第7話 目覚め

「お嬢様!一旦建て直します!!」


 使用人はイエナを抱えるとすぐさま家の方に駆け出して行った。それを見た奴隷達も必死に家の方に逃げていく。司もまた逃げようとした。しかしそれは叶わなかった。


「どこに逃げる気だ?」

「私たちから逃げられるとでも?」

「ワン!ワン!」


 巨大なケルベロスが大きく飛び、奴隷たちの前に立ちはだかる。3頭の頭が別々に話しかけてくる。奴隷達はその様子にもう逃げられないことを察したのかその場に膝から崩れ落ちるものや、逃げ道を探すものなどまちまちだった。

 司はとりあえず4番を守るように傍に立つ。


「お前ら!こいつらは俺たちが殺るからてめぇらは中の人間やれ!」


 真ん中の頭が他の犬たちに叫ぶ。指示に従う魔物の犬、魔犬達は屋敷の中に侵入していく。ケルベロスは指示が通ったことを確認すると今度は司達に向き直る。


「まずはそうね。つまらなそうな人間はいらないわ」


 右の頭がそう言うとケルベロスは膝から崩れ落ちていたものたちを叩き潰した。辺りに血が撒き散らされ、一瞬で絶命している。作業のように命が消えて行く中、司は走った。


[あなたは元々優しい人だよ。でも優しいと生きていけないからそうなってしまっただけ。あなたなら今からその手で沢山の命を救えると思うの。]


 美優と知り合って少しずつ話すようになってから司が言われたことだった。その言葉を聞いて司は彼女のことを綺麗だと思った。色褪せて見えた世界に色がつき始めたのはこの頃からだろう。

 彼女と話すのは罪悪感があった。だから少しでも彼女の横に立っても恥ずかしくないように頑張ろうと思った。今の段階でもうハンデが大きかったから。


 奴隷が殺されるのが我慢ならなくて、自分は無力だとわかっていても走り出すのをやめられなかった。だがケルベロスにはただの雑魚がこちらに向かって走ってきたようにしか思えなかった。軽く手を下から突き上げ、司の体は宙に浮いていた。


 血を撒き散らしながら辺りを見渡す。4番は泣きそうなのを堪えながら宙に舞う司を見ている。奴隷達はみんな絶望した顔で俯いていた。ケルベロスは笑っている。だが司にはもう音が聞こえない。何回も回転しながらやがて司は地面に叩きつけられた。

 体がどこも動かない。おそらく骨がやられているのだろう。立ち上がることも出来なさそうだ。


(ふざけるなよ...まだ家族に会っていないんだ......)


 体が動かないが司が思うのはいつも家族のこと。まだこの世界で何も成し遂げられていないのだ。だが現実は残酷で王には奴隷として売られ、買われた先では身も心も壊されるような毎日。


(なんで俺はこの世界に...)


 前の世界とは違う世界、神様がいるのならこれは神の仕業なのだろう。司は全てが憎くて憎くて憎くて憎くて...。


(ああ、馬鹿みたいだな。)


 ケルベロスは司を殺したと思ったのだろう。今度は奴隷達に何かを話しているらしい。だがもう聞こえない。ただその代わりに司の中で黒い何かが動き出す。


 だいたい馬鹿みたいだろ。美優と並びたくて善人ぶっても過去のことは消えないと言うのに。もしあの時、初めてこの世界に来た時、自由に動いていたらもっと別の未来があったのかもしれない。あの時に周りのものを殺していたら変わっていたかもしれない。


(ああ、酷く不快なんだ。)


憎くないと言えば嘘になる。だが今はそこまで王やイエナが憎くない。ただただ存在が不快だった。それはずっと顔の辺りを飛び回る羽虫のような...。

 黒い何かが突如として司の体に集まっていく。その異変にいち早く気づいたのはケルベロスだった。先程まで楽しんでいたのに段々と焦った表情になっていく。


 邪力は魔物達が操れる力だ。命を奪う力がある。そして魔物たちは邪力の影響を受けて生まれた存在。故に邪力を感知するし、邪力の量が単純に力の差にも繋がっていた。司に集まるのはありえないほど大きな邪力、その大きさは現在ケルベロスが所属している魔王軍の魔王代理よりも大きなもので...。


 地面に仰向けで倒れていた司は背中の方から浮き上がり立ち上がる。その様子は人間ではありえない立ち方で全員が息を飲む。


「………人間も、犬も、この世界も...不快だなぁ」


 司に集まっていた邪力が一気に放出された。感知した魔物たちはケルベロス含め、一瞬動きが止まる。人間たちはどこか息苦しさを感じた。

 司が左手で自分の首輪を触る。すると首輪は風化したかのようにボロボロと崩れ落ちてしまったのだった。


「さて、とりあえず自由にさせてもらうとしよう」


 その場では司の解放されたような高笑いが響き渡る。この世界に来て初めて感じる自由に司は感謝をしながら歩みを進める。まずはそうだな、命を奪おう。

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