第2話 道具屋、鍛冶屋へ向かう。

「自己紹介がまだだったね。私はレグルスハート、レグルスって呼んでね。いわゆる勇者だよ、今代のね」

「はぁ……」


 勇者、といえば魔王を討ち倒すための戦士。勇敢なる者、それが勇者。


(といえば聞こえはいいものの、ただ魔王討伐に執着してる異常者といった方がいいですけどね)


 大きくため息をつきながら、シルフィはレグルスの方へ向き直る。


「それで、勇者の剣についてなんだけど……」

「お断りします。うちは鍛冶屋ではなく道具屋なので。あいにく、武具の類は作っておりません」

「そこをなんとか!」

「勇者だっていうのなら、まっとうに勇者の剣を引き抜いてくればいいじゃないですか」


 シルフィのいうとおりだ。本当に勇者であるのならば、勇者らしく剣を引き抜いてくればいい。それができないからここにきているのだろうが、流石にシルフィといえど、勇者の特権でもあるあの剣を作るほどの馬鹿ではない。


「そうしたいのは山々なんだけどね……」

「何か事情でもおありで?」

「……他言無用で頼むよ?」

「えぇ、商売ですからね。契約に関係することをわざわざ他人には言いませんよ」


 一泊を置いて、レグルスは小さな声で訴える。


「勇者の剣、刃こぼれがひどくてさ。鍛治師にも頼んだんだけど、やっぱり神々が創ったものだからなのか、研ぐことすらできないって言われちゃって。もういくあてもないところに聞こえてきたのが“無窮の魔女の道具屋”の噂。なんでも作ってくれるっていうからさ」

「……はぁ」


 あり得ない話だった。元来、勇者の剣といえば太古の時代。それこそ、どこの文献にも載っていないのではないかというくらいには、情報がない時代。そこで生まれた剣だ。性質は“異常なまでのアンデッド特効”と“超耐久”。こちらの“超耐久”に関しては、いまだに底が見えていない。要は“壊れない剣”のはずなのだ。


 なんせ、作ったのは神々。


 来たる厄災に備えて、人類に残した希望。それが勇者と勇者の剣。


(強いていうのなら、“勇者以外には引き抜けない”といった特性でしょうか。人類の希望の割に、随分と不親切な設計ですね)


 刃こぼれとはいえ破損は破損。だが、こと勇者の剣に限ってそのような破損はあるはずがないのだ。どれだけ切っても刃こぼれすらしないというところは、延々と戦えてしまうという、どこか皮肉めいたものを感じるが。


「信じられませんね。実物はあるんですか?」

「あるよ、ほら、これ」


 そういって、腰の鞘から一本だけ剣を取り出した。言われて見てみると、確かに刃こぼれしている。しかも、かなりひどい状態だった。もはや、剣というよりものこぎりのような見た目。神々が作った武器とは到底思えない。


「……本当だ。確かに、魔力鑑定してみても、勇者の剣で間違いないようですね」

「え、シルフィさん、勇者の剣を魔力で判別できるの?」

「えぇ、昔、あなたの前かその前の代の勇者がうちに立ち寄ったので。その時に剣を見せてもらいました」

「はぁー……数奇な事もあるもんだねぇ」


 一度シルフィが剣を手に取り、改めてまじまじと見始める。本来勇者の剣は刃こぼれすらしないはずだが、現に刃こぼれしている原因を特定しようとしているようだった。


(一見してもわかりませんね……至って普通の剣というか……神々と行っても所詮はこんなものですか)


 ともあれ、本当に勇者が勇者の剣の不具合で困っているというのなら引き受ける他ない。相手は崇められるように存在している戦士。無碍にすれば石を投げられるだろう。

 大きくため息を着くと、シルフィは剣を返し、ペンと紙を取り出した。


「それで、引き受けてくれるかい?」

「金額の次第ですね。制作自体は可能です……が、勇者にのみ扱えるようにする、という性質は少し難しいかもしれません。性能はそのままで、その性質だけはないものになりそうです」

