第十一章 サヨナラマオチャン

 空が見える。

 光がまぶしい。

 オチル。

 コワイ。

 その時、あたしの横を何かが飛んでいた。

 小鳥だ。

 走馬燈のような光景が脳裏をよぎる。

 昔飼っていたインコのこと。

 逃げていってしまったインコのこと。

 追いかけたけど、あたしの手からすり抜けて逃げていってしまった小鳥のこと。

 あれ、ユウト?

 ユウトがあたしを支えていた。

 あんた飛べるの?

 重てえな。

 ハァ?

 失礼ね!

 おい、あばれるんじゃねえよ。

 小鳥なんだからよ。

 心は鷲でも力は全然ねえんだからさ。

 ユウトは微笑みながらあたしを抱きかかえて屋上へ飛んでいく。

 なんであんた飛んでるの?

 隠しててすまなかった。

 俺だよ。

 昔おまえと一緒にいたピィちゃんだよ。

 え?

 マジで?

 ていうか、その顔でピィちゃんって似合わないよ。

 笑うなよ。

 おまえがつけた名前だろ。

 ゴメン。

 ……ありがとうね。

 あたしは屋上で降ろされた。

 もっと抱っこしてくれてたらいいのに。

 ユウトが右肩を上げて頭をかく。

 重くて無理だ。

 失礼ね。

 言っただろ、俺はインコだって。

 小さいから重たいものは持てないんだよ。

 おまえの魂だけ、拾えたけどな。

 え?

 たましい?

 下を見ると、あたしがいた。

 屋上から落ちたあたしの体が地面に横たわっていた。

 ちょっと、どういうことよ?

 しかたないだろ。

 持てなかったんだから。

 だって、あれ、あたしだよ。

 心配するなって、怪我はしてないから。

 そういう問題なの?

 まあ、痛いだろうけど、我慢してくれよ。

 すまないな。

 これがおまえにしてやれる精一杯だ。

 ユウト……。

 なんだよ。

 あんた、本当にピィちゃんなの?

 ああ。

 おまえに謝りたくて戻ってきたんだ。

 あやまる?

 逃げたと思ってるんだろ。

 うん。

 そうじゃないって伝えたくてさ。

 おまえのところから逃げたくて飛んでいったんじゃないんだ。

 音に驚いて本能で自分でもよく分からないうちに飛んじまってたんだよ。

 翼があるばかりに、遠くまで行ってしまったんだ。

 そうだったんだね。

 ああ、本当はずっとそばにいたかったんだ。

 じゃあ、一緒にいてよ。

 無理だ。

 どうして?

 俺は幽霊だからだ。

 そんな。

 お別れだ。

 やだよ。

 せっかく会えたのに。

 どうして別れなくちゃならないのよ。

 しかたがないさ。

 あたしも行くよ。

 だめだ。

 おまえの来るところじゃない。

 やだよ。

 一緒じゃなきゃやだよ。

 おまえのいるべき場所はこっちの世界だ。

 あっちの世界じゃない。

 おまえにはまだこっちでやらなければならないことがあるだろ。

 俺はおまえにこの世界に残って欲しいからこそ戻ってきたんだよ。

 おまえにここにいてほしいって願ってる友達がいるだろ。

 でも……。

 行っちゃやだよ。

 あたしはユウトを抱きしめた。

 ほら、こんなにあたたかいよ。

 幽霊なわけないじゃん。

 インコだからな。

 鳥は体温が高いんだ。

 こんな姿でインコとかって、ウソじゃん。

 でたらめじゃん。

 イケメンのくせに。

 あたしはユウトに口づけた。

 ずっと会いたかった。

 あたしの大好きなピィちゃん。

 昔よく、こんなふうに、くちばしにチュッてしたよね。

 ピピュイ。

 え?

 ピィちゃん?

 どこ?

 ピピィ。

 インコが空を一周して鳴いている。

「行かないでよ!」

 ピピュピイ。

 サヨナラマオチャン。

 小さな翼を大きく広げると、鷲のように悠然と羽ばたいて空高く舞い上がっていった。

 サヨナラ……なんて言わない。

 あたしはここにいる。

 またいつでも会いに来てよ。

 ここから逃げ出そうとしたのは、あたしだったんだ。

 もう逃げたりしない。

 誰にも届かない場所へ逃げるために翼がいるのなら。

 それが翼なら、いらない。

 巻き戻した分、もう一度前を向いて歩かなくちゃ。

 これからまた歩いていかなければならないんだよね。

 一緒に歩いてくれる?

 あたしはかたわらに立つ友達に手を差しだした。

「真緒ちゃん」

「なに?」

「眠りから覚める時間だよ」

「もう少し寝させてよ」

「だめだよ。みんな待ってるよ」

 あたしの友達がはにかみながら手を握ってくれた。

 あたしはこのぬくもりを知っている。

 なぜだろう。

 友達と一緒に歩き出そうとしたとき、小鳥の鳴き声が聞こえた。

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