第5話 誰

「ねえ知ってる? 白井ミカって」

 暇つぶしに座っていたカフェテリアから漏れ聞こえてきた名前にドキッとした。ミカなんて田中と同じくらいどこにでもいる名前のはずなのに――現に友だちに何人もミカはいる――、彼にとっての唯一無二のミカさんなんじゃないかと思えば、耳をそばだてずにはいられなかった。

「今年もミスコン優勝間違いないって」

「ってか、ミスコンなんて時代錯誤じゃない?」

「でもさ、ないのもつまんなくない? 実際美男美女でうちら恋人選んだりするじゃん。代わりにブスコンでも開いたら満足なわけ?」

「それは言い過ぎだって……でも、まあ、美しいものを見たいって気持ちはあたしも分からなくはないかな。女子はともかく、イケメンは知っておきたいし、連絡先もゲットしたい」

 何だ、下らない女子トークかと思って興味を失いかけた途端、

「この子、めっちゃ可愛くない? キレイとカワイイを足して二で割らない感じ」

「無敵じゃん」

 私はどうにか彼女のスマホを覗き込もうとした。けれど、脇見防止の保護フィルムが貼ってあるのか、斜めからの角度では縞模様しか見えなかった。

(そもそも、それがあのミカさんだって限らないわけだし、私、何必死になってんだろう……)

「ねぇ、もしかしなくても、あの子だよね」

 ミーハーな方の子が指差した先、カフェテリアの自動ドアを抜けた先に、まさに「キレイとカワイイを足して二で割らない感じ」の美人が歩いていた。

「そうそう、あの子、あの子が白井ミカ」

 太刀打ち出来る要素はなかった。遠くから見ているというのにハッキリと分かる二重まぶたに、どうやったらそこまで白くなれるかという細くて綺麗な腕。すらりと伸びた脚ながら、決して男に気後れさせない程度の程良い身長。完璧という言葉を冠するに相応しい人間がいるとしたら、まさしく彼女以外にいないと思った。何でも持っているようなオーラを放っているというのに、クリーム色のCOACHのバッグにおそらく地毛だろう黒髪。巻いたりもしていないし、気取った感じもしない。

 白井さんは私たちから少し離れた場所に座ると、小さなペットボトルを出して一口だけ飲むと、銅色のパソコンを出して、ゆっくりとキータッチを始めた。思い出したかのようにクリアファイルを出すと、授業のプリントらしいものを広げ、眺めてはパソコンに向き直って作業を進めた。多分、私より年下だろう(そもそも四年生はミスコンなんてエントリーしない)。

(あの人が彼のミカさんなんだろうか)

 とても彼と衝突する人には見えない。でも、人間がどんな豹変をするかは分からない。ましてやここは衆目がある場所だ。取り繕うなんて簡単だ。

「性格まで良さそうだね」

「天は二物どころか百物くらい与えてるんじゃない?」

 再び二人の会話が聞こえてきた。

 確かに傍目には完全無欠な存在に見える。彼の隣に立っていたとしても見劣りしないだろう。

 ――ドキッ。

 刹那、私は感じたことのない感覚に襲われた。

「あんな子と付き合える奴なんてどんな奴なんだろーね」

「でも意外とああいう子に限って造形が良くない人と一緒だったりするよね」

「審美眼だけカミサマ付け忘れたりしてたりしてね」

 私はもう、白井さんのことなんてどうでも良かった。

 彼の隣に立っていた「ミカさん」。それが誰なのか、あの写真、シールで隠された顔の下を見たくてたまらなくなっていた。

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