同じぐらい

 ここで如月信也というか人物を振り返っていただきたい。


 趣味なし。特技なし。女性との交際経験なし。


 そんなつまらない人間筆頭な俺が、中学生の買い物に付き合ったところで出来ることは限られているわけで。


 「これ似合う?」

 「……イイトオモウヨ」


 中学生女子の服の良し悪しなんてわかるわけがないのだ。


 今も試着したスカートを翻して、こちらに意見を振ってくる橙子なのだが、残念ながら使い古されたありきたりな、それでいておそらく不正解しか持ち合わせていない。


 「適当言ってない?」

 

 そういうわけではないのだが、中学生女子の「似合う」が一体どういったものなのかが、わからないのだから仕方がない。


 「やっぱりこれもやめとく」

 

 そう言って試着室のカーテンを閉める橙子。


 試着してはやめ。試着してはやめ。


 ショッピングモールについてからかれこれ一時間。ずっとこんなやり取りを繰り返している。


 (別にどれを買っても文句はないんだけどな)


 橙子が選んでくる衣服はどれも安価なものだった。それでいて地味過ぎないというか、着こなしのうまさなのかはわからないが、どれもあんまり差が無いように見えるというか。


 「どれでもよくない?」


 なんて言ってみると。


 「どれでもよくない!」


 なんて返されてしまった。うーんご立腹、姫。


 (お腹すいたな)


 今日は起きてからまだ、軽くしか食事をしていないためお腹が空いてきた。家についてから作るのも面倒だし、たまには外食でもいいだろう。


 晩御飯には半端な時間だし、お腹が空いたら軽くつまめるおやつを買って帰るのも悪くない。


 「なぁ、一旦ご飯食べに行かないか?」

 「別にいいけど……」


 はぐらかしたように感じたのか、少々不満げな表情をする橙子だったが、食事を挟むことに文句はないのか、素直にフードコートのある方へ歩き出した。


 5分ほど歩いて到着したフードコートは、休日とはいえ中途半端な時間なこともあり空いていた。


 ラーメン、ステーキ、海鮮丼、たこ焼き等々様々な選択肢があるが、俺はすでに何を食べるのか決めていた。


 「俺はうどんにするから、橙子も好きなの食べな」


 俺はうどんが好きだ。橙子がうちに来てからはあまり食べてはいないが、ひどい時は朝含め三食うどんな日もあったぐらいには。


 うどんは魅力的だ。茹でれば食べられるからね。あと安いし。最初はそんな理由でリピートしていたうどんだが、気づけば俺はうどんの魅力に取り憑かれていた。どこのメーカーのうどんが安くてうまいか、俺はすでに網羅している。


 「じゃあ私もうどんがいい」


 俺の言葉に対して、当たり前のようにそう言う橙子。その「じゃあ」という言葉に、引っ掛かりを覚えてしまう。


 (やっぱ遠慮しちゃうか)


 好きなものを食べろと言われて、好きなものを食べることって難しい。同じものを選ぶっていうのは、確かにいいチョイスだと思う。


 だけどやっぱり、橙子には遠慮して欲しくないんだよな。


 「別に遠慮しなくていいから、食べたいもん食べな」


 それは橙子を気遣って放たれた言葉だった。だけどそれは、橙子にとっては気に入らない一言だったようで。


 「そういうの、やめて」


 明確な拒絶。俺の言葉を橙子は受け入れなかった。


 「私が我慢してるみたいな言い方、しないで」


 それは告白というよりも、叱責という言葉が似合う響きを持ち合わせていて。


 「別に信也より良いものは食べないようにとか、信也の機嫌を伺って同じの選んだとか、そんなんじゃないから」


 その言葉には、俺に対する願いも含まれているように感じた。


 だからきっとここで、橙子の本音に気付いてやれればいいんだろうけど、残念ながら俺はそんな察しのいい人間じゃない。


 いつだって俺は、答えを橙子に貰ってばかりだ。


 「雑に扱われるのも嫌だけど、そんな割れ物みたいにそっと気遣われるのはもっとイヤ」


 「そんなのは分かってるさ。だからって無遠慮に接するわけにもいかないだろ」


 なんて、ここまで言葉にしてくれているのに答えを導き出せないのだから、この期に及んでこんなことまで口走ってしまう。この時、橙子が悲しい顔をしていたのではなく、どこか照れを含んだ拗ねた顔をしているのに気づけていれば、もう少しマシな結果になっていたかもしれない。


