第17話 私の死因
「ごめんなさい、ちょっとお腹痛くて、お手洗い行ってきても良いですか」
「もちろん。待ってるね」
女の仮病は女にはバレる。分かっていても止められないのが、吐くタイプと漏らすタイプだ。その場が汚れるのはみんな嫌がる。歌舞伎町はちょっと特殊だから別として、今までこれで凌げなかった場面はない。
個室のドアをバタリと閉めてから、ハァァァァァと長い溜め息をついた。一生分出したかもしれない。勢いよく吸い込んだ鼻腔の中には、トイレ特有のかぐわしい香りが充満してきて、思わずむせた。
(どーすんの。思ったより相当ヤバいよ、ミカさんっていうかミカちゃん)
これで人違いでしたー! なんてことになったらハッピーエンドなんだろうけれど、酔った勢いでメンクリ通いの旧友の家に連れ込まれるような女の末路だ、ロクなもんじゃないのはハッキリしてる。
彼に直接聞く、のはムリだ。どんな反応するか分からないし、そもそもミカは私だ。多分だけど、本来のミカちゃん、つまり白井実花はコグレ君の中のミカちゃんとは違っている。中辻君を毀したのが白井実花であっても、コグレ君の記憶に彼女はいない。
面接での受け答えではぶっ飛んだ印象は一切なかった。酒や薬の力で歪んでいるわけじゃない。生まれついた性質として、既に崩壊した部分を持っている。
(でも待って。あんなに愛してやまないなら、なんでミカちゃんはコグレ君に逢いに行ったりしてないの)
即返するのが当然のことでしょう? と反応するような性格なら、常に傍に置いておかなきゃ発狂しかねない。だけど、コグレ君がミカちゃんに張りつかれて困っているといった印象は受けない。
別人、なのか。
(危ない橋を渡るの?)
アイセは後ろではなく、個室のドアの前に立っていた。
――そうだ。両親から「正しい」愛をもらっていても、不満は溜まるのだ。そして、どうしようもなくなる時がやってくる。
「大丈夫。多分だけど、もう勘でしかないけど、変なことには、ならない」
トイレから出て、アフロディーテの彫像のようなミカちゃんの前に再び座る。
「ごめんなさい。待たせちゃって」
「ううん」
「えっと……ミカちゃんの話を聞いてたら、どんな人なのか、二人の写真を見たいなあって思ったんです」
ほぼどんなパターンでも私にダメージは来る。受けるべきなのかどうかもよく分からない。でも今、私を突き動かすものは、ミカちゃんと同じで、全く違う、愛だ。
「待ってね、とびっきりの一枚を探すから」
長い長いスクロール。小学校から今まで、どれだけの歳月と時間を、彼に費やしてきたんだろう。何があって、二人は破局してしまったんだろう。
それを紐解く行為は、ただの自傷でしかないのだとしたら、私は何のために――愛のために、ううん、そんな崇高な言い訳はやめるんだ。私が知りたいから。そんなちっぽけでつまらない理由で、人は簡単に死ぬ。一度目の爆発で人を集めて、二度目の爆発でより多くを巻き込む。そんな爆弾事件の手口を思い出した。人は知識欲のために開ける必要のない筺(はこ)を開けて、無惨に死んでいく。
二人を引き裂いたのも、そんな理由だったのだろうか。
「これ」
そう、だよね。
分かっていた。
分かっていたよ。
〝バァン〟
(中辻君――私、人の指で作った銃でも、殺されそう)
彼の部屋にあった写真。貼られたシールの下。
そこにいたのは、白井実花だった。
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