【ショートストーリー】「ハルと命の樹の魔法」
藍埜佑(あいのたすく)
【ショートストーリー】「ハルと命の樹の魔法」
昔々、ある小さな街の片隅に、見た目は古びたが心温まる不思議な小さな古本屋がありました。
店の名前は「タイムカプセル書房」。
その名の通り、この店には時を超えた物語や知恵がぎゅっと詰まっていると言われていました。店の扉を開けると、時は流れる速度を変え、あたたかい光と木の香りが訪れる人を優しく包み込んでくれるのです。
ある日、一人の少年がこの店の前に立ち止まりました。
彼の名前はハル。
ハルは大きな樹木のイラストが描かれた表紙の本に惹かれ、店の中へと足を踏み入れました。店内には、天井からつるされたランプがやわらかな明かりを放ち、無数の本が彼を迎え入れました。古びた木製の棚は、床から天井までぎっしりと本で埋め尽くされており、その中で一冊一冊がハルを呼んでいるようでした。
「いらっしゃい」
突然背後から声がかかりました。振り返ると、そこにはほほ笑む店主が立っていました。老境に入った男性で、眼鏡をかけた穏やかな顔立ちの彼は、名をヨシオと言いました。ヨシオはハルに本好きの秘密の仲間であるかのように話しかけ、不思議な物語を紡ぎ出し始めました。
「この本はね、実はただの本ではないんだよ。『命の樹』という物語で、読む者によってお話が変わっていくんだ」と、ヨシオは話しました。
ハルは驚き、興味津々でその本を手に取りました。
「どうして物語が変わるんですか?」と彼が尋ねると、ヨシオは遠い目をしながら答えました。
「本には魔法がかけられていて、読む人の心によってお話が新しく生まれるのだよ。君の想像力で、樹木の物語を育てることができるんだ」
ハルは席に座り、「命の樹」を読み始めました。彼がページをめくると、不思議なことに文字が消え、新しい文章が浮かび上がり始めました。ハルが想像する風景やキャラクターが、一つ一つ物語の中で形を成していきました。
読み進めるうちに、店内の風景が少しずつ変わり始めていることにハルは気がつきました。
古びた棚は、ハルの読む物語の中の「命の樹」のように、若々しい緑をまとい始めたのです。店内にいたはずの他の客達は、物語の中の登場人物たちへと変貌を遂げ、彼らはハルに向けて微笑みかけました。
やがて、ハルが物語の終わりに差し掛かると、彼は自分の心の中に種を見つけたことに気がつきました。それは彼の想像力を育て、新たな物語を創る力となるものでした。店はいつの間にか元の静かな古本屋に戻っていました。
ハルはヨシオにお礼を言い、その不思議な本を大切に手にしたまま店をあとにしました。 帰路、ハルは感じました。自分の内には無限の物語が宿り、それぞれのページをいつでも開くことができると。そしてそれは同時にハルの生きる喜びと希望にもなったのでした。
(了)
【ショートストーリー】「ハルと命の樹の魔法」 藍埜佑(あいのたすく) @shirosagi_kurousagi
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