第六感探偵・草薙ハヤトとその助手 中学生編

澤田慎梧

第六感探偵・草薙ハヤトとその助手・中学生編

 ここ数年、巷を騒がせる「ウミツバメ」と名乗る怪盗がいる。

 ウミツバメの手口は大胆そのもの。なんと、予告状を出してから犯行に及ぶのだ。

 当然、警察も万全の警備を敷くのだけれども、毎度毎度、見事に宝石や美術品を盗み出されていた。

 その鮮やかさから、世間では「現代のアルセーヌ・ルパン」との呼び声も高い。すっかりヒーロー扱いだ。


 けれども、所詮犯罪者は犯罪者だ。盗難の被害に遭っているのは、誰もが顔をしかめるような悪人――ではなく、普通の宝石店や美術商だ。

 被害者の中には、被害額が大きすぎて保険では賄い切れず、廃業した者もいる。


 そして今度もまた、新たな予告状が銀座の時計店に届けられた。

 ウミツバメの目的は、世界に一台しかない高級腕時計。その推定価格は億に達するという。

 負け続けの警察も、今度こそはと万全の警備を敷いたが、ウミツバメは常にその一つ上を行く。世間は、「今度もウミツバメの勝ちだろう」と心無い噂で持ちきりだった。


 警備責任者となった東京警視庁の間呉まぐれ警部は苦心の末、とある私立探偵の協力を仰ぐことになった――。


   ***


「犯人はウミツバメではない。そこにいる店長の自作自演だ」

『はい?』


 銀座の高級時計店「アンシャンテ」の店内に、警察関係者や店員達の間抜けな声が響いた。

 それもやむを得ないだろう。いきなり現れた「探偵」に、開口一番こんなことを言われれば、誰だって戸惑うはずだ。

 だが――。


「よし、確保だ」


 警部は至って冷静に部下へ指示を出した。部下達は戸惑いながらも店長を拘束し、パトカーへと連行していく。――尤も、一番戸惑っていたのは当の店長なのだが。


「……渡瀬さん。これで良いのですよな?」

「もちろんです警部さん。草薙の推理は百発百中ですから」


 私こと、私立探偵・草薙ハヤトの助手である渡瀬は、自信満々に胸を張って答えた。

 ハヤトと私は今までに数えきれないくらいの事件に関わってきたが、ハヤトが「犯人当て」を外したことは一度としてない。

 それ故に、警察組織内部でも、彼によって「犯人」とされた人物の確保は、超法規的に行われる習わしになっているのだ――。


   ***


 草薙ハヤトは名探偵だ。

 どんな難事件も、現場や遺留品、容疑者などを一通り目にした途端ピタリと犯人を言い当てて見せる。その的中率は驚異の百パーセント!

 実に神懸った洞察力の持ち主なのだ。


 同時に、草薙ハヤトは探偵でもある。

 犯人は見事に言い当てる。だが、のだ。直観かつ直感的に犯人が分かってしまうのだが、「何故」だとか「どうして」だとかは、本人にも分からない。ただ、ピタリと言い当てられるだけなのだ。

 まさに神懸り。「推理」ではなくある種の超能力のようなものだった。


 そんな事情から、ハヤトはこう呼ばれていた。

 「第六感探偵」と。


 けれども、世の中「百パーセント犯人を当てる探偵が『犯人だ』と断言したから起訴します」とはいかない。「何となく怪しいから」で済んだら警察も検察も裁判所もいらない。

 犯人を裁くには、きちんと「証拠」を積み上げる必要がある。地道な捜査と調査によって、証言などの「人的証拠」や遺留物などの「物的証拠」を集めなければならない。それらは警察の大切な仕事だ。


