魔力が回復して元の世界に戻ってきたら、弟に大切なお役目を譲ることになりました

風月 雫

第一章 目覚め

第1話 元の世界へ 

「必ず戻ってきて……きっとだよ」


 誰かが遠くでそう呟いている。辺りは真っ暗で何も見えない。


 これは夢?


 声がする方に向かうと、小さな白い光が見えてきた。その光は段々と大きくなり、吸い込まれるような感覚になった。


「ここは?」


 懐かしい天井が見える。

 自分の体がベットに仰向けになって横になっているのが分かった。とても、長い夢を見ていたように感じだった。


「痛い!」


 体を起こした途端、頭にズキズキとものすごい痛みが走る。痛みのショックからか、頭の中をいろんな出来事が走馬灯のように駆け巡り、いろんな事を思い出した。


 弟のリュカと約束をしたのだ。必ず戻ると――。


 そう、私はこの世界に生きていた。どうしてあちらの世界に、日本という国に魂だけ飛ばされていたのかを思い出した。


 この世界には魔力持ちがいる。

 王都を中心に東西南北に分かれた領地で、その土地治める家系の1番の魔力持ちが精霊と契約し、魔力を使って役目の春夏秋冬の『祈り』を行う。

 東はプランタニエ領、西はオトナル領、南はエスティバル領、北はイベルナル領でその者が魔力で祈りを捧げ、この世界の自然のバランスが保たれている。


 私は、この世界でプランタニエという領地で春の祈りをする者だった。

 名前は、クロエ・プランタニエ。

 なぜか、少しずつ魔力量が減っていき、回復出来ず、春の祈りが出来なくなっていた。


 プランタニエ領は、いつも温和な気候で春の花が咲き乱れていたのだけれど、祈りが出来なくなって、次第に暖かな日差しが無くなり、いろいろな緑の植物が育たなく枯れていく。


 リュカは、屋敷にある文献の中から調べたようで、一度この世界から別の世界に行き、魔力量を回復させることを提案してきた。私がいない間は、リュカが代理で祈りをするということにして。


 必ず上手くいく保証はなかったけれど――。


 無事、別世界に魂だけを転移し、時間が掛かったけれど、元の世界に戻って来れた。


「姉様?」


 声のする方を見ると、リュカがベットの横にに置いてある椅子に座っていて、少し眠っていたようで、私が起きた気配で目が覚めたみたい。


「姉様! 目が覚めたんだね。戻って来れたんだね!」


 リュカは、私を勢いよくギュっと抱きしめる。勢いがありすぎて、びっくりしてしまったけれど、懐かしいリュカの声に私もリュカの背中に手を回して、トントンと軽く叩いた。


 私が記憶しているのは、綺麗な若緑のウェーブショート髪に、瞳は私と同じエメラルドグリーンの男の子だったけれど、今は髪や目が少し灰色が混ざった色に変化していた。


「戻ってくるのが遅くなってごめんなさい」

「姉様! 本当に良かった……」


 リュカは一層、私を強く抱きしめる。かなり心配をかけてしまったみたい。


「リュカ、痛いわ」


 そう言うと、「ごめんなさい」と慌てて私から離れた。離れた途端、ふと、室内が肌寒く感じた。

 この寒さは――嫌な予感しかない。外の様子が気になる。


「ねぇ、リュカ。少し寒いの。外の様子を見たいわ」


 「あまり見せたくないのですが」とリュカは困り顔で小さいため息を吐いた。

 そんなリュカを見たら、一層不安が募る。


「姉様、立てる?」


 リュカは自分が着ていた上着を脱ぎ、羽織らせてくれた。

 私は、こくりと首を縦に振り、ベットから立ち上がろうとしたけれど、足に力が入らずふらつき倒れそうになり、リュカが慌てて腰に手を回して支えてくれた。


「大丈夫? 無理しないで……」


 その時にリュカがしっかり支える力が強くなっているのと身長が以前より高くなっていることに気付いた。以前よりかなり逞しくなっているような気がする。


「ねぇ、リュカ。あれからどれくらい経ったの?」


 もちろん、私の魂を別の世界に行ってからどれくらいの時間がたったのかを知りたかった。1か月、2か月でリュカの身長はここまで伸びないはず。見るからに10センチ近く伸びているように思える。

