第6話

 二〇〇九年 冬


 講義が終わり一コマ分空いた時間を、朝に購入した経済ジャーナルを読みながら大学のカフェテリアで過ごすために移動してきた。


 飲食業界のイケメン風雲児と銘打ったまだ若い男性の顔写真が、表紙を飾っている。整えられた眉は細くも太くも無くナチュラルに仕上がり、二重のくっきりとした大きな目に、少し夏の名残りがあり程よく小麦になっている肌。


 よく雑誌では、美人がいる店。美男子がいる店と特集されているのを見るが、半数近くは美意識の差を思い知らされる。しかしこの男性は中の上くらいだった。


 大学二年の終わりも近付き、早い学生はすでに就職活動を始める者もいる。荊木(いばらき)菜々子(ななこ)は急ぐ気持ちは無かったが、この経営者を見た時に、全てが決まったように思えた。


 円形状のカフェテリアの天井はドーム状になって高く、メープルシロップのような木目で床も統一され温かい雰囲気だ。席も街中にあるカフェのようなテーブルに椅子、場所によってはソファも置かれている。


 すでに講義が始っているので、広いカフェテリアは閑散としていた。菜々子は早めの昼食を取りつつ、窓際の席に座った。外にもテラス席は置かれている。


 十二月に入って使う生徒はほとんどいないが、たまに白い息を吐きながらホットコーヒーを飲んでいる物好きもいた。服を着こみながら話している女子学生を、理解出来ない気持ちで菜々子は見ていた。


 四人がけの席にコートとマフラーを掛け、鞄の中から雑誌を取り出した。ホットキャラメルラテを片手に、ページをめくっていく。


 特集を組まれている社長の名前は赤松(あかまつ)玄一(げんいち)といい、外食産業で名を上げた人物。彼の父親はフランチャイズで弁当屋を経営し、一方で母方の祖父が細々としていた立ち飲み屋を掛け持っていたが、居酒屋の切り盛りは実質母親がしていたようだ。


 しかし父親の弁当屋は近くに次々と出来たライバル店に押され、借金を抱えて廃業し失踪。頑張れば何とか返せる額ではあった。居酒屋を売れば少しは返済が楽になると手放そうとしたようだが、玄一が今まで以上に店を手伝うからと反対。


 なるべく安く食材を仕入れる為にトラックを走らせ、仕込みを手伝い、これを機に経営に首を突っ込んだのが始りだと書かれている。どうすれば金を稼げるか。


 今まで何も考えずに店を手伝っていた玄一は、客の話しの中にヒントがあるのではと考える様になり、積極的に会話を始めた。そこで思いついたのが、違った形の立ち飲み屋だった。


 それまでのイメージは、古臭い中年が集まる場所だったのを若者向けに店を作った。自分で資金を作り都市部の駅の少し離れた場所に最初の店を構えた。


 ポップな店内には、高い円卓。料理はイタリアン。もちろん酒も各種揃えた。記者の質問に、「失敗すれば借金が膨らむ可能性があったのに、怖く無かったですか?」とあった。その答えに、

「怖くは無かったですね。絶対に成功すると確信がありました」


 よく成功者が口にするセリフが書かれていた。玄一はその店を皮切りに事業を広げ、今や安価な店だけでは無く、高級料理店も何店か出店していた。昨年年商は十億近くに上ったという。


 特集は五ページに渡り、写真も数枚掲載されていた。菜々子は写真の玄一をそっと撫でた。耳たぶにはピアスのような黒々とした特徴的なホクロがあった。


 インタビュー記事は、赤松玄一のプライベートの話題で締めくくられていた。


「社長はまだご結婚されていないんですね? ご予定は?」

「もう直ぐ三十歳になるので、いい相手がいれば、ですかね」


 とありふれた文で纏められていた。

 年収が億だろうと思われる男がまだ結婚をしてない。これを読んだ女性は自分にチャンスがあると思うだろう。菜々子もその中の一人だが、少し違った。赤松玄一とは運命で結ばれていると確信をしたからだ。


 菜々子は片手に持っていたコーヒーに口を付ける。キャラメルの甘い味とコーヒーの苦みが混じり合って、お菓子のような液体が喉を通って胃に入って行くのが分る。


 体はカフェテリアの暖房で温まっているが、体内は外の空気のように冷えていた。また一口飲むと、体の中で溜まったコーヒーが、温かな小さな波を作りながら派生している。


 ふと周りを見ると、広い場所で席が余っているにも関わらず、菜々子の席から近い距離に点々と男子学生が座っていた。いつもの事だった。


 この大学で一番いや、創立以来の美人だと噂されている菜々子。小学校高学年頃からその気配は現れ、中学二年の半ばには花開いたが、周りは一歩引いた場所に居るだけで近づく同級生はあまりいなかった。


 同じ歳にしては大人びた顔に仕草。落ち着いた雰囲気。長い黒髪は今と変わらず黒曜石のような艶やかさを放ち、白い陶器のような肌と華奢な体つき。


 百合の精が間違って人間に生まれてきてしまったように凛とした佇まいは、何故か一歩を踏み出させる勇気を持たせなかった。両親が事故で亡くなり、子供が出来なかった荊木家に引き取られたという境遇が、光だけではなく陰影を持たせる材料となって一つの魅力となっていた。


 話しかけてくる同性の同級生はいつも遠慮がちで、男子は菜々子を一瞥して目が合うと、耳を赤くして反らしていた。たまにその聖域のようになっていた一歩に踏み込んでくる男子もいた。


 例えば「好きです」など、好意を言葉にして言ってくるのだが、それだけで何があった訳でもなかった。なぜなら菜々子が「ありがとう」というと、男子は足早に去っていくからだ。


 高校は地元の公立に進学するつもりだったが、伯父夫婦がその容姿で思春期真っ盛りの男子がいる場所に入れるのは、狼の群れの中に羊を放り込むものだといい、女子高に通う事になった。


 面倒を見てもらっているという心苦しさと、金銭面もあって辞退を申し入れたが、お金に関しては実の両親が残したものがあるから心配はないと言われ承諾した。


 女子ばかりの高校でも中学時とは環境はほとんど変わらなかったが、いろいろと奉仕をしてくれる人間が増えた。


 例えば風邪で学校を数日休んだ時などは、何も言わなくてもノートを貸してくれた。菜々子がゴミ当番の日は、捨てに行く時間にはすでに中は空だったし、たまに忘れ物をすると違うクラスの生徒が貸してくれる事もあった。


 日直の時は、黒板を消す前に違う生徒が消してしまう。自分の仕事だからと言っても、「汚れ仕事だからいいの」と言われてしまう。


 だからと言ってその上で胡坐をかいていた訳ではなかったが、周りが先に先に終わらせてしまうので結局は動かずに済んでしまっていた。


 だから菜々子は周りが望んでいる事をして応えるようにした。ハンカチを忘れた同級生をトイレで見かけた時は、貸してあげた。


 もちろんそれは違う新しいハンカチとなって後日、手元に戻って来る。ストローが付いたままのジュースの容器を机の上に置いて、そのまま席を外す。机の上の容器は無くなっていて後でゴミ箱を見ても無い。


 菜々子を崇拝する生徒が、戦利品として収集しているのを知っていた。崇拝まではしていない生徒も、菜々子の美容にあやかろうと手にする者もいた。それをネットで書き込んでいる生徒がおり、たまたま見つけたのが知るきっかけだった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

あとがき

どうも作者の安土朝顔です。

いつも読んでいただきありがとうござます。

この作品は第45回横溝正史ミステリ&ホラー大賞に応募しています

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