第5話


「……何度も断わりました。でも苦しんでいる先輩を見ていると耐えられなくなって」


「睡眠薬を準備したのはあなたですね」


 川越は静かに頷いた。


「久しぶりに会った時にはもう先輩は疲れきっている状態でした。どうしたのか聞くと一年前に癌が見つかって余命一年と言われたそうです。それで家族に負担をかけたくないからと離婚して運悪く会社も倒産して借金を背負って。今まで病院を嫌ってたからバチがあたったんだろうって、保険にも入っていないんだって笑ってて。そんな先輩の姿を見るのも辛くて」


「それで殺してくれと?」


「お金もかかるし病院でただ死ぬのを待つのはどうしても嫌だって、薬で延命されるのも苦しむのも耐えられないからと俺に……そしてこの家を売ってくれと」


「あなたは瀬戸口のために自分が犯罪者になってもいいと?」


「俺は……今の俺があるのは先輩のおかげなんです。中学生の頃からいじめられ続けてきた俺を変えてくれたのは先輩でした。高校生になって人と関わるのが怖くて友だちもいなかった俺を先輩が気にかけてくれて。それからいつも一緒にいてくれました。先輩がいなかったら俺はあのままひとりぼっちで暗い人生を送っていた。先輩のためならなんだってやります。今までどれだけ支えてもらったか、恩はいくら返しても足りません」


 真実を聞いた渡辺と岩井は二人でため息をついていた。


「せめて眠っている間にと思って睡眠薬を飲ませました。そして最後に先輩に頼まれました。自分が殺してくれと言ったのは内緒にしてくれないかと。病気や人生に負けた弱くてみすぼらしい父親だと思われたくないんだって」


「それであんな嘘を」


「本当に……すみませんでした」


 渡辺と岩井はこの川越の供述を元妻の瞳に知らせた。


 真実を知った瞳は驚いた様子もなく「そんなことだろうと思っていました」と冷静に答えていた。


「あの人たまに変に頑固なところがありましたから。娘にはお父さんは病気で亡くなったと言っておきます」


「わかりました」


「川越くんには悪いことをしてしまったわね。迷惑をかけて申し訳なかったとお伝えください。何か困ったことがあったら遠慮なく連絡してくださいと」


「伝えておきます」


「ありがとうございます……」





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