第九話 初陣後の悩み

天正十一年八月。安芸国呉鎮守府。


 私は呉の鎮守府にもどっていた。西園寺家討伐よりひと月、長宗我部はピタリと動きを止めた。元親は未だ白地城にとどまっているようだが、副将格の弟香宗我部親泰は阿波、嫡男信親は土佐、三男親和は讃岐にもどったことが確認されている。明らかに今の領国を守る体制だ。


 南伊予を任せた土居清良は西園寺旧臣を再編成して防衛ラインの強化をしているし、宍戸元続も南伊予に置いている。伊予に渡った国衆たちの半分以上が引き上げたが、港山城には輪番で詰めさせている。


 ただ未だ長曾我部元親から返書が届かないのが気になる。


 形式的には長宗我部と戦争はしていない。だが一触即発までいった以上は起請文の一つも交わしておくのが作法だ。「今後は隔意なく何事も話し合っていきましょう」というやつ。もちろん文面通りの意味ではなく、とりあえず戦争はやめとこうという相互確認だ。


 まあこの時代、一ヶ月くらいは遅れた内に入らないけど。


 それに今一番の問題は初陣を終えた海兵隊だ。私は隊将児玉就英を書院に呼んで、今後のことについて話し合う。


「問題はあまりに容易に勝ちすぎたことでございまする」

「確かに。今後のためになりませんね」


 敵の本拠地を一日、いや二刻で落とし、戦死者無し怪我人が九人。百戦錬磨の就英が指揮を執り、大組頭の全員、組頭も半数が川ノ内警固衆の猛者とはいえ、初陣でこれでは海兵たちは確実に勘違いする。


 小大名クラスの本拠地を落とすというのは本来こんな簡単なことではない。歴史には大国の大軍が一国衆の小さな城に手こずり、結局引き上げたなんて話はいくらでもある。


 元就そふが尼子の大軍に攻め込まれた吉田郡山城の合戦とか。


「海兵隊将として此度の勝因はどう考えていますか」

「敵方の予想もできぬ速さで戦場に着到したこと。二百四十の鉄砲があったこと。その鉄砲が褐色火薬を用いた優れたもので、弾薬を惜しまず訓練した兵が扱ったこと。後は調練に繰り返し用いた草津城と同じく海城であったことですかな。……これだけそろえば誰が指揮しても勝てまする」


 これはひどい。命がけで戦場に立つ武将が「だれでも勝てる」なんて言うことは本来ない。ちなみに出陣前に初陣で本当に大丈夫かと確認したときの就英の答えは「十に九は勝ち」だった。


「鈴木殿は褐色火薬の戦場での働きは想像以上と」


 確か城攻めの最終盤面で、遠方から敵の守将を昏倒させたんだっけ。なんで致命傷にならない距離で当てられるんだ? あれがなければ後一刻は掛かったというのが就英の見立てのようだ。


 ただし、褐色火薬はいずれ必ず洩れると思わなければいけない。当の鈴木重朝が一度見ただけで八割方見抜いた。もちろん重朝は特別としても、光秀の元には雑賀衆の大半が付いている。


 秘密保持には気を使っているが、それは敵に知られないためではなく、敵に知られるのを遅らせる効果しかないと割り切っている。


 全くの新兵器だった鉄砲自体すらあっと言う間に全国に広がったのだ。


 スピードこそが大事という海兵隊の基本コンセプトの有効性はしっかり確認できたが、今後海兵隊が戦えば戦うほど、そして活躍すればするほど情報は洩れる。


 優位性を保つには、海兵隊が進化を続けなければならない。常に敵の予想よりも早く動き続ける為のドクトリン、海兵隊の運用原則を進化させ続けることが何より重要。そのために必要なのは実戦、ではなく実戦の結果得られる戦訓だ。


 軍組織は戦訓を積み重ねて成長する。そして戦訓とは基本的に失敗経験である。上陸に手間取って犠牲者が出たなら船の構造、訓練、あるいは上陸地点の選定方法など、どうしたら次はその犠牲が出なくなるかを考え、訓練、装備開発、兵站運用、作戦指揮を改良する。


 帝国海軍空母機動艦隊が真珠湾、マレー沖と大勝した後、ミッドウェーであれほどの大敗をした原因は直前に行われたサンゴ海海戦の戦訓を取り入れられなかったことだと言われている。


 もちろん細かいことを言えば丸串城の戦いでも問題は出ている。ただ実際に被害に結びついていない問題の改善には注意が必要だ。


 軍隊において過剰性能は過少性能と同じくらい害がある。特に物量をぶつけ合う戦国大名間の戦争ではそれが顕著になる。理想を言えば上陸は一秒でも早い方がいいが、それを突き詰めればその為に必要なコストは青天井になる。


