第四話 鎮守府海兵隊の構想

 天正十年六月二十六日 安芸国吉田郡山城。


 吉田郡山城に帰った私は宿老福原貞俊を呼び、広島築城について諮った。なんで勝手に決めるんだと散々嫌味を言われた。それでも福原が頭人、児玉元良が奉行として実業務を担当する体制が何とか決まった。


 現代で言えば貞俊が担当重役で、元良が実働部署の部長あるいは課長だ。ちなみに奉行というと武士の職業と思われているが、もとは朝廷用語だ。責任者と実務者の組み合わせは人間組織の基本なのだ。


 とはいえ奉行に元良を押し込まれたのは参った。元良は能力的には全く問題ないがロリコンを蛇蝎のごとく嫌っている。史実通りに私に近い二宮就辰を奉行にしたかったが通せなかった。


 「二宮殿では普請に手伝いを出す国衆を指揮するには貫目が足りない」と言われれば抗えない。史実よりも七年早いからな。それでも何とか私への連絡役、目付として就辰を押し込んだ。


 とにかく本拠地移転が通ったことだけでも良しとするしかない。


 そのあとは義父である宍戸隆家を呼び吉田郡山城の城代を頼んだ。


 宍戸隆家は元就の娘婿で私の妻の父。つまり義理の叔父で、義父という深い関係にある。吉田郡山から徒歩一時間の五龍城主。毛利家と宍戸家は代々のお隣で、当然のことながら諍いがあった。


 だが隆家は元就から深く信頼を受け元春じなん隆景さんなんと同列として扱われた。その立場からも外交上手の能力からも山陰、山陽を繋ぐ吉田郡山城きゅうしゅとを任せるのに不安はない。


 あと妻が非常に喜んだ。父親大好きだからな。ただし私が広島に行くことに関しては「女童好みロリコンも大概にいたしませ」と嫌味を言われた。どうやら奉行が児玉元良であることをすでに聞きつけたらしい。


 私が任命したんじゃないけど、これは言っても無駄だ。記憶を取り戻す前の私の行為ストーカーが原因だし。


 とにかく広島築城については決まった。貞俊も元良も決まればちゃんとやるので一応安心だ。必要な報告が上がるかは二宮就辰に期待だが。


 これで私は鎮守府に集中することが出来る。部屋にもどり構想を練る。鎮守府のモデルは【アメリカ海兵隊】と決めている。


 現代では世界最強の陸軍はアメリカ陸軍だった。世界最強の海軍はもちろんアメリカ海軍である。そして世界最強の空軍は当然のようにアメリカ空軍だ。


 では世界最強のは何かといえばそれがアメリカ海兵隊なのだ。


 アメリカ海兵隊の起源は独立戦争前にさかのぼる。まだ木造帆船の時代で、艦船に乗り込んで治安維持。要するに憲兵みたいなことをやる小さな部隊として発足した。最初の本部が居酒屋だったというのは有名な話だ。


 歴史が進み、第一次大戦になってようやく旅団規模となり、フランスに派遣されて対ドイツ戦で活躍した。それでも補助軍扱いだったようだ。


 アメリカ海兵隊の勇名が世界にとどろいたのが第二次世界大戦の対日戦線、つまり太平洋戦争だ。太平洋の島々をめぐる日本軍との死闘の中、アメリカ海兵隊は現代まで続くことになる軍組織としての性質を開花させた。


 ことは日米開戦しんじゅわんの二十年前にまでさかのぼる。海兵隊のエリス少佐によって書かれた「ミクロネシアにおける前線基地作戦」という研究論文だ。将来の太平洋での対日戦がいかなる形になるかを予測したこの論文は、日本人にとっては腹立たしいことに、軍事学上の芸術で、水陸両用作戦という画期的な戦術概念を定めた。


 真珠湾、シンガポールと序盤の快進撃の後、ミッドウェーでその進撃を止められた日本は、ガダルカナル島を皮切りに太平洋の島嶼戦でどんどん押されていく。


 この一連の戦いキャンペーンで大活躍したのがアメリカ海兵隊だ。太平洋の島々にある日本軍の防衛線をアメリカ海兵隊は次々と陥落させていった。


 基地化された島というのは海の中にある城であり、遮るものがない海からの上陸作戦は極めて危険な軍事行動だ。戦国時代で例えれば城に対して背水の陣で攻撃するに等しい。


 それを可能にしたのがエリス少佐が原案を提唱した『水陸両用戦』だ。艦砲射撃、航空支援、そして迅速果敢な上陸専用部隊という、まさに陸海空を統合した軍事行動だ。


 最初は多くの被害を出したが、最終的には日本軍をして水際防衛をあきらめさせるほどに水陸両用作戦は洗練された。


 ちなみに水際防衛に固執したことでアメリカ軍に翻弄された日本軍にあって、島の内部に誘い込んでゲリラ戦で対抗するという戦術転換でアメリカ海兵隊と歴史に残る激戦、硫黄島の戦いをしたのが栗林忠道中将だ。


 開戦の二十年前から水陸両用作戦、つまり海からの強行上陸戦という革新的な戦術を構想していたアメリカと、終盤になってなんとか対応した時にはすでに大勢が決していた日本。


