第十二章 再生
目を開けると病室のベッドの上だった。
小鳥の鳴き声が聞こえたような気がしたけど、こんなところにいるわけがないか。
「あ、真緒ちゃん。気がついた?」
「よかった。心配したんだよ」
サワちゃんとヒラリンだ。
おっと、まだ揺すると痛いよ。
あたしが痛みをこらえて目をつむると二人ともあわてて手を離してくれた。
「まだ痛む?」
「うん」
「そりゃそうだよね。でも、よかった。ほ、ほんとに良かっ……」
サワちゃんが泣き出した。
あたしが目覚める前にもずっと泣いていたらしく、もう顔はぐしゃぐしゃだ。
そんなサワちゃんをヒラリンが抱き寄せておでこをくっつけている。
いいな。
あたしもやってほしい。
そういえば、あの子はどうしたんだろう?
「ねえ、もう一人いたよね」
サワちゃんが泣き止む。
「悠翔君のこと?」
うーんと、違うな。
男の子じゃないよ。
たぶん、女の子だったと思うんだけど……。
でも説明するのは難しそうだった。
ヒラリンがベッドに手をついてあたしに顔を近づける。
「一緒に行こうよって誘ったんだけど、行かないって言うんだよ。あんな冷たいやつ、カレシにするのやめなよ」
思わず笑ってしまった。
めちゃくちゃ体中が痛む。
でも、笑いが止まらない。
マジ勘弁してよ。
「カレシじゃないし」
退院したあたしは教師達からいろいろと聞かれたけど、何も覚えていないとしか答えなかった。
実際、落ちた瞬間のことは何も覚えていなかった。
もちろん、それ以外のことは全部覚えている。
でも、部活の先輩に嫌がらせを受けたことや、それを教師に相談してもおまえの態度が悪いからだとまともに取り合ってもらえなかったこと、サワちゃんやヒラリン以外の同級生もみんなずるかったことも、全部あたしにはどうでもいいことだった。
あたしはもう、そんなもの、全部ぶん投げてしまったのだから。
あたしの右手はあまり力が入らなくなっていた。
左手を使う練習をして日常生活を送ることにした。
鉛筆や箸は意外と使える。
でも、スプーンに何かをのせると、手が震えてこぼれてしまう。
まあ、そのうち慣れるだろう。
あたしは中学を卒業し、豊ヶ丘高校に進学した。
今日は入学式だ。
桜の花が満開だ。
サワちゃんとヒラリンと校門前で記念写真を撮る。
ユウトにシャッターを押させた。
「悠翔君も撮ろうよ」
サワちゃんに言われてもあいつは無愛想にスマホを返して、さっさと掲示板の方に行ってしまう。
ほら、人にぶつかってるし。
あたしたちもクラス分けを見に行った。
「同じクラスだといいね」とヒラリンがスキップする。
「誰か一人ハズレとか最悪だよね」
あたしは冗談のつもりだったのに、サワちゃんが泣きそうな声になる。
「やめてよ。変なこと言うの。けっこうドキドキなんだから」
掲示板の前にユウトがいる。
自分の名前を見つけたのか、後ずさりして、また人にぶつかってる。
ホント、しょうがないね、あいつは。
「ん、俺に何か用?」
ユウトににらみつけられて女の子がおびえている。
何か用じゃないでしょうが。
「こら、ユウト、ちゃんとまわりくらい見なよ。後ろ向きに歩いたら危ないじゃん」
「あ、いえ、あの、私がぼんやりしてたから」
女の子は耳を真っ赤にしながらうつむいてしまった。
「そんなことないよ。こいつ、気がきかなくてさ。イケメンのくせに」
「うっせーよ」
「ちょっと、あんた何組だったの?」
ふてくされてわざと答えない。
面倒くさいやつ。
「なんだ、あんたC組じゃん」
「なんで俺の名前を自分より先に見つけるんだよ」
「あ、あたしもC組だわ」
なんで舌打ちするかな。
「ねえ、うちらもみんなC組だよ。ラッキーだね」
サワちゃんとヒラリンがハイタッチしてる。
