第28話 喧嘩
さて、今回は分身が相手だ。本体よりかは弱いはず。ツキヤでも多少の時間稼ぎはできるんだ、今の俺でも勝機はあるだろう。
ただ、唯一問題なのは、俺がそこまで持つか。
あいにく、指一本でも動かすのがしんどい状況でな。
意識だけをー極集中させて、能力に頼ることもできるがその間、俺自身の防御がガラ空きだ。
あいつの分身は炎魔も扱えると言っていた。それはつまり、形なき力を行使することができるということ。
炎魔は極めて自由度が高い。鉄でいくら防いでも、あいつの殺意によっちゃ溶かされ、やがて俺の身に届く。
分身が故に、痛覚とか死に対する恐怖とかがないから、無理矢理にでも突破しようとする事ができる。
ようは、今の俺は間合いに入られやすいってことだ。
しまったな、俺も魔法かなんか会得しとけばよかった。まあ、そんな時間もなかったんだかがな。
ないことを悔いても仕方ない。今は時間を稼ぐことに注力しろ。
さっきまでの戦闘、分身も利用し、炎魔も二人分使ってる。魔力の消費量は尋常じゃないはずだ。そのうち本体の方が電池切れを起こすだろう。
それまで、時間を稼げるかどうかってところだな。
「なあに固まってんだ?まだやんねーのかよ。やるなら早く始めようぜ、こっちも時間ないんだからさあ。」
十数メートルの距離で放たれる炎。だが、俺には届かない。
視線だけをカースに向け、タイミングを見計らう。
炎の輪を潜り抜け繰り出す拳。
一発すれすれ。かすった頬は薄皮一枚。
砂鉄をカースの足に巻き付け、勢いを殺す。重力に従い落ちていく黒豹は、横目に見ていた俺へと牙をむいた。
ギラギラと剥き出しになった獣の本能の前に俺の小細工は無意味だった。
その鋭い爪に右足が奪われる。
それでも動きを止めない。気を張り続け、相手の隙を窺う。
泥臭い戦い。
「もうやめておけ、これ以上やっても俺もお前も死が近づくだけだ。この戦いにプライドなんてもの存在しないぞ。」
「やっぱバカだなあ。これはプライドを見せる戦いじゃねえ、プライドをかけた戦いだ。」
地に足がつこうとも、立ち上がり、力を振るう。
ただただ月明かりが照らす戦場は、いつの間にか雲に覆われ曇天と化していた。
集中力もすでに切れ、体が勝手に動くのについていっているみたいに実感がなかった。
◉
「なあ、いつまでそうしているつもりだ。言っただろう?ダラダラと続く戦いはつまらん。それともなにか。まだ俺を楽しましせてくれる秘密兵器でもあるのか?」
「んなもんねよ。」
体力ギリギリ。正直今、やる気と根性だけで立ってる。足も棒のようだ。息も切れる。
うまい具合に動けば勝てるかな、とか考えてのが甘かった。
ノープランで挑む相手じゃなかった。
まともにきいた攻撃はさっきの氷塊でぶん殴った、あれだけ。
血反吐を吐いてようが、あいつには関係ない。
硬いというより、丈夫なんだ。どれだけ、ぶん殴ろうと、刺そうともあいつの動きに支障をきたさない。
完璧な状態で、圧倒的質量と火力をもって殴れたからいいものの、あれをもう一度やろうにもうまく立ち回れない。
そもそも、あいつの方がおれより圧倒的に速さが上なんだ。
必ず戻るとか大口叩いたくせに、この現状は笑えるな。
考えろ。
俺とジガイじゃ圧倒的力の差がある。それを埋めるには何か策を練るしかない。
練るしかないんだけど、周りは更地。何か身を隠せそうなそれもなく地面に転がるのは瓦礫だけ。
くっそ。派手に戦いすぎだろって。
どうする?正直万策尽きた。なにか俺に、できること……。
「まだ何か考えてる暇があるのか。どうせしょうもないものばかりだろう。もう良い。」
押さえつけるように拳が降りかかる。
気が付けば、拳は地面を割り、蜘蛛の巣のような
全身の血の気が引く。これを喰らえば流石に死ぬ。
ジガイは割れた地面のかけらを右手で掴み、そのまま俺に切りつける。
まるで、武器でも持っているかのように。
「シャッフル。」
何かをポツリとつぶやいた。何だ、と警戒する前に、俺の首元には大斧の刃が突き立てられる。
「ソード。もう一度言う。これが最後だ。こっちに来い。ボスが待ってる。俺は貴様にまだ死んでほしくない。お前のように才ある若者など、俺は殺したくない。」
止められたその手は震えてるかと思ったがまっすぐ真剣で、ジガイの
黒猫は上下関係が厳しい。
依頼人や上司の言うことは必ずやり遂げなければならない。
大抵のやつは単純な力や才能の問題、あとは自分の欲以外の私情を挟んだやつがビンザルスをさる。
黒猫まで到達するやつは、武力と知力と強い欲を兼ね備えたやつしかいない。
この三つが認められなければ、そこまで出世できないからだ。