「それでもいいが……アンデッド特効だけは性能をあげてほしい。どうも、その力も弱まっているようでね」

「元よりそのつもりです。どうやら、神々の作ったものとはいえ、かなり劣化しているようですしね。効果が薄れているのも納得です。その辺は私の方で見繕っておきますよ」

「助かるよ、それで、いくら払えばいい?」

「じゃあ、このくらい」


 そういってサラサラと金額を書いたシルフィは、レグルスに突きつけた。


「いち、じゅう……え? 嘘でしょ?」

「まぁ、勇者の剣ですしね」

「…………ぐぬぬぬぬ。まぁ、払うよ。仕方ない出費だし」

「流石は勇者様。懐が暖かい」

「だいぶ寒くなったよ……」


 そういって、レグルスは懐から大量の金貨を取り出した。シルフィがその数を確認すると、満足そうに受け取る。


「ちょうどいただきました。また一ヶ月ほどしたらこちらにいらしてください」

「わかったよ。一ヶ月後ね」


 そういって店を去ろうとするレグルスを、シルフィはすかさず引き止めた。


「あ、勇者様。今だけの目玉商品があるのですが」

「……もうすっからかんだよ」

「まぁまぁそう言わずに。こちら、見てくださいよ。“警告の地図”です」

「なにそれ」

「敵対的な魔物を強調表示できる機能のついた地図です。あ、ご安心ください。この一帯だけじゃなく、新しい場所へ向かった際に再更新されるように術式を組んであります。これ一枚あれば、どこへ行っても新しい地図! どこへ行っても敵がどこにいるか丸わかり! いかがです?」


 最悪の表情だった。

 銭ゲバだ。いらないものをここぞとばかりに売りにかかってきた。


「いや……でも……」

「今ならたったの銀貨五十枚!」

「いや……ちょっと高い、かも」

「お客さん、これを買えばもう地図いらずなんですよ? いったでしょう? 再更新機能付きなんですから。これから行く先々で地図を買ってたら嵩張るし……何より売ってない地図もこれなら表示可能」

「うぬぬぬぬ……」

「オプションでさらに銀貨十枚追加支払いしていただければ、ピンチアウト・ピンチインの機能をおつけしましょう。地図の詳細まで丸わかり! さぁさぁ……まさか、こんなにいい買い物を逃すほどの勇者様じゃあないでしょう? これを買えば必然的に接敵率を下げることができるんですよ? パーティメンバーを危険に晒すような真似は、したくないですよねぇぇ?」

「買いますッ! 買いますからぁっ!」


 商売の基本だ。大きい買い物をしたあとは必然的に買い物そのものへのハードルが下がる。つまり財布の紐が緩くなった状態になるのだ。これを逃す手はない。剣を買わせたら鞘も、砥石も、その他手入れ道具も同時に進めるように、商売術とはそうやってできているのだ。


「毎度あり〜。じゃあ、地図含めて一ヶ月後にまたきてくださいね〜」

「もうこりごりだよ……」


 そういって、レグルスは猫背気味に店を出て行った。


「まぁ、オプションなんて嘘ですけどね。元からピンチアウト・ピンチインの機能ついてますし。ああいう富裕層からはむしれるだけむしるにかぎります」


 ゲスい。やることがゲスだ。初めからついているものをオプション料金としてむしり取るなんて、もはや詐欺じゃないのか。ただの銭ゲバならまだいい。これでは詐欺師でしかない。

 とはいえ、依頼を受けた以上は仕事をこなすのがシルフィだ。早速、彼女は店をでた。


「面倒な素材が多いですが、大半は数日で手に入りそうですしね……初めに“あの人”のところへ向かうとしましょうか」


 そういって、魔法陣を展開する。その術式は複雑に描かれ、彼女の頭上に映し出される。魔力供給され続けると共に、その魔法陣は光を増し——


「『転移』」


 シルフィは、一瞬にして姿を消した。


 □□□


 東の都市『エルディカンナ』

 人口は人類の中でも群を抜いている都市。古い時代から豊かな資源を糧にし、武具やその他多くのアイテムを生産することで発展してきた都市。冒険者ギルドや商業ギルドなど多くの組織本部もここに固まっており、たいていのモノやコトならここで済ませてしまう。


 シルフィのいた街からは馬車で丸三日はかかるような距離だ。


「失礼します——あの剣バカじいさん……ガウンはいますか」


 シルフィが訪れたのは、鍛冶屋だった。エルディカンナの中でも、隅の方にある小さな鍛冶屋。あまり綺麗なわけでもなかったが、腕は確か。シルフィが知る中でも最も丁寧で精巧な剣を作る鍛冶屋で、かつ数少ない“魔剣”を作ることのできる鍛冶屋だ。


