第6話 疑念

 あれから数日。世界は何事もなかったかのように過ぎていった。

 彼とすれ違うこともなければ、就活の疲れで家のベッドに倒れ込むような日々が続いていた。手応えはもちろんない。何社も何社も受ければ受けるほど、「我が社を志望された動機について教えてください」への答えが「前の会社に拾ってもらえなかったので」になりそうになる。

 初めは憧れの業界・業種があったのだ。だが、自分より優れた学歴、麗しい容姿、深い努力、重い熱量に勝てない。

 ――あなたの代わりなんて他にもたくさんいるから。

 誰に言われたわけでもない。ただ、ある日の夢にそう口にしてくる面接官が現れた。その朝のシーツは寝汗でぐっしょりだった。

 私はまた大学のカフェテリアに来ていた。スーツ姿の人間を見たくないから喫茶店には入りたくないし、家にいれば就活に関する資料が乱雑に置かれていて落ち着かない。

 馬鹿騒ぎするモラトリアム真っ只中の同級生たちを、当時はあほ臭、と見ていたけれど、今は微かな憩いになっていた。人間ってなんて身勝手な生き物なんだろう。

「あの」

 声をかけられて、ドキッとした。

「隣、良いですか?」

 お昼真っ只中だから、カフェテリアはほとんど席が埋まっていた。だからといって、こんな偶然――

「白井さん――」

「あれ、私たちって、お会いしたことありましたっけ?」

 キョトンとする彼女。当たり前だ。私が一方的に知っているだけなんだから。

「あ、ミスコンで有名な方なので」

「あー……そっか。それで有名なんですよね。私からしたら、嬉しさ半分、面倒臭さ半分ってところなんですよね。あ、ごめんなさい。つまらない愚痴言っちゃって」

「いえ。このご時世に、まだ、美男美女のコンテストやってるなんて、時代錯誤だと思いますよ」

「まあ……世間ウケはそんなに良くないと思いますけど、観てる側からしたら結構心の安らぎだったりもするんじゃないですかね。って、いつの間にか私が擁護する側に回っちゃってますね」

「私も別に反対派じゃないですよ。喜んでやってる人だっているでしょうし。この世からそういうのが全く消えたら、ドラマに出てくるのは演技が上手いけれどずっと見ていたくもなれない人だけになって、何となくチャンネル変えちゃうかなって」

「それはあるかもしれませんね」

 クスッと白井さんが笑った瞬間、ふと良くない可能性に思い当たってしまった。

 本当にそれを実行して良いのか逡巡する。でも、私はこの白井ミカさん仲良くなりたいというか、後ろめたさを抱えたまま接していたくはなかった。

「やっぱりミスコン出られるくらいなら、引く手数多なんです? 男を取っ替え引っ替え〜、みたいな」

「そんなまさか。これはちょっと恥ずかしい話なんですけど」

 白井さんは私に向かって耳打ちした。きっと高いだろう香水の香りがふんわりとした。

「小学校からずっと一途に付き合い続けているカレがいるんです。あ、内緒ですよ。ミスコン運営に気付かれたらうるさいですから」

 言えるわけがない。でもそれ以上に私は安堵していた。白井さんとミカさんは無関係。それが分かっただけで、ほっと胸を撫で下ろさずにいられなかった。

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