それほどまでに、意思の固い天下の黒猫様が私情を挟んで俺を助けようとしている事実に、なにか少し揺らぐものがあった。
ジガイの声から威圧的な棘がなくなった。
まるで旧友に語りかけるかのように、心のうちを話した。
「悪いな、ジガイ。俺はやらなきゃいけないことがある。俺はそっちには戻れない。これは俺がやらなきゃいけない、俺にしかできないことなんだ。」
「だとしても、別にそこからでなくともよかろう。まだ、まだ動きようはある。俺だって力を貸せる。来い。」
斧を捨て、差し出される左手に少し前の記憶が蘇った。
「もう無理だ。俺が行けば、シークスとツキヤが罪に問われる。」
「そんなもの、ぶち壊しに行けば良い!」
「あいつらには真っ当な道を歩んでほしんだよ。」
「っ!」
俺の一言にジガイは言葉が詰まり、呆然と立ち尽くした。
俺は多少の罪悪感を抱えながらも、ただただジガイをその場で見つめることしかできなかった。
俺の境遇を知っているからこそ、ジガイは手を出せない。
すまない。最低な手段だ。
「ーーーー。」
なにか言っている。
ジガイの割にはとても小さな声。真正面に立っている俺でも聞き取れない。
ジガイがもし俺を何か説得しようとしているのなら、ちゃんと耳を傾けてやる必要がある。
あいつはあいつなりの想いをぶつけているわけなんだ。
俺のせいで長年頭を悩ませていたことだろう。
ならば聞かねばならない。それが旧友となれば尚更。
俺は一歩距離を詰め、ジガイの言葉に耳を傾けた。
「
はっきりと聞こえたその言葉に、咄嗟に防御の構えを取り身を引いた。
それでも広範囲の爆炎は、視界を遮り、俺の身を焦がす。
爆風で浮かぶ体は、強く引っ張られるかのように後方へと飛んでゆく。
受け身も取れず地面に体を打ちつけた。抉られた血肉は、地面を紅染める。
吐血が止まらない。止めようにも、体のうちから湧き出てくる。
呼吸がままらない。肺が焦げたのだろう、息を吸うたびに気絶しそうな痛みが走る。
作り出した氷も一気に昇華し、全身が暑い水蒸気に包まれる。
「やはり俺の炎では貴様は焼けんか。ほれ、炎魔を使え。でなければ高温高魔の中で呼吸をすれば、順応しきれず死んでしまうぞ。俺はお前を殺したくない。この言葉に偽りがないのはわかるな?だから、お前には自死してもらうことにした。俺は直接とどめをささん。だから、勝手に己の選択で死を選べ。」
「ほんと、胸糞なやろうだな。妙に頑固だし。確かにそれなら、上の言うことも、自分の意思も尊重したことになるか。」
おぼつかない、足で立膝をつきジガイを睨んだ。
ここらで終いかな。
穏やかに消えゆく命の灯火。
死ぬ直前になると走馬灯というものが見えるらしいが、そんなものは見えなかった。
蘇るほどいい記憶もないということか?
皮肉な話だ。人の幸福を願ってなった仕事だというのに、俺のいざこざに2人を巻き込んだだけだった。
どうしようもないクズだな。
悪い、二人とも。俺は先にいくことになりそうだ。
朦朧とする意識に身を委ね、すっと目を閉じ死を待った。
ただ、周りはそれを良しとしないらしい。
俺には戦なければならない理由ができてしまう。
「ソードさん!まだ戦えます!」
遠くから聞こえるツキヤの声に目が覚め、勢いよく体を向けた。
「いいですか!よく聞いてください。ポータルが復活しました。もう一度、私とともに飛びましょう!」
ポータルの復活?何言ってんだ。あれはもう使い切りだ。一度使えばもう使えないはず。
いや、今はそんなこと言っている場合じゃない。早くしなければ、、、
「なーんだ、まだ動けるじゃないか。」
ツキヤに伸びる手を焦げ臭い俺の手で止めに入る。
「俺もびっくりだよ。まだ体が動いてくれるなんてな。」
ツキヤを害そうとしたその手を思いっきり振り払い、牽制してジガイを後ろに下がらせる。
この状況を楽しむように、ジガイは笑顔で俺の動き出すのを待った。
嬉しくはないが、この機を逃してはならんと思い、ツキヤに端的に、しかし正確に状況とすべきことを伝える。
「いいかい、ツキヤ。君の持つそのポータルがここでの鍵だ。ツキヤは、物陰に隠れてジガイが倒れるのを待て。奴が倒れたら、俺の近くにきてポータルを起動させろ。簡単な話だ。いいな?」
「いやでも、ソードさんは。」
「大丈夫。俺は今からあいつと、ちょっと本気の喧嘩をするだけだ。」
次の更新予定
隔週 木曜日 19:00 予定は変更される可能性があります
この世界のバランスを保つのは難しい! 虎革龍之介 @kogawaryunosuke
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