第七話 装備調達

「なるほど迅速に兵を運びなるべくいろいろな場所に上陸できる船がご入用であると。そうなると確かに小早船しかございませんな」


 私の持参した箇条書き、いわゆる要求性能を見て困った顔になったのは二階就貞。太田川河口ひろしまわんで廻船業を営む商人で、父の代から毛利の御用商人を務めている。


 この時代の御用商人は江戸時代の感覚とはかなり違う。就貞の元服せいじんの義で烏帽子親は毛利家当主(名目上)の私が担当、祖父元就から就の字を与えられている。


 元服式では私はもちろん毛利家当主がやってやるのだからありがたく思えという態度をとる。もちろん内心は緊張している。前日作法を確認するとき「もし二階の跡継ぎの心が毛利から離れば、お家が傾くと思え」と祖父からきつく言われていたからだ。


 大体十五年くらい前か。


 そういえば元服式の後、就貞が私に烏帽子親としての礼を述べたときに「陸奥守様より一字頂くことは末代までの誉れなれど。かなうなら元の字を賜りとうございました」とこそっと付け加えた。


 意味は元就の上の元が欲しかったという非常識極まりない要求ではなく、輝元わたしの元でもなく、私の亡き父の隆元の元が欲しかったという意味だ。


 子供の私はあっさり感動したが、用意されつくしたセリフだろう。同じくらいの歳なのに商人というものは凄いなと今では思う。


 さてその豪商に私が頼んだ船は艪数四十、乗員五十人の大型小早船だ。言葉に矛盾があるが、そもそも小早船とは小型の関船という意味だ。どちらも船体の基本構造は同じで、流線形でスピード重視。ただし関船は船体の上に総矢倉と呼ばれる高い構造物を持つ。これは海戦時にいわば砦として機能する。高所を取った方が有利というのは船戦でも変わらない。


 だが海兵隊はあくまで海から陸を攻めるためのもの、大きくて重いとスピードはもちろん接岸できる場所に制限が生じる。


 普通の小早船と違うのは木綿の帆を付けれるようにしてある。これは航続距離のためだ。


 ちなみにアメリカ海兵隊と言えば強襲揚陸艦だが、あんな空母もどき作れるわけがない。っていうか元の時代で活躍していたアメリカ級強襲揚陸艦なんて海上自衛隊最大にして最新艦だった軽空母『しなの』よりもでかい。


 そういえば『しなの』も第二次世界大戦の『信濃』同様……。


 いやいや、そういう未来を防ぐためにやれることをやると決めたんだった。その為にはまずこの時代に海兵隊を作り、その組織的有効性を日本統一で証明し、それを後世に伝える。


「この船の前の絡繰りは?」

「船の前面を蝶番で止め、上陸時に兵がそのまま駆けだせるという工夫が出来ないかと考えた」


 私は大日本帝国陸軍が使った大発動艇、通称大発から発想を得た絵図を見せる。


「鉄の絡繰りは銭と時かかりまする。鎮守府の御人数三百となれば、少なくとも六艘。それらすべてをこの形で新造となると……」


 就貞が頭の中で計算した数字が示された。この後の鉄砲のことも考えたら完全に予算オーバーだ。鉄もだけど木綿が高いんだよな。木綿の帆を筵に変えれば何とかなるかもしれない。


 ……海兵隊の軍事行動全体のスピードにどちらが寄与するかを考えれば、優先順位は帆だ。よしこうしよう。


「分かった。絡繰りは一隻だけの試しとする」


 高度で特殊な装備はとにかく金がかかるうえに、作るのに時間がかかる。さらに壊れた時に修理できるものがいないという三重苦だ。高価で高性能の装備と、安価で通常性能の装備をミックスして使うことは船のような大型装備ではよく採用される。軍事的にはハイローミックスという概念だ。


 要するにガン〇ムとジ〇の関係である。軍事史を学べば学ぶほどガ〇ダムという作品は考えて作られてることが解る。特にエースパイロットや特別機一つで戦争全体の勝敗がひっくり返らないところとか。ジ〇ンなんてまんまナチスドイツがモデルだし連邦はアメリカだし。


 ビグ〇ムはジ〇ンの国力では多分量産できない。


「もう一つの安宅船の改装ですが。船楼を全て除き、大砲も積まないのですな」

「これは戦船ではない。帆走を重視し積載量を増したい」


 もう一つの注文は播磨に行くときに使った私の安宅船の改装だ。


 安宅船は流線形の小早船や関船と違い、箱型の大型船だ。これはいわば輸送船で、鎮守府海兵隊が一週間戦えるだけの兵糧弾薬を運ぶのが役割となる。アメリカ海兵隊には海上事前集積船という戦場近くの洋上で物資を補給する専用船があった。


 ちなみに戦国時代でも水軍の役割の最大のものは兵員、物資の輸送である。例えば大内家は九州の大友のみならず地続きの安芸武田家を攻めるときも兵員や兵糧は水軍で輸送した。


 私の注文を聞いているこの就貞も毛利の軍事活動で何度も兵糧や弾薬などの軍需物資の輸送に従事している。これはどこの大名も領内の港を拠点とする商人にやらせていることで、商業活動に保護を与える対価としての準軍役だ。


 大規模な戦となると戦船の輸送能力でも全く足りない。戦国大名は巨大化すればするだけこの兵站問題に縛られる。こく内へのクラス遠足が京都への修学旅行になる。


 迅速に行動する小早船と物資を満載できる安宅船が海兵隊の基本艦艇だ。もちろんどれだけ積載量を稼ごうと安宅船一艘では高が知れる。あくまで川ノ内警固衆や小早川水軍、つまり毛利海軍が動いて制海権を確保するまでの分だ。