 とはいえ、犯人を法的根拠なしに拘束する時点でアウトな訳で。令状なしの捜索ともなれば、より困難を極めることになる。

 しかも今回の場合、事件は未遂に終わっている。事後であれば、既に初動捜査が進みいくつかの証拠が見付かっているところだが、それも望めない。

 そんな時、私とハヤトは「アフターサービス」を行うことにしていた。


「ねぇ、ハヤト。今回の件は店長の自作自演だってことだけど、店長はなんでそんなことをしたのかな?」

「決まっているだろう。犯行予告にあった、あの超高い腕時計が偽物だからだよ」


 ――とまあ、こんな具合に。ハヤトは具体的な質問を投げかけると、それに対する答えを返してくれるのだ。

 もちろん、なんでも答えられる訳ではなく、実際に現場や証拠品を見たり、関係者と会ってみたりしなければならないのだけど。

 情報が足りない場合は、「まだ分からない」「情報が足りない」「知らない」等と、そっけない返事しかしてくれない。


 今回の場合、犯人の動機に関わる重要な要素が「降ってきた」らしい。例によって、ハヤトにはそれがどういう意味を持つのかとか、どういった経緯でそうなったのかまでは、分からない。

 こちらが具体的な質問を重ねれば答えを返してはくれるのだが、まあ、今回はそこまでやらなくてもいいだろう。警察が捜査に行き詰った時に、また協力してあげればいいのだ。


「ですって、警部さん」

「なるほど! 早速詳しいものに腕時計を調べさせます!」

「では、私達は近くのカフェで時間でも潰していますので、進展があればご連絡ください」


 警部が早速動き始める。ここから先、しばらくは警察の仕事だ。

 腕時計が偽物だとして、それがどういう意味を持つのかは、彼らが調べるべきことなのだから。


「今回も余裕だったね、ハヤト」

「当たり前だろう。この僕に分からないことはない――それにしても、偽物の予告状……か。思い出すな」

「思い出すって、何を?」

「僕らが中学生の時にもあっただろう? 偽物の予告状が」

「予告状……? そんなもの、あったっけ?」


 中学生の時に、そんな物騒なものに関わった覚えはないので思わず首を傾げる。

 が、ふと思い当たるものがあった。


「あ、もしかして。あの偽ラブレター事件?」

「それだ」


 ハヤトが我が意を得たりと言わんばかりに指をパチンと鳴らす。

 そこいらの男がやればただの恰好つけの仕草だけれども、ハヤトがやると様になっているのだから、なんだかずるい。


「懐かしいなぁ、あの事件も。あの時はハヤトが助けてくれたんだよね」


   ***


 事の起こりは、私達が中学二年生だった冬。来年に迫った高校受験に向けて、空気がピリピリし始めた頃のことだ。

 朝の登校時、寒さでかじかむ手で下駄箱を開けた私の足もとに、ひらひらと何かが舞い落ちた。どうやら、私の下駄箱から出てきたものらしい。

 「なんだろう?」と拾おうとしたところ――。


「渡瀬さん、なんか落ちたよ!」


  すぐ近くにいたクラスメイトの栩内とちないさんに、先に拾われてしまった。彼女はクラスの中でもちょっと派手な女の子で、あまり話したことが無かった。


「ありがとう。なんだろ、それ?」

「なんか、『渡瀬さんへ』って宛名が書いてあるね~。差出人は~、書いてない。……でもこれ、ラブレターだよ」

「ラ、ラブレター!?」

「うん。ほら、これ」


 栩内さんが拾ったものを見せ付けてくる。それは、可愛らしいウサギの絵が描かれた絵葉書だった。

 その表側に、「渡瀬さんへ」という宛名書きと、「放課後、体育館裏で待ってます」という短いメッセージだけが書かれている。


