第6話


 数日後、渡辺はとある墓地に来ていた。


 買ってきた花を添え線香をたき手を合わせていると背後に人の気配を感じた。


「ナベさん、ここでしたか」


「岩井? よくここがわかったな」


 渡辺は驚いた顔をして立ち上がった。


「ナベさんがたまにここに来ていることは知ってましたからね」


「なんだと?」


「何年相棒やってると思ってるんですか」


「ふっ」


 渡辺が鼻で笑うと岩井は墓石の前に立って頭を下げていた。


「殉職したナベさんの先輩ですよね」


「……ああ」


「噂では聞いたことあります。捜査一課のエースと呼ばれていた警部補」


 そう言うと岩井は墓石に手を合わせた。


「それより岩井、何しに来たんだ?」


「ああ、瀬戸口弘志の借金、従業員の給料なども全部瀬戸口を殺した日に川越充が支払っていたそうですよ」


「川越が? そこまで……」


「本当に、そこまでするなんていったいどれだけ瀬戸口のことを慕っていたのでしょうね」


 渡辺は考えていた。


 この墓に眠っている警部補のことを。


 ある殺人事件の捜査で容疑者の男を追いかけていた時だった。


 薬物を使用した頭のイカれた男が突然銃を出して渡辺に向かって発砲した。


 撃たれたと思った瞬間目の前に飛び出してきた警部補。


 警部補は自らの体を投げ出し渡辺を庇ったのだ。


 この命は警部補がいたからこそあるもの。


 もしも警部補が命をとりとめ今も自分の先輩としてここにいたなら。


 そしてもしも殺してくれと頼まれたら自分はどうしただろうか。


「岩井、俺が殺してくれと頼んだらお前は俺を殺せるか?」


「えっ? ナベさんがですか?」


 岩井は腕組みをして「うーん」とうめきながら頭をひねっていた。


「その時にならないとわかりませんけど、たぶん俺だったらナベさんを説得しますね」


「説得? お前が? 俺を?」


「はい」


「はっはっ、説得か。それは楽しみだな、はははっ」


「えっ、何で笑うんですかナベさん」


「安心しろ。お前には頼まねえよ」


「はぁ? ちょっと、俺に頼んでくださいよぉ」


「ほら、行くぞ」


「もう、ナベさぁん……」


 岩井は足早に歩き出した渡辺の背中を追いかけた。


 誰にも尊敬する人や目標とする人、憧れる人がいることだろう。


 かつての自分が警部補の背中を追いかけたように今は自分が誰かに追いかけられるような背中にならなければならない。


 そのためにも自分はまだまだ警部補の背中を追い続けなければならない。


 とどかなかったあの背中に少しでも近づけるように。


 そう心に刻みながら渡辺は墓地を後にした。



             完





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とどかぬ背中 クロノヒョウ @kurono-hyo

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