第20話
周防は数分前まで悩んでいたのに、気持ちは早くその白くて長い指に絡め取られたいという衝動で、微かに腰を前に突きだしてしまった。
菜々子はそれがサインだと思ったのか、周防の下着をずり下した。籠っていた熱の塊が外気に晒され一瞬それに反応し、魚が跳ねるように動いた。
菜々子はその動きに驚いたのか、上目使いで周防を見て来た。何故か申し訳ない気持ちになり思わず「すまない」と言うと、菜々子の髪はさっきと同じように揺らいだ。
菜々子の手を見ると微かに震えている。初めてで驚いているのかと思うと無性に愛しく、誰もこんな菜々子を見た事が無いという優越感が周防を包んでいた。
何よりいつも周りを振りまわしていそうな菜々子が自分の前に屈服し、口に咥えながら息苦しそうにしている様子は、組敷いた時よりも征服感があるに違いない。服を脱がし前戯をして菜々子を悶えさせるよりも、一方的に奉仕させているという優越感が更に興奮する要素になっていた。
そっと添えられた手は氷のように冷たく、先程より大きく跳ねた。菜々子は周防のペニスに手を添え恐る恐る顔を近づけてきた。
そして何度も経験してきたあの感覚と菜々子の口内に自分がいる事に、今まで感じた事が無い妙な興奮が湧き上がっていた。
周防は自分が驚くほど早く射精し、勢いで掴んだ菜々子の髪の毛が乱れた。そして菜々子からくぐもった声が聞こえ、直ぐに引き抜いた。
「すまない。ティッシュ。ちょっと待ってくれ」
「大丈夫」
この時に初めて菜々子の顔を見た。潤んだ瞳から零れ落ちそうな雫を菜々子は指で拭い、少し口から出した舌は行為後直ぐの周防を再度興奮させた。しかしぐっと堪えて下着とズボンを引き上げた。
「飲んだのか?」
「はい。その方がいいんですよね? ネットにありました」
「ネットって……」
「予備知識は必要ですから」
立ち上がると菜々子は飲みかけの缶コーヒーを手に取った。喉元が大きく波打ちながら流し込んでいる姿が少し淫靡に見える。飲み干した顔は眉を寄せ何か考えている様にも見えた。
「大丈夫か?」
「――」
「おい」
「え? ああ……すみません。大丈夫です。少し驚いただけなので」
「あのさ、その敬語やめないか? 一つ違いだし」
「え? ええ……」
どこか菜々子はぼんやりしていて、周防の存在を感じていないように思え、先程までのことが無かったような雰囲気を醸し出していた。優越感が一気に吹き飛び、周防は焦った。
「すまない」
「え?」
相手から望まれた事をしたのに自分が謝ることが変なのは分かっていた。だからと言ってすまないという言葉に意味はない。
「いえ。すみません。用事を思い出したので帰ります」
周防が止める間もなく、菜々子は素早く荷物を持って部屋を飛び出していった。
家に戻った菜々子は直ぐに洗面台へ行き、何度も歯を磨いては口を濯いだ。吐き出す唾液が赤く染まり始めても菜々子は止めなかった。
何十分磨いただろうか。洗面所からキッチンにある冷蔵庫から缶ビールを手に取り、一気に飲み干した。少しヒリッとした口の中はまだあの鼻から抜けるような臭いと味、咥えていた感触が拭いきれないでいた。
菜々子には屈辱的な行為だった。噛みしめた唇から血が滲み、力の限り握っていた掌にはネイルの先が食い込みんでいたが、その痛みよりも菜々子が味わった屈辱感の方が勝っていた。カーテンをしたままの薄暗い部屋に、嗚咽のする声だけが静かに流れた。
あれから周防と何度も構内で事におよんだ。
家に誘われた事もあった菜々子は頑なに断り続け、初めてしたあの部屋で周防を何度も飲み込み、相手の反応を見ながらする余裕が出てきていた。その頃には若葉と桜の花びらが地面を艶やかにして、菜々子も周防も進級していた。
学内は祭りのように盛り上がり、新入生をサークルに勧誘するビラや声掛けが頻繁に行われている。