 物量に負けたといわれる太平洋戦争の純戦術的に見たもう一つの側面だ。もちろん対応が遅れた理由として物量の余裕のなさがあるんだけど。


 とにかくこういった経緯で発展してきたアメリカ海兵隊は極めて特徴的かつ高い能力を獲得した。それが最強の陸軍、海軍、空軍を擁するアメリカで海兵隊が独立した軍隊として存在している理由だ。


 海兵隊は一言で言えば常備・即応・統合・精鋭軍なのだ。そのコンセプトは徹底してスピードにある。


 陸海空を統合しているのは出撃前の編成や指揮系統などの事前準備が不必要であることを意味する。海上を移動することで世界中に迅速に戦力を展開、水陸両用作戦により問答無用で敵地に乗り込む。


 必然的に精鋭であることにこだわり「海兵隊員は全員がライフルマン」と言われる。パイロットなどの専門技能者もライフルを扱えることを求められ、将校も射撃テストがあるという。


 戦闘においては精鋭統合軍であることを活かして機動戦、つまり敵の対応できない速度で軍事行動して、敵を混乱に追い込む。つまり先手を取り続けることを目指す。


 他の三軍に比べて小規模なのはこれらの性質を維持するためだ。一朝事あれば迅速に戦場に駆け付ける。そうして敵の機先を制し、あるいは橋頭保を確保する。軍事的には攻勢の優位を極限まで突き詰めた軍隊だ。


 その役割から「アメリカ帝国主義の尖兵」とけなされることもあるが、ひっくり返せばにとって何より恐ろしい存在ということ。


 そしてこれらのアメリカ海兵隊の性質はシーパワーによる海からの日本統一を目指す私の目的に完全に合致する。


 このコンセプトを戦国時代に当てはめると鎮守府海兵隊は水上移動能力を持ち高い鉄砲装備率の精鋭常備兵ということになる。


 第二次世界大戦と戦国時代では条件がまるで違うが、この抽象的な性質は戦国時代でも十分に有効だ。いや、戦国日本だからこそ有用だといえる。


 まず四方を海に囲まれた日本の地形的特徴だ。アメリカ海兵隊が海を通じて世界中にその兵力と物資を投射したように、海に囲まれた日本特に中国、九州、四国からなる西日本ではこの能力は十二分に発揮される。しかも瀬戸内海を通じて、しゅとけんに圧力をかけることが可能だ。


 当然、少数精鋭であるしかない。常備軍、それも渡航能力を持ち、十分な火力を備えたなどとんでもない贅沢だ。数は二千人。実際に常時動けるのはその三分の二くらいを想定する。


 四万近い動員兵力を誇る毛利の中では小さいが、二千という人数は戦国大名同士の戦で影響力を持てる下限に近い。小さな城なら落とせる人数であり、しかるべき拠点城に籠れば籠城に耐えられる。


 この時代の戦争は勢力間、つまり境目にある国衆の動向に左右される。また大名の軍事行動の中で一番多いのは実は国衆の反乱への対処だ。


 実際に対織田戦でも毛利は荒木、三木といった織田国境地域の勢力を寝返らせ、織田は南条、宇喜多に対して同じことをした。毛利、織田ともに十ヶ国規模の大勢力なので中間の勢力も大名レベルになるが、実際にはその大名も傘下に多くの国衆を抱えている。


 数百から多くても千の兵数と堅固な城一つという規模が単位と言っていい。


 想定されるシナリオはこうだ。国境地帯、例えば播磨の国衆に明智が調略を掛ける。この国衆は毛利が新参である自分を信用せず、こき使おうとしていると感じている。そして明智の方が勢力が上で毛利本国は遠いからと裏切ることを決める。当然、毛利軍が自分を鎮圧しに来るまで時間があることが前提だ。


 この前提を崩す、想定よりもずっと早く鎮守府海兵隊が攻め寄せてくる。明智の援軍は間に合わない。周辺の親類関係の城主と結託するのも難しい。下手したら籠城戦の準備すら万全じゃない。


 つまり迅速に鎮圧可能であり、さらに重要なのはこれ自体が反乱抑制効果を持つことだ。


 逆に明智が国境の城に攻めてきたときはどうか。攻められた毛利傘下国衆は当然援軍を求めてくる。彼らにとって援軍がどれほど早く来てくれるかは死活問題だ。この場合も鎮守府海兵隊は海路を使って迅速に援軍に駆け付ける。二千が数日で来てくれるというのは極めて心強い。


 明智との本格的な戦においても橋頭保を確保や兵站の弱点を襲撃するなど、遊撃部隊としての役割を期待できる。


 つまり鎮守府海兵隊は反乱者にとって最も恐ろしく、味方にとっては何より頼もしく、敵にとっては極めて厄介な存在となる。


 もちろんこれはあくまで理想だ。現段階ではこれは「僕の考えた最強の軍隊」に過ぎない。


 問題はこの構想をどうやって現実と擦り合わせるかだ。やはりまずはあの男に相談する必要があるだろうな。









**************

参考文献:

『知的機動力の本質 アメリカ海兵隊の組織論的研究』

野中郁次郎(著)中公文庫2023年1月25日

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