第7話 アドバイス

 私は数少ない友達と居酒屋に呑みに来ていた。この前の反省もあって、今日はカシスオレンジをちびちび呑む程度に抑えている。

 酔った勢いで変な行動に出るとは思わないけど、今抱えているストレスがどんな形で顕れるかは正直なところ、分からない。それほどまでに就職活動の重みは無視できないと思った。普段なら気にならない物事が、どうしようもなく無視できなくなったり、逆に好きなものが興味を持って受け止められなくなっている。ずっと追いかけていたバンドのグッズが期間限定で受注していたというのに気が付けなかったのは、これまでの私からすれば異例中の異例だった。

「はぁー、あの愛世が男とねぇー」

「別に何もなかったんだって」

 鹿児島育ちの花奈はさっきから熱燗をハイペースで呑んでいるというのに、顔色に変化が全く見られない。そういえば、私はあの日、いったい何を呑んで泥酔したんだろう。吞んでいたものすら思い出せないというのは、本当によっぽどだと思う。

「男が泥酔した女連れ込んで本当に何もしないなんてことあると思う? まあ、呑みすぎて勃たなかったって可能性ならなくはないか」

「もう、やめてよ。いくら居酒屋だからってきつい下ネタ放り込んでくるの」

「そんなに気になるなら病院行けば?」

 私はここまで直球の発言は得意ではない。とはいえ、この話題を持ちかけたのは私の方だから、やめてとも言いづらい。オブラートに包んでくれれば何よりだけど、花奈に頼むのは無理だ。

「まあ、そりゃそうだけど……」

 彼のことを思えば、何もされていないと思いたかった。衣服の乱れだってなかったし、パッと見た感じ、爛れた生活を送っている人物には見えなかった――いや、そう思いたいだけなのかな。

「で、実際のところ、その彼とはどうなりたいわけ?」

「えっ」

「こうやってうちを誘ってまで話したいわけなんだから、よっぽど彼のこと気になってるんでしよ」

「でも、名前一つ知らないし……」

「だけど家には行ったわけでしょ。場所くらいは覚えてるでしょ」

「高円寺の近くだったと思う」

「ふーん」

 ちょうど店員が焼き鳥を持ってくれて来てくれて、ちょっと気まずい空気が晴れた。

「愛世がそんなに気になっている相手がいるんだったら、もうちょっと思い切った行動に出た方が良いと思うの。ほら、高校の卒業式だって、結局半井君に告白できず仕舞いで、数日間泣きっぱなしだったじゃん」

「それは……そうだけど……」

 今から思えば、別に何てことはない片想いの相手。そんなにメソメソするようなことは、なかった。

 ミカさんと誤認している話はまだしていない。あまりに突拍子のない話だし、いくら数年来の付き合いだとはいえ、彼とは関わり合いにならない方が良いと言われるのは目に見えていた。

「ね、ねえもしもの話なんだけど、花奈が全然別人に間違われてて、でも相手は自分の好みの顔で、性格も良くて、間違いなく幸せな毎日が見込めそうだったら、訂正せずに別人のフリしちゃう?」

「何その具体的なシチュエーション。んー、でもうちだったら、とりあえず付き合ってみて、様子見するかな。別にそういう変な奴じゃなかったとしても、友達としては良くても、恋人としてはゼンゼンってことってあるじゃん? だから、よっぽど変な奴じゃない限りは、お試し感覚に付き合ってみるのはアリだと思うんだよね」

 お試し感覚で付き合う。

 私にはそんな発想は抱けない。簡単に言うことはもちろん、簡単に受け容れることも。

(あれだけミカさんに固執する彼がそれを良しとするだろうか――あっ、そうか、今は私がそのミカさんなのか……)

 彼は私にどうか赦してくれないかと懇願していた。私の好きにしたら良いとは言ったものの、それはちっとも本心ではないだろう。

 もう関わらない方が良い。心のそこではそう思っているはずなのに、私はもっと彼について知りたくなっていた。

「そう、だよね。お試しなら、別にそんなに傷付かないよね。友達にはそうアドバイスしておくよ」

「大抵こういう時は自分についての質問なんだけどな」

 また店員さんがやってきて鶏の釜飯を提供してくれたおかげで、私は花奈の最後の言葉を聞き取れなかった。

 彼には悪いけれど、彼を知るためにも、私は彼に接触を試みることに決めた。

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