大学での周防は、菜々子を自分の彼女だと周りに思わせるような態度を取っていた。菜々子の時間割をいつの間にか把握し、昼食や空き時間には忠犬のようにやって来る。そして周防が周りからの視線に酔っているのは見てとれた。
ただし周防の態度は大学内だけで、そのうち使い道があるだろうと特に突き放すことなく周防を側に置いていた。
「菜々子。映画を見に行かないか?」
「どんな?」
「ホラーサスペンス? これ」
周防はすでに就職が決まっていて時間を弄んでいるのか、最近では頻繁にメールや電話が鳴っていた。
菜々子は差し出されたチケットの題名を携帯に打ちこみ、内容を確認する。
「私、こういうの好きじゃないわ。悪趣味だと思わない?」
ネットの書き込みには、内容が思っていたよりグロかったなど、中にはネタばれと称して詳しい内容が書き込まれていた。
「なら違う映画はどうだ?」
「ごめんね。私、忙しいの」
しつこく粘ろうとする周防を黙らせる為、携帯を弄っている振りをした。
チャイムが鳴り、二人がいた談話室も人の出入りが慌ただしくなる。
「菜々子、次は講義だよな? 俺はもう今日の予定はないから待ってる」
菜々子は途中、着信があったメールに釘づけになっていた。
今日の講義は単位の心配もなければ、必修科目でもない。菜々子は時間を確認し急いで荷物を纏めて直ぐ相手に返信をした。
「そんなに急がなくても大丈夫だろ?」
「え? ああ……私、今日はもう帰るわ。それじゃ」
「え? おい! 何処に行くんだ?!」
周防の物言いに少し苛立ちながら、菜々子は駅へと急いだ。
四十分ほどで王子駅に着いた菜々子は、改札を出て当たりを見まわした。直ぐにあの黒い国産車を見つける事ができた。運転手が車の脇に立って目立っていたという方が正しいかもしれない。
「愛果様、どうぞ」
開けられた後部座席に乗り込むと、ゆっくり車が走りだした。
車は住宅街に入って行き、進むにつれて家が大きくなっていく。その中でも目立つ大きな玄関の前に車は着けられた。
「扉が開きましたら、中へとお進み下さい」
降りると車は何処かへ走り去った。
黒いシャッター周りにはタイル張りの壁と、脇には監視カメラが訪問者を睨んでいる。シャッターが自動で開きはじめ、言われた通り中へと足を進めた。
通路の両脇に砂紋が玄関先まで続いていた。その砂紋の中に緑の孤島が浮かんでいる。
玄関の前まで進んでいくと浅居が急に脇から姿を出してきた。菜々子の体が少し跳ねあがる。
「浅居さま!」
「来たか。こっちだ」
菜々子は言われるままに後を付いていき、盆栽が飾られた広い庭に出た。その奥に母屋とは違う小さな離れが見える。
「今日は家の者は全て出払っていて、丁度よかったんでな。急だったが愛果ちゃんも予定はよかったのかい?」
「ええ。大丈夫ですよ。それにしても年末以来ですね。お店にも全く来られなかったので、何かあったのかと思っていました」
「何かあった。と言えばあった」
外の空気は少し肌寒かったが、照りつける太陽が眩しかった。浅居が菜々子に向けて笑い、奥にある銀歯がキラリと反射し少し不快になった。菜々子は感情を表に出さずに笑い返した。
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あとがき
どうも作者の安土朝顔です。
いつも読んでいただきありがとうござます。
この作品は第45回横溝正史ミステリ&ホラー大賞に応募しています
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どうぞ♡や★を入れてもいいよ~という方は、どんどん♡や★を三つほど入れてくださいませ!よろしくお願いします。
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