「此度の戦で手柄を立てた者の扱いをどうされまするか。銭による褒美は全員に与えましたが。突出した戦功をあげた者の査定はこれからです」

「ただ立身させればいいというものではないからな……」


 海兵隊の階級は一番下が海兵。次が最小単位の六人組の組頭。ここまでは俸給で雇われた兵だ。その次が大組頭で、五から十組を指揮する。これは足軽大将に相当する。次が隊将で三つから四つの大組を指揮する。侍大将に相当する。


 だがこれはあくまで兵数の話であって、組織としての性質が全く違う。


 ざっくり一万石の軍役が二百五十人。六十人でも小国衆の当主だ。自らの城と領地、そして一族という自前の組織を持っている。一方、海兵隊員は大組頭でも自分自身の兵を持たない。報酬はその指揮能力に対して支払われる。


 昇進基準も問題だ。本家アメリカの海兵隊は戦場での個人的活躍で昇進というシステムを取っていない。抜け駆けして敵将の首を取った類の戦功はむしろ邪魔になりかねない。


 あくまでチームの一員、あるいはリーダーとして、与えられた役割の達成にどれだけ貢献したかが基準だ。もちろんその目的のために一番乗りを果たしたなどの功績は評価しなければならない。


 そして良いプレイヤーが良いマネージャーになるとは限らないというのは、いつの時代も組織の悩みだ。


「軍功の評価に関しては腹案があります。戦功の証としてこれを与えるのです」


 私は海兵隊隊章を作らせた職人に頼んでおいた勲章を見せる。


「察するに感状の代わりですかな、いかにも小さいですが」


 就英は勲章のサンプルを指でつまむように持つ。全然ありがたそうじゃない。


「勲章の数と格によって、退役後に免税となる田や畑の広さを増やします。あるいは鎮守府の指南役になりたい場合に優先的に採用する。もし途中で討ち死にした場合は、妻や子などにその勲章に準じた恩典を与える」

「なるほど。あくまで勤めを終えた後の褒美とし、役目以上の功を焦らせないと」

「そういうことです」


 実は報酬の後払い的な意味があるので財政的にも助かる。今の海兵隊が退役するころには日本全土が毛利の領地になっている……といいなと思っている。


「これらを踏まえて。そろそろ本格的な士官教育を始めなければなりません」

「士官とは、士分のことでしょうや」

「おおむねそうです。今の組頭を将来の大組頭、隊将を見据えて教育する。将来海兵隊を二千人まで拡張するには、八人の隊将と三十二人の大組頭が必要。なるべく生え抜きの者から抜擢したい」

「なるほど。海兵隊の特異さを考えると外から連れてくるわけにはいきませんな」


 戦訓の記録と活用、功績評価と昇進基準、それらすべてに関わるのがこの士官教育だ。数十人を率いるためには実戦経験だけでは足りない。海兵は上位の武家に生まれた者なら物心つく頃から意識する一門家臣を率いる感覚がない。


「後は海兵隊と他の軍との連携です。小早川軍や吉川軍とも今後は共に戦うことを考えなければいけません」


 今回の戦はあくまで伊予国内の反乱鎮圧という小規模の戦いだった。海兵隊はほぼ単独で動いたし、勝利と戦略目標の達成が同義だった。だが今後は大友、長宗我部、そして土岐など数ヶ国を領する戦国大名との戦が想定される。


 海兵隊は戦争の一部を担うことになる。海兵隊だけで戦えるとは限らない。今回の戦でも、もし大友水軍が出てきたら海兵隊は逃げることしかできなかったはずだ。


 つまり毛利水軍かいぐんがこの海域の制海権を押さえているから、海兵隊はこの敵城を攻撃する。海兵隊が敵城を占拠した後は、速やかに毛利の陸上兵力りくぐんが移動して占領を維持する。そういった連携が必須になる。


 この場合は海兵隊の特殊性がむしろ困難を呼ぶ。


「初陣を終えたとはいえ、やることが尽きませぬな」

「そういえばあと一つ。就英には将来隊将の上に立つ、海兵隊の総長となってもらいますが。この地位は毛利国家の宿老格とするので、その心づもりでいてください」

「…………御屋形様。それはついでのようにおっしゃることではございませんぞ」

「今後は毛利国家の意志決定に海兵隊総指揮官を加えないわけにはいかないでしょう」

「……此度の伊予でのことを考えると、確かに左様でございますな」


 就英は「とにかく士官教育については考えておきまする」と言って席を立った。



「御屋形様。御来客でございます」

「そのような予定はなかったはずですが」


 就英が部屋を出ると、待ちかねたように佐世元嘉が入ってきた。なんでそんないい笑顔なんだ? 毛利国家元首である私にアポもなく会おうとするなどあり得ないんだが。


 将軍よしあきがまた家出してきたとか言わないでくれよ。








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第9回カクヨムWeb小説コンテストの中間選考を本作「毛利輝元転生」と「AIのための小説講座」が通過することが出来ました。

読者の皆さんの応援のおかげです。ありがとうございます。

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