「わっ、凄いじゃん! これ、告白だよ! 告白! 放課後、体育館裏だってさ!」

「ちょっ!? 栩内さん、声が大きいよ……」

「あっ、やば。……ごめん」


 栩内さんはすぐに謝ってくれたけれども、時既に遅し。

 朝のごった返した昇降口でのことだ、壁に耳あり障子に目ありどころの話じゃない。

 私がラブレターを貰ったという話は、昼休みまでには学年中に広がってしまっていた――。


   ***


「ねぇねぇ渡瀬さん! 告白されたんだって?」

「馬鹿ねぇ、これからされるのよ!」

「体育館裏だっけ? 大丈夫? ついていってあげようか?」


 ――で、昼休み。お弁当をもそもそと食べる私の机の周りには、有閑マダムよりもなお噂話やコイバナに飢えた女子連中が集まってしまっていた。

 その輪の外では、栩内さんが私に向かって平謝りしているのも見える。


「いや、まだ行くって決めた訳でもないし……」

「ええっ!? なんで? もったいない!」

「そうだよ~。渡瀬さん可愛いし。会ってみるだけ会ってみればいいじゃん! すっごいイケメンかもよ?」


 無責任に煽ってくる女子達に、顔には出さず閉口する。

 これだけ噂が広がってしまったのだ、きっと放課後の体育館裏には、多くの人が集まって見物と洒落こむはずだ。見世物にはされたくない。

 ――それに何より、相手が誰であろうが、私は告白を受ける気はなかった。


 チラリと横目で、クラスメイトのある男子の方を盗み見する。

 草薙ハヤト。小学生からの友人にして「名探偵」。そして私の片想いの相手だ。


 ハヤトと話すようになったきっかけは、小学生の時に起きた「体操服盗難事件」だった。

 私の友達の体操服が何者かによって盗まれたその事件を、解決に導いたのがハヤトの「第六感」だったのだ。

 実はこの時の犯人は担任の先生で、その追及は一筋縄ではいかなかったのだが……その話は今は割愛する。


 とにかく、その盗難事件を解決したことがきっかけで、私とハヤトはよく話すようになり、仲良くなっていた。

 そしていつの間にか、私の方が一方的に好きになっていたという訳だ。ハヤトの第六感も色恋沙汰には働かないのか、幸いハヤトにはバレていないみたいだけど。


 そんな訳で、私は今絶賛片想い中なので、誰に告白されても受ける気はないのだ。


「相手には悪いけど、多分行かないと思う」

「ええ~? なんで~!?」

「だって、差出人の名前が書いてないんだもん。誰かのイタズラかもしれないし」


 私がそう口にした、その時だった。


「何を言っているんだ渡瀬。『かもしれない』じゃなくて、イタズラに決まっているだろう?」

「えっ」


 いつの間にか私の席の近くに来ていたハヤトが、そう断言した。

 しかも、あろうことか――。


「そうだよな? 


 意外な犯人の名前まで口にしてしまった!


   ***


「はっ、はぁ!? なんで私の名前が出てくんのよ」

「お前が差出人だからに決まっているだろう」


 ハヤトと栩内さんの間に火花が散る。それはそうだろう。いきなり犯人扱いされたら、誰だって怒る。

 けれども、私は知っている。ハヤトが「第六感」で導き出した犯人の名前は、百発百中だってことを!


「なにその言いがかり? 私が渡瀬さんにイタズラしかけたって言うの? 何か証拠あんの?」


 気色ばむ栩内さんの主張に、彼女の友達の女子達も「そーだそーだ!」と同調する。それはそうだろう。傍から見れば、ハヤトが栩内さんに難癖をつけているようにしか見えない。

