魂のこもったチャーシュー麵

今晩葉ミチル

チャーシュー麵のチャオ

「よぉ、辛気臭い面してんな! まずはいっぱいやるか?」

 陽気な男の声がした。

 僕は思わず顔を上げた。

 他の客や従業員はいない。店主は黙々と皿洗いをしているだけだ。

 目の前にあるのは、チャーシュー麵。チャーシューもモヤシも、麺が見えないほど盛り盛りだ。

 仕事で失敗してやけ食いをしようと思ったが、見るだけで胃もたれした。僕には茹でたモヤシだけでよかった。ニンニクトッピングなんて無茶だった。

 結局チャーシュー麵を大量に残してしまった。後悔と気まずさからなかなか席を立てず、さっきまで俯いていた。

 そんな時に、陽気な男の声がしたのだが……。

 この場にいるのは、店内の暗さにふさわしい陰気な店長だけだ。

 僕は首を傾げた。

 陽気な声は気のせいだったのか。

 僕はきっとかなり疲れているのだろう。早く帰って休んだ方がいい。

 そう思って立ち上がろうとした時だ。

 信じられないほどうるさい怒鳴り声が聞こえた。


「おい、俺をこんなに残して帰るな! すぐに食えなくても持ち帰れよ!」


 僕はビクリと肩を震わせた。店主は間違いなく口を閉じている。他に人はいない。

 声の主は陽気な声と同じだが、いったい誰だ?

 僕が辺りをキョロキョロと見渡していると、今度は豪快な笑い声が聞こえた。


「驚かせて悪かったな! 俺が話しかけるとみんなそんな表情をする。まずは自己紹介だ。俺はチャーシュー麺のチャオだ。チャオ君と呼んでいいぞ」


「えっと……」


 僕はまじまじと目の前にあるチャーシュー麵を見つめた。

 いろいろと不可解だ。

 まず、チャーシュー麵は僕にどうやって話しかけている?

 そもそもチャーシュー麵に人間とコミュニケーションを取る知能があるのか?


「チャーシュー麵に名前があるのも解せない」


「おいおい、そんじゅそこらのチャーシュー麵と一緒にされたら困るぞ。俺は店主が魂を込めて作ってくれたチャーシュー麵だ。料理人が味だけにこだわったチャーシュー麵とは格が違う」


 チャオと名乗るチャーシュー麵は、僕にガンガンに話しかけてくるのだが……。

「なんで人間の言葉を話せる?」

「言っただろ。俺には店主の魂がこもっていると。魂を通わせているんだ。俺は店主の魂そのものだからな!」

 熱く語っている。

 店主がチラッとこっちを見た。無言で微笑んだ気がした。

 しかし……。

「食べる気がしない」

「マジか! 俺はどうしたら食べられるんだ!?」

「僕にこってりしたラーメンは無理だ。モヤシだけにするべきだった」

「諦めるな、少しはチャーシューをかじってみろよ! おまえは社会人になって何を学んだ!? すぐに諦める心か? そうじゃないだろ、頑張れよ!」

 おかしい。

 目の前のチャーシュー麵が憤慨している気がする。ほんの少し湯気がたっただけなのに。

 思えば僕の人生は谷ばかりだった。

 勉強も部活も仕事も彼女もできた事がない。

 でも、僕は僕なりに頑張ってきた。

 そんな僕をチャーシュー麵が励ましているのだ。


「そんなに僕に食べてほしいのか」


「当たり前だ! 俺を何だと思っている!?」


 そうだ。チャーシュー麵だ。

 僕は頷いて、箸に手を伸ばす。

 チャーシューはきっと美味しい、チャーシューはきっと美味しい。

 そう念じて、胃もたれしている身体を鼓舞する。

 肉汁でギットギトのチャーシューはいかにも身体に悪そうだ。

 しかし、僕は食べると決めた。

 僕は勢いよくチャーシューにかじりついて、急いで胃に落とす。

 肉汁たっぷりのチャーシューが胃酸と戦っているのが分かる。

 存在感がすごい。


「早く消化されてくれ」


「おまえに脂身の強いチャーシューは早かったか。仕方ない。作戦変更だ」


 言うが早いか、チャーシュー麺が光り輝く。

 その光量は店中を一気に照らすほどだった。

 僕は目を開けていられなくなった。

 しばらくすると、光が収まる。

 僕はおそるおそる目を開く。

 そこには相変わらずチャーシューとモヤシが盛り盛りのチャーシュー麺があった。


「スープの背脂を減らしてやった。脂に慣れるために飲んでみろ」


 まずはチャーシューをどうにかしろよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魂のこもったチャーシュー麵 今晩葉ミチル @konmitiru123

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