 「そっちだって、遠慮して好きなもの頼んでないだろ」


 いわばとどめ。何にも分かってない俺は、橙子が一番イラッとくる言葉を言ってしまった。


 他ならぬ本人が遠慮してないと言っているのに、それを否定してしまった。



 「なんでよ!!私が!あんたと!同じものが食べたいって思っちゃダメなの!?」


 

 これは憶測だが、きっと橙子もこんなことを言うつもりはなかったのだろう。言ってしまえば駄々を捏ねている子供のような、そんなイメージを橙子に重ねてしまった。それほどまでに子供じみた可愛さみたいなものが、続く言葉にも溢れていた。


 「確かに私は信也のこと、大ッッッッッ嫌いだけど!!」


 ここで止めることができていれば、この後橙子に襲いかかる後悔を無かったことにできたかもしれないが、橙子は完全に暴走していて、それを止める術を持たない俺は無力だった。


 「それとちょっとは同じぐらい!あんたのことーーーー」


 と、そこまで言ったところで、ようやく橙子は自分が口走ってしまいそうになっていた言葉を飲み込む。


 フードコートにいるのは俺たちだけじゃない。気づけば辺りを包む静寂が、温かい目で橙子の次の言葉を待っていた。


 「おんなじ……おんなじぐらい……」


 その事実に気づいたはいいものを、橙子は冷静にはなりきれず混乱状態に陥ってしまった。


 すでに顔は羞恥で真っ赤だ。橙子を辱めるつもりもない俺は、そっと橙子の肩に手を置いて言った。


 「一緒に、うどん食べるか」

 「た、た……食べるわけないでしょおおああ!!!!」


 ドンと突き飛ばされた俺は、無様に尻餅をついてしまう。


 「もう知らないから!!!」


 そう言ってその場から逃げ出すように走り去ってしまう橙子。あーもう!店内は危ないからゆっくりだぞ!!


 周りからクスクスと笑われているのに気づく。恥ずかしい。


 とはいえ、だ。今回は100%俺が悪いと言えるだろう。


 確かに俺がしたことは、気遣いではあっても橙子の求めるものとは違ったのだから。


 過程がどうであれ、あんなことを言わせてしまったのだ。


 なにより、あの日俺たちは約束したのだから。


 俺は橙子を探しに、フードコートを足早に出た。



ーーーー


 フードコートから逃げ出した私は、その足の向かうままに出口の方へ向かっていた。


 だけどその足を止めて、比較的目につきやすそうなベンチに腰掛ける。


 (見つけてほしいなら、逃げなきゃいいのに)

 

 そんな誰に届くでもない自虐を吐いて、私はがっくしと頭を抱える。


 別に、何でもかんでも信也に気に入ってもらおうと、それだけを考えて行動しているわけじゃない。


 好き勝手するつもりはないけれど、信也が許してくれる範囲だったら、特別我慢する気も無いのだ。


 一緒に買い物に付き合って欲しかったのは、その信也の許してくれる範囲が分かっていなかったから。買った後に違いましたじゃ嫌だし怖い。


 それだけの話だったのに、私は一体何を口走った?


 (バカバカバカバカバカ!!)


 また失敗した。私の胸中は絶望で埋め尽くされていた。まぁ、絶望と言っても別にあれだ。別に焦ったりはしていない。ただひたすらに恥ずかしいという話。


 ただあれだ。今回はぜったい信也が悪い!!だってやることなすこと、私が遠慮や我慢をしていると決めつけるから。


 別に我慢してうどんを選んだわけじゃ無い。別に好きでも無いけれど、決して嫌いなんてことはないのだから。


 理由は信也と同じものが食べたかったからで……ああ、最悪っ!思い出しただけでも顔が熱くなる。恥ずかしすぎる。いくらなんでもあれはーーーー


 

 『それとちょっとは同じぐらい!あんたのことーーーー』



 (ああああああああ!!もうバカ!信也のバカ!)


 改まって覚悟を決めて伝えるならともかく、あんなつい漏らしてしまった本音みたいな感じで!


