第二十五話 毛利の智謀

 天正十二年九月。播磨国赤穂城。


 伯耆から美作備前を経て播磨にもどった私は、赤穂城で小早川隆景と合流した。本来なら私の本軍と隆景の山陽方面軍で姫路城の後詰について話し合う場面だ。


 だが私はまず吉川元春の若狭攻めのことを伝えた。元春の作戦はこの戦争全体を左右するものだからだ。毛利家当主というより両川間の連絡役みたいな役割だが、何の違和感もないのが我ながら不思議だ。


「兄の……吉川軍大将の考えはよくわかり申した」


 若狭強襲上陸という驚天動地の作戦に隆景は表情一つ動かさなかった。私は安心した。実はここまでの道で、やはり無謀な作戦ではないか不安になっていたのだ。どうやら杞憂だった。一見無謀な作戦も、私には想像もつかないほど高度な戦理に基づいていたのだろう。


 これが名将は名将を知るという奴なのだろう。


「御屋形様、奥で子細を伺いたく、よろしいですかな」


 隆景は有無を言わせない口調で言った。子細と言ってもだいたい説明したんだが……。


 …………


 奥に入って私は隆景と二人だけになった。そう言えば八橋城でも同じような状況になった。隆景は無言で懐を探り扇子を取り出した。開こうとした手が途中で止まる。


 次の瞬間、扇子が板間に投げ捨てられた。


「なぜこのような戦立てに賛同なされた。こは毛利滅亡ぞ」


 私の想像と全く違った、いつも冷静な叔父がブチ切れている。


 真珠湾攻撃に正規空母六隻とらのこ全部投入すると山本五十六に言われた時の軍令部長はこんな表情だったのかも。


「ですが吉川軍の調べによると若狭は混乱の中にあり。それに海兵隊は若狭衆にはとても止められないでしょう。武田元明居城、後瀬山城の攻略は無謀とは言えないのでは」


 自分の不安を忘れたように、私は元春の作戦を弁護した。


「なるほど後瀬山城を落としたとしよう。そして兄の武勇と天佑神助によって若狭を占拠し、京への道を得たとしてもよい」


 隆景はまくしたてる。この叔父の口から天佑神助なんて言葉が出たのを聞くのは初めてだ。


「だが近江に置かれた明智秀満を退けねば京には入れぬ。仮に明智秀満を退けたとして、その間に土岐宰相が京にもどればこの策は潰える。若狭「中入り」を戦の勝利に終着せしめるには宰相を京から大きく離さねばならん」


 なるほど戦術的勝利をこの戦争の勝利に結びつけるためには、光秀を山陽道に引き付けなければならないと。確かに尼崎から京まではあまりに近い。しかも光秀は天王山城を築いて京都の連絡を万全にしている。


 ちなみに光秀はしばらく京にいたが、尼崎まで戻っているらしい。つまり土岐軍の攻勢が再開される。


「ではどこまで引き寄せれば……」

「御着……いや足りぬ。少なくとも姫路まで。万全を期すなら英賀を経て夢前川を渡らせる」

「つまり姫路と英賀を土岐の手に渡す必要があると」


 私は青くなった。姫路城はこの戦争において土岐の主力を防ぐための要だ。私が取って返してきたのも姫路城の後詰が目的だ。英賀城は瀬戸内海に面した重要拠点だ。この二つを光秀に渡せば播磨戦線は敗勢と言っていい。


 だが元春が看破したように姫路城を守っているだけでは勝てない。九州から畿内まで伸びているキリシタンネットワークを考えると時間は掛けられないという私の、いや日本の裏事情もある。


「止むを得ません。姫路と英賀は放棄してでも光秀を引き寄せます」

「つまり姫路と英賀を失い、しかも水軍の半分を山陰に回した状態で土岐の大軍と戦うと。吉川軍が京を突く前に赤穂が落ちる。例えば前田利家北陸衆が矛を転じて北から襲い掛かってくれば如何」


 隆景が山陽道の現状を並べて見せる。三木城に駐屯していた前田利家の北陸軍一万五千が動き出しているのだ。因幡へ向かう大軍が進路を変えれば毛利は後背を遮断されかねない。


「それで、そなたはどうやって播磨の毛利を滅ぼさずに宰相を引き出すのか」


 隆景は詰めてくる。感情を露にしているのに論理に全くの乱れがないのが恐ろしい。とはいえ私だって八橋城からの帰り道に何も考えていないわけじゃない。毛利水軍を日本海に回せば播磨が厳しいな、くらいのことは考えていたのだ。


