第十章 巻き戻された時計
気がつくと私は階段に尻餅をついて倒れていた。
目の前に誰かが立っている。
黒いズボンの男子生徒のようだけど、窓を背にしていて、逆光で顔は分からない。
手を差し伸べて顔を近づけてくる。
ようやく見覚えのある顔だと分かった。
「サツキ、大丈夫か?」
あ、悠翔君だ。
私の知ってる悠翔君だ。
「おまえ、足閉じろよ。丸見えだぞ」
丸見え?
「大丈夫よ、短パンはいてるから」
「はいてねえから言ってるんだろ」
え?
はいてない?
え……?
ウソ!?
あわててまくれ上がったスカートを直す。
やばい、マジで短パンはいてなかった。
「ちょっと、サイテー。何見てんのよ」
「べつに見たくて見たわけじゃねえし」
悠翔君が耳を真っ赤にしながら視線をそらしている。
「なによ、もう、このケチャップ明太子!」
「なんだそれ」
私は立ち上がってもう一度念入りにスカートを直した。
無地で地味で全然かわいくないのを見られたのは悔しい。
いつもはこんなんじゃないのに。
悠翔君が真剣なまなざしで私の顔を正面から見つめた。
「それより、行くぞ」
「行くって、どこに?」
「あいつを助けに行くんだよ」
あいつ?
……誰のこと?
「時間を巻き戻したのはおまえら二人だろ。急げ」
時間?
巻き戻す?
悠翔君はもたもたしている私の手をつかむと無理矢理引っ張って階段を駆け上がる。
状況がつかめないまま私はついていった。
屋上に出た。
扉には鍵なんかかかっていなかった。
女の子が後ろ向きに歩いている。
私の知らない制服を着た真緒ちゃんがいる。
ここは……。
屋上の向こう、真緒ちゃんの後ろに、まだ建設中のショッピングモールが見える。
豊ヶ丘中学?
なんで!?
真緒ちゃん!
こんなところでそんなことをしてたら危ないじゃない。
屋上には柵がない。
屋上を利用することを想定していない古い校舎だから、そもそもそんな物は必要ないのだ。
助けなくちゃ。
私が助けなくちゃ。
待って!
後ろ向きに歩く真緒ちゃんは、私が呼びかけても止まろうとはしない。
ちがう。
私の声が出ないのだ。
止まってほしいのに、喉が詰まって声が出ない。
私は真緒ちゃんに駆け寄った。
そんなことをしたって時間は戻らない。
そんなことをしたってやりなおすことなんてできない。
それを伝えるには、私が抱きしめてあげるしかないんだ。
屋上の端が一段高くなっていて、後ろ向きに歩いていた真緒ちゃんの足が引っかかる。
あぶない!
私は手を伸ばして倒れ落ちていく彼女の手をつかもうとした。
届かない。
落ちちゃだめ!
つかんで!
お願い!
どうして私たちの方が追い出されなくちゃならないの?
この世から自由になるために羽ばたくにしても、なんで私たちの方が逃げなければならないっていうの?
それが翼なら、いらない。
真緒ちゃんが私にほほえみかける。
どうしてそんな目をしているの?
どうしてあきらめるの?
自分自身を投げ出しちゃだめ!
手を伸ばしてよ、お願いだから。
「真緒ちゃん、つかんで!」
落ちちゃだめ!
真実の結末がこんなのであっていいはずがない。
真実には奇跡を起こす力があるはずでしょ。
迷いなんかない。
こわくなんかない。
私は真緒ちゃんに向かって飛び込んだ。
「友達でしょ。つかんでよ」
やり直す必要なんかないんだってば。
逆回転なんてさせなくていいんだから。
そのために飛ぶなんて、間違ってるよ。
もしもそのために翼があるというのなら。
それが翼なら、いらない!
真緒ちゃんを引き戻す代わりに私が落ちればいい。
せめて私が下になれば……。
と、そのとき、私は誰かにつかまれた。
大きな強い力で屋上に引き戻された。
「大丈夫。おまえに翼はいらない」
そう言い残して私の横を飛んでいく。
悠翔君だ。
真緒ちゃんに向かって悠翔君が飛び込んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます