第2話 幼馴染一人目 レオナルドの再会

 リュカに支えられながら部屋に戻ると、専属侍女メアリが凛とした佇まいで控えていた。


「お帰りなさいませ。クロエ様」

「ただいま戻りました……長い間ごめんなさい」


 私は、メアリに申し訳なく伝えた。

 メアリは、私より5歳ほど年上だけれど、幼少時からずっと私の傍に仕えてくれている。


 彼女の瞳と髪の色は、初春を想わせる私の大好きな若菜色。私の専属侍女なので今回の事情を話してあったけれど、上手くいくとは限らなかったので、最初はものすごく反対された。けれど、魔力量が元に戻らない以上どうすることも出来ず、これに賭けるしか無かったのでメアリも最後には渋々納得してくれた。


「無事にお目覚めに……お戻りになられて良かったです……」


 メアリは、優しい黄緑色の目に涙を浮かべ、安堵の微笑をもらした表情をした。


「その……戻られてすぐに魔力を使われてお疲れのようですが、湯あみとお着替えをされますか?」

「そうね。お願いするわ」

「では、ご用意いたします」


 メアリはすぐに湯あみの準備をしてくれた。たっぷりのお湯にゆったりと浸かると爽やかな甘い香りが漂う。


「ねぇ、メアリ。甘い香りがするけれど、これは沈丁花ジンチョウゲかしら?」

「はい。以前、まだ花が咲いていた時に摘み取ってドライフラワーにして長期保存をしておきました。それを入浴剤に使用しております。クロエ様が戻って来られたときに使おうと思いまして」


 メアリは、髪を丁寧に洗い、香油をつけてくれる。これがまた気持ちがいい。

 でも、ドライフラワーの入浴剤も香油も今では貴重なのでは、と思う。今の領地では、花どころか野草だってなかなか手に入らない。


「お体の調子はいかがですか?」

「大丈夫よ。久々に歩いたから足がもつれるけれど、すぐに慣れるわ」

「あまりご無理をなさらないように」


 この世界で私が着るといったら、ドレス。普段は豪華なドレスは着ないけれど、今、用意してくれた物は瞳と同じエメラルドグリーンの綺麗なシンプルなドレス。スカート部分には、ふんわりと薄い白のレースが重ねてあり、柔らかな印象に与える。


 ドレスに着替えると、ある一室に赴く。父と母の写真が飾ってある部屋だ。

 父と母は馬車の事故で亡くなった。当時は私が6歳、リュカが4歳。


 それまでは、父が春の祈りをする者として、その役目をしていたのだけれど、父と母が亡くなってからは、父の代わりに6歳の私が精霊と契約し、慣れない祈りを必死にしてきた。


 リュカは常にそんな私の後ろに付いては、祈りの真似事をしていた。

 リュカが魔力操作が出来てきたのは8歳になった時。その頃には徐々に祈りも上手くなって、私の補助をしてくれるようになり、そんなリュカの成長を見ながら頼もしくなった。


「お父様、お母様……無事、戻ってきました」 


 写真に向かって無事に戻ってきたことを報告した後、執務室へ行きソファに座った。部屋の中はきちんと整理整頓されており、留守の間にも掃除等をしていてくれたんだと分かる。以前と殆ど変わらない。変わったといえば、屋敷の中に花が飾られていないことだ。


 先程の父母の写真の横には、いつも母の大好きな菜の花が飾られていた。他にも至る所に沢山の花が飾られていたのだけれど。


 1年前、私が16歳になった頃、使っても時間が経てば回復するはずの魔力が、なぜかなかなか元に戻らず、毎日祈りをしても植物が生き生きとしなかった。

 そして、この世界に戻ってきてから祈りに使った魔力は徐々に回復しつつある。このまま以前のように魔力が戻ればいいのだけれど、もし1年前のような事になったらと思うと、とても不安になる。


 「クロエ様、どうぞ」とメアリが紅茶を目の前のテーブルの上に置く。

 ありがとう……と言ってから一口飲むと、ほのかに甘酸っぱい香りが漂う。私の大好きなアップルティー。


「美味しい……」


 ふう、と一息つき、さっきまでいた世界のことを思い出していた。

 ある少女の体を借り、そこに彼女の生命いのちと共に生活をしていた。とても活発な少女で、両親にも愛されていた。


 私は早くに両親と死別してしまったので、愛情というものをよく分からなかったけれど、彼女の中にいた私は、彼女の両親から彼女への慈しむ愛情を感じられ、私も温かい気持ちになった。


 少女には沢山の友人もいて、その友人達と色んな話をし、遊び、勉学に励んでいた。とても、羨ましかった。

 私には『祈り』いう役目があって、そういった経験が出来なかったからだ。

 そして、ある一人の男性に彼女は恋をした。二人は、お互いに大切に想い続けていた。


 嬉しい事があると一緒に喜び、辛い事があると一緒に悲しみ、励まし合っていた。そんな二人を見ていると、胸がじんわりと温かく感じた。そして、もう彼女と彼の声すら聞けないのかと思うと少し寂しい気持ちになる。


 もう一口紅茶を飲み、気持ちを切替え、これからの事をリュカと相談しようと思い立ち上がろうとした時、何やら外が騒がしくなった。誰かが屋敷に来たみたい。リュカの声が聞こえる。


 あぁ、この魔力に覚えがある。夏の魔力だ。夏の祈りをする者、レオナルド・エスティバルが来たみたい。

 私は部屋のドアを開け部屋を出ると、玄関先でリュカがレオナルドを制止しようとしている。


「お待ち下さい。レオナルド様! 先触れもなく、来られるのは困ります!!」

「クロエ嬢の……久々にあれの魔力を感じる。どういうことだ! ここに居るんだろう!! リュカ殿、クロエ嬢に会わせてくれ!」


 現状の事で一度会って話を聞かなければならないと思っていた相手が、屋敷に足を運んできた。冷静なイメージが多いレオナルドにしては、なんだか騒がしい。慌てて私も玄関先のリュカの側に向かった。


「お久しぶりでございます」


 カーテンシーで挨拶をする。

 レオナルドは一瞬、目を見開き固まり静かになったかと思うと、安堵の表情をし私の手を取り、手の甲に軽く口つけを落とし挨拶をした。


「え?! 何を!」


 以前のレオナルドにそんな風にされたことが無かったため、驚いて慌てて手を引き抜いた。クスリと微笑み、群青色の瞳で熱を帯びるように、じっと見つめてくる。


「……やっと会うことが出来た。長い間、魔力を感じなかったが、どうしていたのだ?」

 

 魔力を感じなかったのは、私がこの世界に魂がなかったから――戻ってくるなり祈りをしたので、私の魔力を感じ、ここへ来たのだろう。

 レオナルドの服装を見ると、スカイブルーのシャツに目と同じ色の上着を着用をしているが、よく見るとボタンが上まで止まっていない。それほど急いで来たのだと思える。


 私とレオナルド、エマ、リアムは幼い頃によく遊んだ――いわゆる幼馴染。

 よく遊んだといっても、私は6歳までで、それ以降は3人が遊んでいる様子を見聞きしていた。それでも、1年に数回は3人と顔を合わせることはあったけれど。

 

「クロエ嬢の魔力が以前と同じくらいに戻っているように感じるが、どうゆうことだ?」

「元に戻ったのなら、いいじゃないですか! レオナルド様、お帰りください」


 リュカはしかめっ面をし、レオナルドを追い返そうとしていたが、ここは話をしないとレオナルドは帰ってくれないだろう。

 ただ、リュカを入れて三人で話すには、あっちの世界の話やリュカの態度からして少々無理があるように思えた。


「リュカ、大丈夫ですよ。一度、二人で話をさせてください」

「ほら、リュカ殿。クロエ嬢は、俺と二人っきりで話がしたいと言っている。俺もいろいろ聞きたいことがある」


 レオナルドは、手で払いながらリュカを部屋から追い出そうとしている。はぁ、と小さなため息を吐いた。呆れる、わたしはそんなふうに言ってはいない。

 言い方が少し嫌らしい。どうしてこの人は、こういう言い方をするんだろう。

 

「私も、お聞きしたいことがあります。どうぞ、お掛けになってください」

 

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