第15話 ブザーとピリオド

「ここで再会したのも何かの縁だと思って、せっかくだから少しお茶でもして帰りませんか?」

 もし仮に私が男だったとしよう。この子に惚れずにいられるだろうか。いや、男だったらこの誘いがない、ないんだろうけれども。だったら私は女に生まれてバンザイか? いや、そりゃ女が女を好きになるのも分からなくはないっていうか……。

「はい……」

 闇が光に照らされて「いいえ」と言えるものか。答えは「はい」か「イエス」だ。あるいは「ウィ」。

 そんなわけで、何を喋ったかすらあやふやな、隣に美の女神がいる集団面接を終えた後のお誘いを断れず、駅前のタリーズで今度は正面対峙。

 完璧なEラインの横顔を散々拝んだから改めて思うけれど、正面からだとさらに圧力が強い。

「今日田中さんが一緒で本当に良かったです」

 美人が言うと何から何まで美しくなるからすごい。もし仮にシンデレラがブスだったら、どんなに気立てが良くても、魔法使いのおばあさんは来なかったんだろうな。来たとしても、王子のお眼鏡にかなわないか。

 田中愛世、御年二十一。氏名は足して二で割って平均値。親の年収は日本国民の平均年収ピッタリ。この年まで告白したことはナシ、告白まがい(罰ゲームだと後で判明)が一回と「顔が好きなんです!」という思春期真っ盛りの本音ダダ漏れドン引き野郎が一人。

 さて。私の何が白井さんにヒットしたのでしょうか。

「し、知り合いが一緒だと、心強いですよね」

「もう私たちってお友だち同士で良いと思うんです」

 距離の詰め方がエグいて。思わず心の中のエセ関西弁風ツッコミが出てきてしまうやないか。

 目の前に美神がいると、常人の情緒は狂い果ててしまうらしい。

「大学生になると、急に友だちか友だちじゃないかのラインって微妙になりますよね」

 陰キャの私は、相手の話を適当に受けて微妙にそらしていく方向に舵を切ることにした。話していて面白くはないだろうけど、どうせこの子に好かれたところで、私の人生に素晴らしい何かが訪れるはずもない。

「お話ししてみて、一緒にご飯を食べられる仲なら、もう友だちだと思いますよ、私」

 相手の 陽キャには 効果が ないようだ……。

「じゃ、じゃあ、私頑張ってミカちゃんって、よ、呼んでみようかなぁ」

「ふふ、じゃあ私も愛世ちゃんって呼ぶことにするね」

 ああダメだ、着実に一手先を行かれる、最初から遠く及ばないのに、同時にスタートしてなお先を越されたら、どうしようもない。そんなに綺麗にタメ口でいけないし、「愛世ちゃんもタメ口でいいよー」とかがないのがまた、私にリードさせない、何だろう、仲は良くても、相性が悪くてたまらない。そんな感じだ。

「実はね、今日の会社、あんまり自信無かったの」

 ええて。顔パスやて。どこも。

 頭上に怒りマークが出ていないか不安だ。

 面接官が全員あなたより不細工じゃない限りは通りますよ。いや、役員に一人でも男がいれば、もう合格。なんなら新採用一切とらない予定だとしても応募資格もらえますって。

「ここのところね、カレ、冷たくて。そのせいかな、私も何か上の空っていうか、就活にもあんまり力が入んないなあって感じなの」

「ミカちゃんに構わないって、どんな贅沢な人なんですか」

 聞くよね。そりゃもう聞くよね。小学生からの付き合いだとしても、このレベルの美人を逃したら死ぬほど後悔するって分からないのは、何だ、もう涸れてるんじゃないか。

 あ、でも、意外と美人と付き合ってるカレシが妙に不細工な子と浮気するって話、漏れ聞こえる。高級食材も食べ続けていたらいつかゲテモノに手を出したくなるんだろうか。

「束縛きつくしちゃったりしてるのかな、私。意識してメンヘラなムーヴかまさないようにしてるんだけど」

「れ、連絡の頻度はどれくらいなんですか」

「即返しないの?」

 首を傾げると、さらさらの黒髪が綺麗に揃って垂れる。が、言葉の氷結っぷりが強すぎて一歩引いてしまった。

(引き返すべきだよ)

 ウサギのぬいぐるみを抱いたアイセの声がする。

 何だ。ティーカップを両手でつまむように飲むミカちゃんは確かに可愛らしいはずなのに、目に見える地雷系よりも遥かに危険な爆弾に思えてきた。

「そ、そうですよね。返事は速い方が助かりますよね」

「だってカレは特別だもん。他の人にはそうしないよ」

 持つべきものを持って生まれてきてさえ、人はまだ欲するんだろうか。

 私は素直に知的好奇心に従った。「行っちゃダメ!」とアイセに服の裾を掴まれても。

「ミカちゃんをそこまで虜にするカレシさんって、どんな人なの?」

 閉じられていた瞼が開く。

 見知った眼。

〝はい、これがうちで一番カッコいいって専ら評判のイケメン君ッス〟

 あの眼だ。

 生きる希望を全て失った、何も映さない目。眼窩に眼球を入れただけの、紛い物のような目。

「カレはね、私に世界を教えてくれた人なの」

 劇場で公演が始まるブザーが鳴るのは、開演を報せるためか。いや、ここから先は動くな、という警告ではないか。

 全て見終えるまでは、そこに留まれ、と。

「生き方も、考え方も、全部、ぜーんぶ」

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