 他のクラスメイトも同じ様子で、ハヤトに戸惑いと嫌悪が混ざったような眼差しを向けている。

 ――けれども。


「いや、草薙が言うんなら、それが事実だろうさ」

「だな」


 クラスメイトの一部から、そんな声が上がる。同じ小学校出身の人達だ。

 彼らは、ハヤトが様々な事件の犯人を言い当ててきたことを直に見てきている。だから、ハヤトの言葉を疑いもしていないのだ。


「栩内。なんでそんなイタズラしたのか知らないけど、早めに謝った方がいいぞ」


 バスケ部のエースでクラス委員の西君も、ハヤトを支持する。

 すると、栩内さんの表情に明らかな動揺が走った。


「えっ……? に、西くんまで。なんでそんな、あたしが犯人だ、みたいなこと言うの?」

「草薙の目はごまかせないんだよ。ちょっとしたドッキリのつもりなんだろうけどさ。ちゃんと渡瀬さんに謝っておけよ」


 口調は優しいが、西君の目は笑っていなかった。

 彼はこの手のイタズラが大嫌いなのだ。栩内さんに向ける視線には、厳しい色が含まれている。


「そ、そんな……酷いよ! あたし、だって、……西くんが……っ!!」


 西くんに怒られたのがショックだったのか、栩内さんは教室を飛び出していってしまった――。


   ***


 そして放課後。何人かの野次馬が体育館裏を見に行ったが、手紙の差出人らしき人物は姿を現さなかったという。

 多くの人は「噂になってしまったからビビったのだろう」と受け取ったようだが、私のクラスメイト達はハヤトの言葉が真実であると確信することになった。

 結局、栩内さんはあのまま早退してしまい、教室に姿を現さなかった。


「ハヤトさあ。なんであんなやり方したのよ? バラすにしても、あれじゃ栩内さん、言い訳が出来ないじゃん」


 帰り道、一緒にてくてく歩きながらハヤトに尋ねる。

 偽のラブレターなんてドッキリ、イタズラの中ではかわいい方だ。あそこまで栩内さんを追い詰める必要はなかったように思えたのだ。


「栩内の奴がお前になんとか恥をかかそうと躍起になっていたからだよ。あいつ、他にもイタズラするつもりだったぞ」

「……そうなんだ。あんまり話したことなかったけど、なんでそんなに嫌われたんだか」

「西だよ」

「西君? 西君が、なんの関係が?」

「……お前と西は、結構仲が良いだろう? だから嫉妬していたんだ」

「ああ……」


 端的なハヤトの物言いで、逆に全体像が見えてきた。

 恐らく栩内さんは、西君のことが好きなのだ。それで、彼とよく話している女子の私に嫉妬して……。

 もちろん、私と西君はただ同じ小学校出身というだけで、特別な仲ではない。きっと、それでも嫌だったのだろう。


「ハヤト。助けてくれたのは嬉しいけど、あれじゃ栩内さんが余計に傷付くだけだよ。それに……ハヤトだって恨まれるかもしれないし」

「俺に恨みの矛先が向くのなら、それはそれでいいさ。お前に向けられたままよりはな」

「……私は、嫌だな。ハヤトが人から恨まれちゃうのは、嫌」

「何故だ?」

「何故って、それは……」


 それ以上は言葉を続けられなかった。

 好きだから、とは言えない。

 好きな人が誰かから恨みを買うなんて、苦しむなんて嫌だから、とは言えない。

 まだ。

 今はまだ、ハヤトに私の気持ちを伝えるには、勇気が足りなかった。


「ん、分かった」


 私の無言をどう受け取ったのか、ハヤトは何やら噛みしめるように頷いた。


「俺も渡瀬が気に病むのは本意じゃない。これからはきちんと、お前の意見も聞くよ」

「ハヤト……」

「安心しろ。俺もお前と同じ気持ちだ」

「同じ気持ちって……? ああ」


 言葉足らず過ぎて一瞬分からなかったけれども、恐らくハヤトはこう言いたいのだと思う。

 ハヤトが誰かから恨まれるのを私が嫌がるように、私が気に病むのをハヤトは嫌がる、と。なんのことはない、友達として当たり前の感情の話だ。


(流石のハヤトの第六感も、私の恋心までは見抜けない、か)


 ちょっと残念なような、助かったような。そんな気持ちを抱えたまま、私はハヤトと一緒に帰路に就いた――。


   ***


「懐かしいねぇ……」


 中学時代に起こった事件を思い出しながら、しみじみと呟く。

 その後、実は栩内さんが私以外にも様々な嫌がらせをしていて、同情の余地が一切ないドン引き状態だったことが判明するのだけれども、その話は今はいいだろう。


 あれから、おおよそ十年。今では晴れてハヤトと恋人同士になれたこともあり、なんだか感慨深い思い出だった。


 ずっと私の片想いだと思っていたけれども、それが勘違いというか行き違いだったことを知ったのは、つい先日のこと。

 聞けば、ハヤトは中学二年の冬には私の気持ちに気付いていたのだという。しかも、ハヤトが私のことを好きになったのはもっと前のことで――。


「あれ、ちょっと待って?」


 そこではたと気付く。あの頃からハヤトが私の気持ちを知っていて、彼も私のことを好きだったというのなら、全く意味が変わってしまう言葉がある。


「ね、ねぇハヤト」

「なんだ」

「あの時、ハヤトが言ってくれた『俺もお前と同じ気持ちだ』って言葉。あれってさ、どういう意味だったの……かな?」


 恐る恐るといった感じで尋ねてみる。

 するとハヤトは、


「何を言っているんだ渡瀬。『俺だって好きな人が苦しむのは嫌だ』という意味に決まっているだろう」


等と、いつもの仏頂面でしれっと答えてみせた。


 ――その言葉に身悶える私の姿は、とても他人様にお見せ出来るものではないので、割愛させてほしい。



(おしまい)

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