第九話 海兵隊遠征部隊の構想
「検地により鎮守府は四十万石、石見銀山を合わせれば五十万石を越える勘定を持つことになります。これをもって海兵隊を日ノ本のどの海岸にも出陣できる軍とします」
本丸から鎮守丸に移った私はそう宣言した。海からの日本統一、それが出来る海兵隊を作るという大構想だ。
児玉就英、榎本元吉は互いに目を合わせた後、私に向き直る。
「日ノ本を海より一円と成す御屋形様の軍略。その先鋒を海兵隊が仰せつかる以上、大きな働きを求められることは覚悟の上。然れども兵と将が到底足りませぬ」
「五十万石の勘定とはいえ、日ノ本の海を睨むとならば費えは莫大。どこに金を注ぎ、どこを絞るか。これをお定め頂かぬことには算盤は弾けませぬ」
実践指揮官として戦ってきた就英と、勘定方奉行として海兵隊が金食い虫であることを最も知る元吉は現実的だ。そうでなければ困る。私の頭の中にある現代のアメリカ海兵隊を、この時代の現実に合わせる必要がある。
「東国においては東海道、鎮西の情勢如何では薩摩まで海兵隊を届かせる。これが当面の目標となります。具体的にはこれまでの倍、千二百の海兵軍を編成。この海兵軍を常時二つ、異なる戦場に出陣できる備えを持ちたいと考えています」
当面の相手は徳川や北条などの関東の大大名、そして九州のキリシタン大名だ。どちらにしてもより遠くでより大きな戦に備える必要がある。本格的な海兵隊の遠征軍の設立が必要というわけだ。
現代のアメリカ海兵隊は
当然この時代の毛利の国力では日本国内に限っても夢物語だ。だが常備即応の海兵隊が二方面で相応の戦に対応できる体制は、毛利国家の軍事戦略の柔軟性を大きく広げる。
「……西と東にそれぞれ一軍を送り出せる備え。番の交代と呉の調練を考えるならば少なくとも四軍、五千近い兵が欲しいですな」
「海兵隊員は百石あたり一人が限度ゆえ、五千となれば五十万石ならば確かにかろうじて間に合いまするが」
就英が組織全体の概算を出し、元吉が算盤をはじく。
「ただし千二百となればその将は堂々たる大将。一軍は某が直卒するとしても、残り三人を得ることは容易ならず」
なるほど。兵数だけなら数万石の大名級。今の毛利家でも小早川隆景、吉川元長、穂井田元清を別格としても、熊谷や宍戸あるいは益田といった最大級の国衆に匹敵する。常備であることを考えればそれ以上だ。鎮守府を仮に五十万石の大大名とすると、その重臣の地位だ。
「少なくとも一人は海兵隊員から抜擢します。残り二人は川ノ内衆から。隊将以下はなるべく海兵隊内で上がってきたものを当ててください」
「一人なら間違いのない者がおりまするが、隊将でも六百の将ですからな。これまでの勲章などを考慮するとしましょう。……ただ実は家中に海兵隊を手柄の場と勘違いする者が出ております。某の元にも譜代や国衆から次男、三男を推挙してほしいとの声が」
「実は私の方にも……」
両名は困った顔になる。最初の頃は私の玩具とか言われてた気がするが、これほど活躍すればそうなるか。今回の話が家中に広まれば、希望者がさらに増えるだろう。これを放っておけば将来海兵隊は出世コースとして形骸化していく運命が見える。
「どんな家の者でも、通常と同じく訓練生として半年の調練。その後は一隊員から。それでも良いならとします。昇進も含め、海兵隊はすべてが法度であると知らしめてください」
「それならば多くの者はあきらめましょう。残ったものは海兵寮にて家中家格が役に立たぬことを叩き込みましょう」
就英は一応納得した顔になり、元吉はほっとしている。よほどせっつかれたのだろう。この時代、人脈を通じて頼まれたことはとてつもなく重いのだ。
「将兵だけを増やしても、今の小早船主体の船団では遠方に出陣することはできないでしょう。そこで海兵隊が用いる軍船を新造することで備えたいと考えています」
単に兵力があるのと、それを軍事力として活用できるのは全く違う。これまでの戦は基本的に西国、瀬戸内海中心だった。志摩や安房を中継点にするとしても長距離遠征が可能な船団を作らなければならない。
「まず各隊に大型安宅船を一隻。即ち一軍あたり二隻の安宅船を配したいと考えています。当面の食料弾薬を運ぶとともに、負傷兵の治療の拠点となり、上陸作戦の折には指揮を執る大将船となります」
