短編:名探偵の曾孫の事件簿!!!
立花 優
第一話 名探偵の曾孫
「ちょ、ちょっと待った!これは、この小説の題名は、『少年マガジン誌』に連載されている漫画『金田一少年の事件簿』の正にパクリじゃないか!」
と、のっけから、こんな非難が来そうであるが、確かに題名はパクリに近い。
だったら、題名を変更しろよ!とも言われそうだが、そうかと言って事実なのだから、私自身はこの小説の題名は変更する気は毛頭無い。
じゃ、『ルパン3世』はどうなる?『名探偵コナン』の江戸川コナン少年はどうなる、と、こっちのほうが聞きたいくらいである。
例の金田一一少年が、
「謎はすべて解けた」「じっちゃんの名にかけて……」とは、私は、名台詞だと思う。
しかし、事実は小説より奇なりと言う。貴方は、これから展開していく、今まで聞いた事も無いような話を、いやでも読まされる事となるのだ!
さて前置きが長くなってしまったが、実際の所、私が言う名探偵とは誰かと言うと、早い話が、故高木淋光先生の小説に出て来る「神津恭介」なのである。日本推理小説上、明智小五郎、金田一耕助と並んで、日本、三大名探偵の一人とされている一人だ。
しかし、一般の人には知られざる話だが、私の母方の祖父は、生前、故高木淋光先生と親交があり、手紙や年賀のやりとりをしていたと聞いている。残念ながら、その貴重な手紙等は、既にこの世には無いらしいが、この話は真実らしいのだ。
というのも、故高木淋光先生と私の母方の祖父は同じ京都大学の同期であり、名「占い師」の助言により、作家を志し全国的に有名になった故高木淋光先生が、名探偵のモデルとして、私の祖父を参考にしたというのも、あながち嘘では無いらしいのだ。
母方の祖父は資産家の家に生まれた事もあり、故高木淋光先生が、清水の舞台から飛び降りる覚悟で処女作を書いていた頃、大学院に進学しながら学問(法医学)の世界に没頭していた祖父が、数度、何がしかのお金を故高木淋光先生に送ったのだが、「今、執筆する小説中の名探偵のモデルとして(祖父の)風貌や性格を考えている」とのお礼の返事を貰っていたと言うのである。
それに、この祖父も戦後の農地解放に伴い、大部分の資産を手放す事になった際、何を思ったか、当時大学の講師だったのを辞職し、郷里の北陸の某県に舞い戻り、「占い師」になったのだ。
この祖父は、自身が勉強していた科学的知識に、有名な『易教』の理論や、四柱推命、水晶玉を利用した霊感占いとを組み合わせた「絶対真理占」を創設、その独自の理論を基に、占い稼業を始めたらしいのだ。
その祖父が、晩年、「名探偵、神津恭介のモデルはこの俺なんだよ」と、よく冗談まじりで言っていたのを、私も覚えている。
でも、私には、さすがに占い師をする器量も能力もない。私は、現在、郷里のX市で、社会福祉法人に勤務しているごく普通のサラリーマン、年齢54歳である。
そんな時、このX市で奇怪な事件が勃発したのだ。
何しろ、その事件の一部始終がHDDビデオで録画されており、事もあろうにその殺害の瞬間が、全国のいや世界のユーチューブやインターネット上に流されてしまったからだ。
その事件を、マスコミは『地獄の学園祭事件』と名付けて、過激な報道を流し続けたのだが、地元の県警は色々な聞き取り調査の結果、その事件を単なる事故として結論し、一件落着しようとした。
その『地獄の学園祭事件』事件の起きたのは、北陸の某県X市の不動高校の学園祭である。
高校の名前までも、『金田一少年の事件簿』のパクリじゃないか?
と反論されそうだが、そこまで言われるのなら、JR発行の全国時刻表でJR西日本の北陸本線から分離独立した第三セクターの『あいの風鉄道』駅名を丹念に見ていただきたいのだ。
さすがに不動高校の名前の「不動駅」は存在しなしが、非常によく似た駅名があるのに気が付かれるだろう。
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