「おーういるぞ……っておいおい、お前か。シルフィ」

「私じゃ悪いんですかね」

「いやいや……だが、お前が来るなんて珍しいな。剣には興味もクソもないだろう」


 工房の奥から出てきたのは、無精髭の生えた男だった。白髪で、すでにかなり年老いたような印象を受けるが、その体躯は未だ衰えの知らない筋肉で包まれていた。


「少し、依頼があるんですよ」

「依頼ぃ? おいおい、槍でも降るのかよ。お前がここにくるときは、鉄をぶん取りにくる時だけだと思ってたぜ」

「いいから聞いてください。私の方の依頼で、ある剣を作ることになったんです」

「はぁ? 道具屋になんで剣の依頼が来るんだよ」

「なんでも作ってくれるという噂を聞きつけたらしく……はぁ、全く面倒なものです」

「ははは、またどこかの客から噂されたのか」


 そう、シルフィはこういうことがあるから客に口止めをしているのだ。過去に一度、道具を作ったり店にあったものを少し安くして売りに出した時、街の客がシルフィの店に集中したことがある。当時はなんでも片手間に作っていたので、剣すら受注していたのだが、隣にあった鍛冶屋からクレームが入った。『客を盗むんじゃねぇ!』……と。真っ当な意見を受けたシルフィは、すぐさま街を去り、今道具屋を営んでいる街へ越してきた訳だ。それ以来、あまり店のことを広めないよう客に口止めをしている。今回のような事例が後を絶たないからだ。


「困ったものですよ……鍛治師に作れないからって私のところに来るなんて……」

「何?」


 ガウンが反応した。


「鍛治師に作れない? そいつはそういったのか? どんな剣なんだ。俺が俺の名にかけて絶対作ってやる」

「鍛治師魂に火をつけるのは面倒なのでやめてください。今回ばかりは流石のあなたにも作れませんから、私の方で仕上げをします」

「そう言われると余計気になるな。お前が俺に作れないと断言するその剣……」

「秘守主義なのでそれは……あくまで私からの依頼で作る、ということにしてください。責任は私が持ちますから」


 そう言うと、シルフィは金貨を十数枚取り出した。


「金額はこれでお願いします」

「十分だ。なんでも作ってやれるぜ、その額なら」

「なら、私の刻印する術式に耐えられるくらいの魔剣を作ってください。魔力伝導率が高めで、耐久性に優れているものを」

「魔剣……と言うよりただの剣だなそりゃ。あくまで術式を刻印する前の剣だろ? だったらもう少し安くてもいいぜ」

「いえ、妥当だと思いますけど」


 そういって、シルフィは刻印する予定の術式を近くの紙に書き出した。


「えーと……ほら、これを刻印する予定ですから」

「なになに……最上位アンデッド特攻、耐久力向上、自己修復……それからこれとこれとこれ……ってどんだけ入れるんだよ!? アホか!!! アホアホ!!!」

「だからいったでしょう。妥当だって」

「妥当なわけあるか! 倍は出せよ!」

「ちっ……仕方ないですね。ほら、これでどうですか」


 そういって、さらに追加で十数枚の金貨を取り出した。


「あるじゃねぇか! 金!」

「少しくらい友達料金で安くしてくださいよ」

「鉄ぶんどりに来るやつをダチとは言わねぇよ」

「仕方ない……」


 そういって、魔法陣を展開すると、そこに手を突っ込んで小さな袋を取り出した。


「これ、何かわかります?」

「なんだそれ」

「あの超人気スイーツ専門店『はるかぜ』本店のできたてパンケーキ。しかも私の『拡張空間』の中で保管してあるから、できたてそのままの美味しさ」

「お前は未来永劫の盟友だ。これからもよろしく……な」


 うまく懐柔したところで、シルフィは交渉の末数パーセントほどの金貨を手元に戻した。汚い。


「じゃあ、また二週間後くらいにここに来い。それまでには完成させてやるよ」

「助かります」


 これで、勇者の剣製作に必須な“剣”は達成だ。残りは——


(装飾に魔道具を付けて性能の底上げ……さらに私がやる上位刻印用の付与術式専用液が必要ですね)


 すぐさま、シルフィはガウンの工房を後にして空へ飛び立った。

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魔女の道具屋、勇者の剣を作る。 雪味 @MuenSekai

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