目の前にいる女の子はユウトが邪魔で名前が見つけられないらしい。
「ねえ、名前は?」
「あ、友永さつきです」
「へえ、サツキちゃんか……。あ、同じクラスじゃん。C組だよ」
「あ、そうですか。ありがとうございます」
「あたし、赤城真緒。『真実と一緒』で真緒ね。よろしく」
サツキちゃんは人見知りなのか、顔を赤くしながら軽く頭を下げてくれた。
あたしは仲間を紹介した。
「この二人ね、同じC組のサワちゃんとヒラリンだから」
「もう、真緒、それじゃあ、なんだか分からないじゃん。私は沢口未樹ね」
「私は平山亜弓。うちらみんな地元なんだ」
「あ、そうなんですか」
「サツキちゃんはどこ中?」
「あ、八木沼中です。この辺じゃないんですけど、分かりますか?」
「え、遠いね。あたしら部活の練習試合で行ったことあるから知ってるよ」
「あ、そうなんですか」
あたしはユウトを紹介してやった。
「こいつね、木崎悠翔っていうの。無愛想だけどいいやつだから、仲良くしてやってよ」
「うっせーよ。勝手に人のこと紹介するなよ」
「ねえ、サツキちゃん。こいつカレシにどう?」
「え?」
「さっきから、あんたら二人、ぶつかってばっかりいるから運命なのかなと思って」
「バーカ、んなわけあるかよ」
顔を真っ赤にしながらユウトが右肩を上げて頭をかいている。
うわ、マジかよ。
「えっ、何、あんた図星なの?」
「ちげえっつってんだろ」
「あ、あの……」
サツキちゃんが困惑している。
おっと、いけない。
またあたしの悪い癖だ。
ちょっと調子に乗り過ぎちゃうんだよね。
けっこう似合うと思うんだけどな。
ま、せかすことはないか。
まかせなさい。
この真緒様がキューピッドになってあげようじゃないの。
と思ったら、ユウトに向かってサツキちゃんが直角に頭を下げた。
「ごめんなさい。私、今は二次元に夢中だから」
「やーい、ユウト、ふられてやんの」
「べつにコクってねえし。勝手に人のこと売りつけるなよ」
サワちゃんとヒラリンもくすくす笑っている。
「じゃあ、ほら、みんなで教室に行こうよ」
サツキちゃんだけ、立ち止まっている。
あたしは振り向いて手招きした。
「ほら、一緒に行こうよ。あ、そうだ、ねえ、今日終わってから時間ある?」
「え、どうしてですか」
「あたしらさ、新しくできたショッピングモールにアイス食べに行こうと思ってるのよ。みんなで行こうよ」
サツキちゃんは少し戸惑ったような表情で黙っていた。
あ、まあ、いきなりで悪いか。
ごめんごめん。
と、サツキちゃんが駆け寄ってきた。
「豊ヶ丘タウンですか?」
「そうそう。すごいアイス屋さんがあるんだよ」
「すっごい行列のやつですよね」
「うん、知ってるの?」
「私、高校入ったら絶対にあのお店に行こうって決めてたんですよ」
「じゃあ、決まりだね」
あたしが差し出した手を、サツキちゃんがはにかみながら握ってくれた。
小鳥の鳴き声が聞こえる。
「ユウト、口笛下手だね」
「うっせーよ」
あたしたちは五人並んで桜の舞い散る中を校舎に向かって歩いた。
あたしたちの新しい一歩が始まる。
「あ、ねえねえサツキちゃん。連絡先交換しようよ」
スマホを取り出したあたしをヒラリンがたしなめる。
「真緒、歩きスマホは危ないよ。教室に行ってからにしなよ」
「えー、ま、いっか。じゃあ、はい、笑って!」
あたしはスマホを前に突き出してシャッターボタンを押した。
桜並木を背景に、みんなの笑顔が咲いていた。
それが翼ならいらない ねじれた時計と小鳥がくれた友達 犬上義彦 @inukamiyoshihiko
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます