったが、デカい研究所持ってたみたいだし部下管理の経験もありそうだな。俺はアイツ採用でいいと思うぜ、傲慢枠で」
「なんでよ!?色欲枠として推薦してるのよ!?」
『コポッ…そノ件、彼は秘密にしてルようだ、知られていない面をモチーフにはできナい。コポ…既に知られテいる蛇女帝ノ鞭振り回し高露出スタイルの過去とは違ウんだ。無理に秘密を掘るっテ言うナら、君の過去もそレ以上に掘られうる事になル。コポコポッ…』
「だよな。今の奴が傲慢枠で良いだろう」
「ぐぅっ。し、仕方ないわね、認めるわ…」
まずい、とりあえず新規最高幹部が決定したけど、個人的にかなり劣勢になってきた。ていうか、無影妖魔の口数が増えてきたことで主導権が奪われかけてる気がする。
「で? 他にもいるのか? 最高幹部候補ってのは」
「えぇ。人狼族の最長老だけど未だに血の気が多い狂獣凶牙ってのと…吸血鬼族の喧嘩っ早い幼な姫、紅月真祖の二人ね」
『コポッ…吸血鬼ノ姫? …いイね。スゴく良い』
無影妖魔の発言はスルー。饒舌になると同時にややキモいところが出てきた。どういう意味でスゴく良いって言ってるのよ。こうだと知っていれば無影妖魔を色欲の枠にすることもできただろうに。
「なるほどな、こいつらも能力としては十分か。で、また待たせてるのか?大丈夫なのかよ、吸血鬼と人狼ってクソ仲悪いだろ」
剣騎卿の指摘で、強烈に嫌な予感がした。
しまった、忘れてた。フェチズムコロシアムを先に待機させてたから二人は下に待ってるように指示したはずだけど、今日直接は会ってない。
「…ちょっと見てくるわ」
「…おう」
数分の時が経ち。
「二人は来れなくなったわ」
「案の定じゃねえかよ」
剣騎卿も無影妖魔も察したみたいだが、待機させた二人は出会うなりどっちが上かで激論。20秒も経たずに派手な喧嘩を始めたらしい。
先ほどそこそこにお互い疲弊したところで食堂に損害を与え、要塞鬼に殴り潰されてダブルダウンしたという魔王軍の恥みたいな顛末だ。目の前にも魔王軍の恥はいるけど。
なんかさっきから揺れがあると思ってた。
「喧嘩は勘弁してほしいのだけれどね」
「すぐキレるってことはだ、つまり…」
『コポッ、憤怒ノ枠が適しテるって事ダね』
あ。
この一件で、七大罪の話にうまく繋がってしまった。
「だがよ、二人のどっちをその枠にするんだ?」
『そウだね、コポコポッ…マず狂獣凶牙を憤怒の枠デ迎えヨう。紅月真祖はソれを許せナいはずダ、そこで紅月真祖を嫉妬デ迎えれバ良い』
「頭いいなお前。で、そうなると…」
埋まったのは暴食、怠惰、傲慢、憤怒、嫉妬。
「俺が強欲でお前が色欲。決まりだな」
「勝手に決めないでもらえるかしら!?」
『ボクは賛成すルよ、コポコポッ…もう会議も長い、たたみ時だヨ』
ヤバい、追い詰められた。
しかし私はデキる女だ。この程度で諦めるようなタマではない。
「残念だけど、魔王様の作ったルールで四天王決議には過半数の票が必要。要塞鬼が来ない以上、私たち3人の意見が一致しないとこの会議は終わらないのよ!」
…だが。
この切り札に対し、剣騎卿も無影妖魔も態度を変えなかった。
「…蛇女帝。残念だが、これは決定だ。過半数の決議により、魔王様の指示と同等の権限を持つ」
「なんでよ!?4人中2人は過半数じゃないのよ? まさか、要塞鬼が…」
『コポッ…いヤ、要塞鬼じゃナい。忘れタのかな、会議中に3人ノ意見一致デ既に幹部入りしテいる彼の事ヲ』
「……!」
気づいた瞬間、剣騎卿が勢い良くカーテンを開けた。
「フェチズム・コロシアム!」
「ンン゙っ、鮮血白衣と呼んで頂けませんかねェ!」
一度帰ったはずの彼が、戻ってきていた。
剣騎卿と無影妖魔の仕業か、いったいいつの間に…いやさっき待機組の喧嘩を見に行った時に私がっつり席を外してたわ。絶対その時に仕組みやがったこいつら。
「分かったろ蛇女帝。人の知られざる秘密は掘っちゃいけねえんだ。狂獣凶牙と紅月真祖の話はお前まだ同意してなかったから保留状態で今の最高幹部は5人。コイツの賛成で5人中3人で決議確定だ」
「……」
剣騎卿は書類を置き、ガタリと音を立てて立ち上がる。まるで、会議はもう終わりだとでも言うように。
「まぁアレだな、この場を設けた事は立派だと思うぜ、いい仕事ぶりじゃないか蛇女帝。そういうとこはこれからも是非頑張って欲しいと思ってるし、今後も俺たち四天王改め七大ざなァ痛ってぇ!!!?」
「上等じゃないのカスども!!!!」
振るった鞭が顔面に直撃し、剣騎卿が椅子ごと後ろに倒れ込んだ。
「おっ、おいっ、今どっから出したその鞭? それ昔持ってたのと同じやつか?」
「そうよ! こうなってしまったんならやってやるわよ。全員跪きなさい!」
この力だけは使いたくなかったが、行くと決めたら思い切り行く。これが私のやり方だ。無影妖魔と鮮血白衣も一回ずつしばいておこう。
『コポォ!?』
「ンほォッ!!?」
「おいお前ら逃げるぞ! 下手すりゃまた鞭が来る!」
かくして四天王会議は、皆が会議室から全力で退室したことで幕を閉じた。
とりあえず、決めるべきことは決まったはずだ。四天王も七大罪と名を変え、前よりは魔王軍の幹部としてマシになったはずなのだが。
決定事項をちゃんと議事録にして連絡回したっていうのに、次あった時に自分がなんの大罪担当になったか誰も覚えちゃいなかった。
私たち、いったい何をしてたのよ。
四天王たちのカス会議 〜四天王やめにしよう〜 はっけよいベレッタ @dosuko_it
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