「さらに鉄砲百二十丁ですか。御人数に対して多いですな」


 二階就貞は二枚目の注文をめくりながら言った。


「上方との関係を考えると揃えるのは今しかないと思ってな。さらに追加すると考えておいてくれ」


 鉄砲の主要生産地は摂津の堺、紀伊の雑賀や根来、近江の国友など現在光秀の支配地域に集中している。この時代の鉄生産は山陰が多くを占めるし、毛利は位置的に海外からの硝石や鉛の輸入に有利な面もあるから、絶対の不利ではない。


 だが将来のことを考えると頭が痛い問題だ。


 鉄砲は戦国末期の軍事革命だ。軍忠状には自軍の損害が負傷した武器の種類と共に記されているが、ここ十年くらいで礫や矢から鉄砲傷に変わっている。鉄砲は殺傷力も高いことを考えると、ほとんどの死傷者が鉄砲によるものになる。


 鉄砲の改良はもちろん考えた。


 鉄砲とは要するに鉄の筒に火薬と弾丸を入れ、火薬に着火してその爆発力で弾丸を飛ばすもの。要素としては砲身、弾丸、着火方式、火薬だ。


 この時代の鉄砲は【滑腔砲身】で【火縄で着火】して【球形鉛玉】を飛ばす原始的なもの。


 今後は着火方式が火縄マッチから火打石フリントロックそして雷管パーカッッションロックと進歩していく。また砲身にはライフルリングと呼ばれる螺旋が掘られ。弾丸に回転を与えて長距離での弾道性能を上げる。


 この二つが合わされば無敵の兵器が出来上がる。軍事史的には幕末に長州藩が幕府の大軍を粉砕したミニエー銃だ。1.5倍の距離から十倍の命中率で鎧を貫通する。


 言うまでもないことだが火縄銃すら作れない毛利が三百年の技術進歩を越えられるわけがない。私が注文したのは小筒という最もポピュラーなものだ。


「すべて小筒というご注文ですが。……川ノ内警固衆の鉄砲は船や城の狭間から討つために狭間筒が併用されておりますが」

「同じものを使うことで調達、訓練、補給の手間をなるべく省きたいのだ。なるべく同じ産地のもので揃えたい」


 多くの数をそろえる小火器は装備統一が運用の負担を劇的に減らす。消耗品である鉛玉や火薬ともかかわってくる。この時代は個体差が当たり前なので統一といっても程度問題だが、その程度で戦場での補給の負担が大きく減る。


 それは海兵隊のスピードに直結する。


「難しい注文でございまするが、ありものは多少は気が楽でございますな」


 少しほっとしたような顔で就貞は注文状をめくる。


「次は硝石、硫黄、炭ですな。それに鉛。鉄砲を用いる以上は当然ですが……。この褐色の炭というのは?」

「完全に炭になり切っていない木炭を用意してほしい。それも様々な段階のだ。出来るか」

「炭焼きに言えば可能ですが」


 就貞は首をひねった。無理もない、これは完全に未来知識だ。


 鉄砲自身の改良は出来ないが火薬は別だ。


 火縄銃では黒色火薬が用いられる。黒色火薬は硝石、硫黄、木炭を混合して作られる最初期の火薬だ。欠点は煙の多さ、硝石を輸入に頼らざるを得ないので高価であること。


 将来は煙が少ない無煙火薬に取って代わられる。現代の銃の火薬はこの無煙火薬だ。無煙火薬は植物繊維を硝酸と硫酸で処理して作るニトロセルロースが主原料、それに綿火薬ニトログリセリンを混ぜたりする。現在の技術では到底不可能な代物だ。特に主原料のニトロセルロースが作れないからお手上げ。


 ただ黒色火薬と無煙火薬の間に私でも手が出せる過渡期の火薬がある。それが褐色火薬だ。これは黒色火薬の木炭を褐色木炭、つまり生焼けの木炭に変えただけのものだ。


 木炭を生焼けにするなどいかにも威力が落ちそうだ。実際、この改良で瞬間的な爆発力が小さくなる。だが、この瞬間的な爆発力というものは火縄銃にとってマイナスなのだ。


 戦国時代の銃の加工精度だと銃身にダメージが大きく暴発の原因になる上、それを防ぐために玉と銃身の間にスキマを取らざるを得ない。


 つまり事故や故障の原因になり、爆発エネルギーの無駄も多くなる。


 これを黒色火薬に比べればじっくり爆発する褐色火薬に変える。そして鉛玉のサイズを少しだけ大きくして銃身と隙間を減らし威力を上げる。これが私の構想だ。上手くすれば火薬と銃のメンテナンス、そして威力のバランスという総合的な強化が出来る。


 褐色木炭の配合割合、使用量、鉛玉の大きさのバランスをテストして繰り返さなければならない。これをやるのが装備開発所の最初の、いやもしかしたら一番重要かもしれない仕事だな。


「それではご注文は以上でよろしうございまするか」

「ああ頼む…………。いや待てもう一つ、南蛮船から仕入れてもらいたい薬があった」


 私は注文書に今思いついた品を追加した。この超高級品は下手したら火薬よりも重要だ。榎本元吉が予想外の出費に顔をしかめても手に入れねばならない。


「いろいろと苦労をかける。支払いの方は後になるが、何とか頼む」

「とんでもございませぬ。広島には某商人どもも大いに期待しておりまする。それに……」


 就貞は私の注文書を見る。そしてどこか人懐っこい笑みを浮かべた。


「かように詳細な注文書は隆元じょうえい様以来毛利の方からはとんと頂いたことはありませぬゆえ」


 そういえば父の隆元は商人からの信用が厚く「腹黒毛利家の中で信用できるのは隆元様のみ」なんて言われてたんだったか。


 なるほどあの時の就貞の言葉は単なる阿りではなかったか。

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