 うーん、返答に困った顔をされた。


「……1年ぐらい?」


 私は唖然とした。まさか、この世界に1年も離れていたことに。リュカに魔力量がそこそこあっても、精霊と契約していないリュカが祈りをすると、精霊の力が無い分、魔力、体力の消耗が激しいはず。だから、魔力の使い過ぎでリュカの髪と瞳の色がくすんでしまっていたのね。


「そんな……」

「姉様が気にすることないよ」


 リュカが弱々しい笑顔になる――そこは気にするでしょう。

 リュカと一緒に領地を一望できるバルコニーにでると、一変した景色に自分の目を疑った。


 どうなっているの?


 思い出した以前の景色とはかなり違っているて、肌寒く、空は仄暗く薄霧がかかり、枯れた大地が広がっている。


 私の家系は春の祈りをするのが役目で、リュカは精霊と契約していないけれど、そこそこの魔力量がある。だから、しばらくの間、私が居なくても大丈夫と思っていたけれど、1年は長すぎた。


 これはかなり危険な状態だわ。

 周りを見ても予想以上に草木が枯れて春尽を思わせるほど荒れてしまっている。ここまでになると私の魔力だけの問題じゃないのかもしれない。四人の祈りをする者が、それぞれの魔力で祈り、そのバランスが取れていて、この世界の自然が保たれているのだけど。


「他の祈りをする者は、どうしているの?」

「夏のレオナルド様はエスティバルの領地で、秋のエマ様のお母様はオトナルの領地で、それぞれ祈りをしているけれど……」


 リュカは、私の腰に回していた手に力が入る。


「どうしたの?」

「冬のリアム様は心が壊れてしまっていて、冬を祈りをする役目を果たしていない……」

「どういうこと?心が壊れたって。なぜそんなことに?」


 私は荒れた土地を見渡した。

 心が壊れた――それは、精神状態がおかしくなって、魔力が暴走しているという事だけれど、どうしてそんな状態になったのだろうか?


 それが原因で、祈りのバランスが崩れてこんなに荒れた土地になっているの?


 でも、リュカのように他の領地にも多少なり魔力持ちが必ずいる。冬を祈りをするリアムの姉と妹がそこそこ魔力を持っていたはずだけれど。


「姉様。徐々に気温が下がってきて、草木が次々に枯れてしまった。もう、僕一人ではどうすることも出来ないのです」

「リュカ、ありがとう。あなたが頑張ってくれたから、ここまでの被害で済んだのよ」


 そして何より、今、この状況をなんとかしなければ――。

 私はリュカから離れると、胸の前に手を組み祈りを始める。体中心から温かいものがこみ上げた方と思うと、淡い白みかかったピンク色をした光が、私の体から少しづつ溢れ出し、辺り一面に広がっていく――暖かな春の日差しの様に。


 すると、辺りは春気に満ち、生のある草が、徐々に成長し、ゆっくりと広がっていく。もう少し、あともう少し遠くへ、と心の中で祈る。

 どれくらい緑草で埋め尽くされたかは分からないけれど、ごっそりと魔力を使い込み、立っている事ができずその場にへたり込んだ。


「姉様!大丈夫?まだ無理はしないで下さい」


 リュカが慌てて側に駆け寄ってきて、体を支えてくれる。


「大丈夫よ……」


 私は、もう一度辺りを見回す。少しは緑が広がったように見える。リュカが、目を見開いてこちらをじっと見ているのに気付いた。


「リュカ、どうかしたの?」

「さっきの姉様の魔力の光の色が……なんでもない。見間違いかもしれない」


 リュカが途中で言葉を止めた。

 魔力の光?と首を傾げたが、枯れた大地に春の魔力を流したためか、リュカの髪の色が少し戻ったようにも見える。

 そのことを伝えると、リュカは、嬉しそうににっこりと笑った。 


 その時は、私も気のせいだと思った。以前と祈りの感覚が違うことが――。

  

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