 信也は今何をしてるだろうか。呆れて一人でうどんを啜ってるか、私を探してくれているか。ともかくその口角がによによと弧を描いているのは間違いない。


 (好きじゃない。うん。好きじゃない)


 復唱。心を静める。


 もちろん恋愛的な感情を抱いているわけがないし、嫌いなものは嫌いなのだから、こんな言葉は本当に思っていない限り出てこない……って違うちがうチガウ!!


 とはいえ、とはいえだ。


 (一言似合ってるって、そう言ってくれればよかったのに)


 別に、信也に見せるために買ってもらうわけじゃないけど、それでもあれだ、なんとも思われないのも癪なのである。


 腫れ物のように扱われるのも嫌だけど、雑に扱われるのも嫌だ。お世話になっているとはいえ、ここはどうしたって譲れない。


 なんて言ってただ拗ねているだけなのも、なまじ自覚があるからバツが悪い。


 それに最近気づけたこともある。あいつ、意外と子供っぽいところがあるってこと。


 働いてて、自分よりずっと大人なのは間違いないけど、たまに同級生と喧嘩しちゃうぐらいみたいな感覚を覚える。今回のもちょっとそれに近いかもしれない。


 「こんなとこにいたのかよ」

 「あっ……」


 ぽんっと頭に乗せられた手のひらに、やっぱり同級生はないななんて思う。少なくともクラスの男子だって、女の子の頭に気安く触れたりはしない訳だし。


 デリカシーを持って生まれ直してこい!


 「なんだ、悪かったな」

 「……別に、怒ってない」


 許すと一言言えればいいのに、変に意地を張ってそんな言葉になる。怒ってないのは本当だし、そもそもどちらが悪いかって話でもないかもしれないけど。


 ともかく、これ以上引きずるのはお互いのためにならない。ついては、あろうことか頭を撫で始めた手を振り払わなければいけない。


 いけない、いけないのにだ。


 「なに、その紙袋」

 「ん、ああ。これは帰ったらな」


 目についた小さな紙袋に興味が移ってしまった。今日はまだ何も買っていないから、私と離れてから1人で買ったことになる。


 質問を受けて、ついに離れる温もりに名残惜しさを感じつつ、私は誤魔化されまいと信也の目をまっすぐ見る。


 「それ、私の?」

 「まぁ、そんなところ。別に機嫌を取ろうって訳じゃないから」


 そんなことは言ってないし聞いてもいないけれど、そんな言い訳が出るということは若干その意味も含まれているのだろう。


 「今見たい」

 「……はいはい」


 観念したのか。隠したいのなら最初からポケットにでも入れておけばいいものを。


 渡された紙袋を開けると、そこには小さな髪留めが入っていた。


 あしらわれた装飾は桜だろうか。非常にシンプルだけど、可愛らしいデザインだった。


 「まぁなんだ、引っ越し祝いみたいなもんだ」

 「引っ越し祝い?」


 「ああ。なんだかんだドタバタしてたからな。新居に移ったわけだし、一応なんとなくの記念日的なやつだよ」

 「記念日、か」


 きっと理由なんて、今作ったのだろう。プレゼントと言って渡してくれればそれで私は喜ぶのに、やっぱりこいつはガキだ。全然オトナじゃない。


 私は元々つけていた黒い機能性だけのものを外し、もらった髪留めと変える。


 「おお、似合ってるぞ」


 まぁ、あれだ。


 そんな一言でどうしてこんなことになっているか、そんなのどうでも良くなってしまう私は、もっともっと子供っぽいって話だ。


 「……あっそ」


 表情を見られたくなくて顔を逸らすけど、きっと手遅れというか意味がない。鏡を見なくても、顔が真っ赤になってるのが分かるから。


 照れ隠しだってきっとバレてる。


 「今日は帰るか。服はまた来ればいい。今日もそもそも急にきた訳だしな」

 「うん」


 その言葉が次を保障する約束に思えて、私は思わず同意する。


 「改めて色々と決めなきゃいけないこともある。帰ってご飯食べて、って食材がないか。そっちの買い物して帰っていいか?」

 「いいよ。付き合ってあげる」


 当然だ。私だって食べるんだし、このまま1人で帰るなんてなんだか寂しいし。

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