魔女の道具屋、勇者の剣を作る。

雪味

第1話 勇者、道具屋の扉を叩く。

 魔女——魔法使いの上位存在。ただただ魔法を極めた者とは一線を画す“種族としての魔法を使う者”。

 とはいえ、人から大きく離れた存在というわけではない。ただ、少し長寿で魔法適正が高いだけの人間と言っても差し支えない。


 ある時代では魔王を討ち倒す勇者と同等に崇められていた存在。その魔女が——


「らっしゃいませー……あ、リアさん。この前の商品の受け取りですか?」


“道具屋”を開いていた。

 小さな二階建ての木造の家に、“魔女の道具屋”という看板を立てかけた店。そこでその魔女は道具屋を営んでいた。

 金の刺繍が入った大きなローブに身を包み、頭にも魔女を象徴するような大きな帽子をかぶっている。帽子からは長く白い髪が伸び、サイドで三つ編みを一つ作る。眠たそうに半目に開かれた薄紫色の瞳で玄関からやってきた客を見る。


「そうです。街の道具屋だと、やっぱりシルフィさんが一番ですね。仕事も早いし、品質もいい」

「でしょうね」


 シルフィと呼ばれた魔女は、およそ常連に対する接客態度ではなかった。本を魔術で浮かし、左手にはマグカップ、右手にはクッキー。一言で表すなら怠惰だった。

 リアという女性に頼まれていた商品を机の下から取り出し、乗せる。


「はいこれ、台所用の火の魔道具です。この、左側にある丸いところに手を乗せて魔力を流せば火がつきます。流す魔力量で強火から弱火まで調節可能。間違って魔力を流しすぎてもリミッターが作動するようにしてます。煮込み料理みたいな、長時間調理場を離れる料理をする際には、魔石を置いてもらえれば大丈夫です。魔力の再吸収が可能な魔石をおつけしますね。リアさんの魔力なら、少し握っていればすぐに溜まります」

「助かります。いつもこんないいものをもらって。また料理が捗るわぁ」

「私も、リアさんからはいつもクッキーやら料理やらいただいてますからね。お安くしときますよ」

「いいんですか」


 そう言ってリアは銀貨を十枚ほど手渡しして、その魔道具をもらった。


「あ、重いでしょう。例の袋を渡しますよ」

「またもらっちゃ悪いですよ」

「いいんですよ。作りすぎて余ってるんです」


 机から手のひら程度の大きさの魔力の帯びた袋を取り出し、口を火の魔道具に近づけると直ちに収納された。異空間を内包した特殊な魔道具だ。しまえる量は未知数。


「最後に、いつも言ってることですが……」

「“他人にはこの店を広めるな”でしょう? わかってますよ。守ります」

「ありがとうございます」


 リアという客を見送ると、シルフィは再び瞼を擦って深く腰掛けた。


「……暇ですねぇ。いや、平和というべきでしょうか。最近は勇者様も頑張ってくれてるみたいですし、魔物や魔族も下手に動けないんでしょうかね」


 近くの地図を手に取って、そこに表示されている赤い点を眺める。それもシルフィが作った魔道具の一つで、敵対的な魔族や魔物に対して強調表示する機能のついた地図だ。まばらに広がってはいるが、問題というほどでもない。あくまで自然発生している程度。


「……平和ですねぇ。まぁ、平和はいいことですしね。この地図ももういらなさそうだし、旅商人なんかが来たら適当に売りつけてやりましょうか」


 そこで、地図に広がっていた赤い斑点が急激に減少し始めた。


「いきなり……? この早さ、凄腕の冒険者か、あるいは……」


 他の魔物を容易く蹴散らせるほどの大型魔物、である可能性。敵対的でないからこそ、地図上には強調表示されていないが、安全とも限らない。基本的に魔物は理性を持たない。敵対的ではなく、ただ単に動き回っているだけ、という可能性もあるのだ。敵対していなければ強調表示されないゆえに起こりうる事態。


 赤い斑点は街に向かって一直線に消えていく。消しゴムで真っ直ぐ擦ったみたいに、そこだけが綺麗になる。やがて街へあたったかと思うと、すぐに店の扉がたたかれた。


「ふぃーここらの魔物は強いねー。一太刀で倒すのに結構力がいるんだもん」

「いらっしゃいませ。どのような商品をお探しでしょうか」

「ん、あぁいや、ある人を探していてね。“無窮むきゅうの魔女”さんはいる?」

「……人探しなら他を当たってください」


 そこにやってきたのは、鎧を装着した冒険者だった。とはいえ、かなり軽装のようにも思える。軽戦士だろうか。腰には二本の片手剣を携え、背中には青いマントを靡かせている。切れ長の青い瞳に、流れるような金髪の女だった。

 道具を買う気がなさそうな客に、シルフィは冷たく言葉を返す。


「ここにそんな魔女はいませんよ。それにうちは無休じゃないです」

「おかしいな、ここに“シルフィ”という名の魔女がいると聞いてきたんだけど」

「……はぁ、私がそのシルフィですよ。何かご用件でも?」


 変な二つ名をつけられたものだ、と小さくため息をするシルフィ。


「そうだったんだ。なら探す手間が省けたよ! 早速あなたに一つ頼みたいことがある」


 改まってその女はシルフィに向き直った。


「——勇者の剣を作って欲しいんだ」


 魔女の道具店を訪れた冒険者——改め“勇者 レグルスハート”

 彼女は、勇者の剣を求めた。

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