安宅船の積載能力を生かした最低限の兵站と、司令部機能を持った旗艦だ。これまでは海兵隊全体で一隻しかなかった。即応二軍には二隻ずつ、呉の訓練用に一隻で五隻揃える。
「しかるべき大将船は無論必要でございます。しかるに残りが小早船では隔たりが大きいですが如何になさいまするか」
「それに関しては多くの小早船を積み込める幅広の関船で上陸地点の沖まで移動し、そこから小早船を下ろして上陸を行う。かような船を考えています」
私は黒板に帆と櫓を持ち、後部ハッチを備えた船の図を描いた。戦場までは帆走と海兵隊員による櫓走を組み合わせて風に関わらず到達。上陸地点の沖でスロープを使って小早船を下ろす。小早船を下ろした後は帆走を主として、兵站を担う輸送船としても用いれる。また小規模の作戦ならこの特別な関船が旗艦機能を果たせばいい。
これのヒントは揚陸艦だ。揚陸艦は第一次世界大戦のガリポリの戦いで上陸作戦に失敗した戦訓を受けて生まれた艦で、迅速な上陸作戦のために考案された。第二次世界大戦では日本陸軍が神州丸を建造した。神州丸は船尾ハッチから大発、小発といった上陸用舟艇を迅速に投入、航空機運用能力まで持つ強襲揚陸艦の先駆けと見なされる艦だった。
「なるほど、壇ノ浦にて廻船に小早船を積み込んだようなものですな。関船に積み込むとならば小早船は小さきものになりまするが、将としては小回りが利くのがむしろ益となりましょう」
「そういうことです。というわけで最終的にこのような船団でもって、遠国に出陣することになります」
私は黒板に一軍あたり二隻の安宅船、八隻の揚陸艦としての関船、そして百艘の小早船という遠征軍の船団編成を書く。
揚陸艦の後部ハッチ以外は既存の船形をベースにしている。海兵隊用に前部ハッチを持った小早船を作ったこともあるし、技術的に実現可能なはずだ。
もちろん将来的には外洋航行能力を持つ船が必要だが、現時点の目標は海からの日本統一と国内キリシタン大名だ。外洋航行能力はオーバースペックになる。
旧教と新教に分かれ、旧教同士も縄張り争いしているキリスト教勢力は大量の船や兵力を極東に向けることはできない。江戸時代二百五十年間、日本が干渉を受けなかった理由でもある。純粋に軍事的には兵站能力という縛りで日本攻略は困難なのだ。
まあだからこそ、国内の大名がキリスト教を主と仰いで内戦となるのが最大の脅威なのだが。とにかくその場合もコスパ的に既存の船の方がいい。
「なるほど、徳島城や後瀬山城攻めの折、かような船団あらば大いに心強かったでしょうな。得心いたしました」
「就英は実際に戦に用いることを念頭に船作りのこと指導してください。特に関船は新しき絡繰りや用兵となりますので。呉の海兵寮の近くに海兵隊用の造船所を作るつもりです。元吉は広島の就辰と協力して準備にあたってください」
「かしこまりました。何とか帳簿からひねり出します」
呉に軍船専用の造船所が出来れば、海兵隊の軍船の形が統一され運用が容易になるとともに、戦に応じた改善を迅速に行える。呉海軍工廠の戦国時代版だ。
…………
「しかし新しい船を用いての戦、やはり将は大事」
「そうですね、まず就英が考えているのはあの者、村田余吉でしょう。齢がいささか心配ですが」
「歳もでござるが。格の方が問題かと。一軍の大将となれば家中のやっかみも大きく。何らかの形で箔をつける必要がございます」
海兵隊遠征軍の構想が決まってひと段落したところで、私は就英と人選について話していた。黒板の船団の編成を書き留めた元吉が「誰ぞ茶を持て」と廊下に向かって命じている。
「私からの偏諱……は流石に無理ですね。となれば手っ取り早いのはしかるべき家の娘とか、あるいはいっそのこと官位……ああそうでした」
私はそれを考えて一つ思い出した。家中のやっかみや家格が問題になるのは、目の前の就英も同じだ。児玉家は譜代の名門とはいえ、一門ではない。
「私の鎮守府大将軍任官に合わせ就英も昇殿となるよう近衛様に取り計らってもらいます。これをもって宿老の一員ということになります」
「御屋形様。ですからそれはついでのように仰ることでは――」
「まあ、児玉の家から殿上人が出るとは。おめでとうございます。叔父上様」
就英が苦笑した時だった、木戸から女の声がした。花のような若い娘が盆を手に立っていた。
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