「姫路、英賀の各城で時を稼ぎつつ引き、吉川軍と呼吸を合わせて光秀を引き出します」

「机上の空論なり。姫路、英賀と敗退を続ければ兵の士気は潰え、播磨国衆は離反。いや英賀や龍野は勝手に下りかねぬ。味方は総崩れになる」


 言葉に詰まる。戦はとにかく勢いが大事だ。


 地縁血縁、一所懸命の局地戦であれば、人間は驚異的な粘りを見せる。だがこれだけ戦の規模が大きくなれば、何のゆかりもない土地で、顔も見たことがない将兵に一族郎党の死命をゆだねることになる。百万石を越えた甲斐武田が一撃で滅亡したのはそれだし、毛利も本能寺がなければそうなっていた。


 姫路が落ちただけで影響は大きい。その後はうわさ一つで軍が崩壊しかねない。次の拠点である英賀でも落ちたら、播磨どころか隆景や乃美宗勝に服従している備前や讃岐の国衆からも必ず離反者が出る。


「了解したようだな。では今からでも兄に停止の下知を」

「ま、待ってください。姫路と英賀で負けても将兵の士気を保てればいいのですよね」


 私はさっき見た姫路周辺の絵図を思い出していった。姫路城を取り囲む土岐軍の付城戦術、戦場土木の傑作だ。ならばこちらも同じようにすればいい。


 軍事学的に言えばいわゆる遅滞戦術だ。有名なのがイタリア戦線でドイツ軍元帥ケッセルリンクが行った作戦。北アフリカから上陸してくる連合軍に対して、細長いイタリア半島に幾重にも防衛ラインを敷き、後退しつつ敵の攻撃を防ぐことで時間を稼いだ。


 私の本軍という予備人員がある。それを後方での陣地構築に用いればいい。


「姫路が耐えている間にまず後方の青山に陣を作ります。そして吉川軍の出航と合わせて姫路を放棄。引いてきた元清の軍を青山の陣地に収容します。新たに作られた陣地によって将兵は寄る辺を得、これが作戦だと理解するでしょう」


 私は床の上の絵図に指を走らせた。青山は姫路から西へ六キロほどの位置にある山だ。前には夢前川という天然の堀が流れている。そしてその夢前川の河口には英賀城。防衛ラインとして機能するはずだ。


「さらに穂井田軍には日時を指定し、そこまで陣を守ればさらに後方に引いてよい旨を周知させます。そしてその刻限が来るまでに、私は天下台山に次の砦を築いておきます」


 物理的な砦、そして期限により将兵の不安を減らす。人間というものは不利な状況でも期限が切られ、つぎの約束があるなら耐えられる。つまり戦場における不確実性という大敵を御す方法だ。


 姫路が落ちれば光秀は御着に、青山と英賀が落ちれば姫路まで本軍を前進させる。姫路と英賀の戦略的価値の大きさを考えれば、光秀はこれが策だとは疑えないはずだ。


「…………つまり普請をもって将兵にこの撤退が戦立てと思わせると」

「そうです。光秀が普請にて攻めるなら、毛利もまた普請にて守る。いえ宰相をつり出します」


 隆景はギュッと口を引き結んだ。


「青山と天下台の陣普請は私自ら陣頭指揮を執ります。叔父上はこの赤穂にあっていざという時の退き口を守る共に、後方から水軍をもって土岐の後方を脅かし、敵の鋭鋒を鈍らせてください」


 つまり最前線を穂井田元清、その中間で私が陣地普請をして、隆景は最後尾を守るとともに、水軍でもって遊撃戦を仕掛ける。こうして敵の進軍速度を調整。その間に元春が指揮する海兵隊と吉川軍が若狭を占拠、京を突く体制を作る。


「……それでも賭け。そもそも兄がまことに京を突けるのか」

「吉川元春の戦を知ることに関して、小早川叔父上に勝るものはいないはず」


 私は最高峰の知将の判断を問う。責任の放棄ではない。もっとも適切な人間に判断をゆだねるという話だ。養子に入った家をまとめ上げながら、毛利家を一国衆から中国の覇者に押し上げる。そんな離れ業をそろってやってのけた両川きょうだいだ。


「……姫路の次に青山はいかん。その南の京見山にこそ陣を敷くべし」


 隆景は床に放り捨てた扇子を拾って、絵図の一部を指した。


 ああなるほど、青山じゃ山陽道から遠すぎるか。正直守りだけを考えていた。私は相変わらず戦場を見る目がない。


 とにかく、これで土岐との戦争の大戦略の転換は決定だ。

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