殺人「奥の細道」
ナリタヒロトモ
第1話
前科二〇犯、国際指名手配を受けている松尾バショウは江東区隅田川沿いのアジトを後にすることとした。
しばらく東京に潜んでいたが、ついに組織の手が伸びてきたのだ、
しかしバショウは元の流浪の生活に戻ることに何故か、心惹かれた。
かつて革命闘争に身を投じ、その後レバノンに移り、日本へまた戻ってきたが、もうバショウも年をとった。革命のためには手段を択ばないという組織の教義は裏切りに次ぐ裏切り、内ゲバ、集団リンチへと発展し、もはや何のために戦ってきたのか、バショウには分からなくなっていた。
そして今バショウを追っているのは警察ではなく、かつて命を捧げた組織だった。
組織の機密事項を知ったバショウは組織にとって単なる口封じ対象であった。かつて自分がそうして来たように、バショウは殺される側になったのだった、
まだ3月の、肌寒い夜のことであった。バショウを兄貴と慕う立川ソラを伴って、バショウの、おそらく人生最後の逃避行は始まった。
ここでバショウは一句読む。
☆草の戸も 住み替はる代ぞ 雛の家
「どういう意味ですかい?」とソラが聞く。
「渡世人に終の棲家はないってことさ」とバショウは笑って答えた。
バショウは都営大江戸線森下駅から上野御徒町駅へと行く。そしてJR上野駅までを歩いていく。アメ横からを抜けてガード下を歩き、JR上野駅正面コンコースへと行く。
ガード下にかつて浮浪者であふれていた町は今やオフィス街となっている。
あの浮浪者たちはどこに行ったのだろう。まさか背広を着て、サラリーマンになったわけでもないだろうに。きっと人の目につかないところに集められ、ここに戻れないようにされているのだろう。
ここでバショウは一句読む。
☆行く春や 鳥啼き魚の 目は涙
「どういう意味ですかい?」とソラが聞く。
「どんな人間でもいなくなれば寂しいってことさ」とバショウは笑って答えた。
JRで東北へ逃げようと思ったが、何か視線を感じ、そのまま昭和通りを歩いて、言間通りをまっすぐ東へ浅草寺へと向かう。
追っ手はつかず離れず正確に2人の後をつけてくる。
(どこかで殺すしかあるまい)とバショウが目で合図し、ソラも目で答えた。
2人は浅草から東武スカイツリーラインに乗ると北上を始める。北千住を通り、谷塚を過ぎたころだった。
2人の男たちが寄ってきて、「降りな」と言った。2人のポケットに拳銃のふくらみを感じたバショウとソラはうなずくと草加で降りた。
2人の男たちはいかにもヤクザといういでたちでポケット越しにバショウとソラを狙い、東口を出て、防災広場へと追いつめていく。2人は間にソラを抱える形で立ち、男Aがソラの首にナイフを突き付け、男Bがバショウに拳銃を向けた。人気の少ない公園で、すでに拳銃を隠そうともしなかった。
「悪いな。あんたたちに恨みはないんだ。」と男Bが言う。
バショウは少し笑うと、「最後にタバコを吸わせてくれ」と言った。
男Bは男Aを向き目で尋ね、男Aで目で(ダメだ)と答えた。
その刹那、バショウは千枚通しで男Bの心臓を突いた。男Bは引き金に力を入れることが出来ない。そして男Aはソラの首にナイフをあてているのだが、バショウはそのナイフの刃を左手でつかむと右手で男Bの手の上から拳銃を掴み、男Aの眉間に向けて発砲した。
バショウは一瞬で追っ手2人を絶命せしめた。
ソラはナイフの刃を掴むバショウの左手を見て、
「兄貴、ありがとうございました。流石ですね。」と言う。
バショウは黙ったまま男たちのポケットの中を探る。男Bのポケットには外した結婚指輪が入っていた。
(これじゃ、引き金引くのに躊躇するわけだ)、嫌なものを見たような顔でバショウは指輪を戻した。
バショウは血をハンカチで拭うとソラに言う。
「殺しにテクニックなんてない。あるのは必殺の心がけだけだ。何の迷いもなく、自分を活かすために相手を絶命させるんだ。殺される前に殺す。何の言い訳もない。それが出来るものだけが生き残るんだ。活人剣(*)とか武士道とか関係ない。ケダモノと一緒さ。情け容赦なく、迷いなく殺せる奴が生き残るんだ。」
*剣術の理想として柳生宗矩が提唱した思想で、「本来忌むべき存在である武力も、一人の悪人を殺すために用いることで、万人を救い『活かす』ための手段となる」というもの。(ピクシブ百科事典)
男A、男Bの2人は都内にある龍神会に属するヤクザであり、都内で始末をつけるように指示を受けていたが、県境を越えたのであわてて向かってきたのだった。Fラン大学を卒業し、超不況の年に就職を迎え、50社以上落ち、やむなく龍神組に就職したのだった。下っ端時代が長く、まるで良いことのないブラック企業のサラリーマンのような2人であった。そして今回の職務上の死亡事故に関してmp何の補償も出なかった。
(疲れた)
バショウとソラは戦いに勝ち、生き残ったという達成感よりも、むしろ虚しさに似た徒労感を感じていた。
2人はそのまま東武スカイツリーラインを北上し、春日部で東部日光線に乗り換えて、日光東照宮へと向かう。
行くあてのない2人であったが、先ほどの死闘でバショウが思いついたのだった。悪人を殺すことで万人を救うと言った柳生新陰流は徳川家康によって、戦国時代が終わりを迎えた際、「太平の世における剣術」の存在意義として新たに定義されたのだった。すなわち成敗の思想である。
そう、バショウは歴史オタクであった。そしてソラはさっきからスマホで時刻表を検索している電車大好きな鉄道オタクであった。
死出の旅路に向かいながら、2人は今まで人生で一番幸せであった。
春日部駅からは特急リバティ号に乗り換える。
春日部駅構内には弁当売り場はない。ソラはダッシュで改札を抜けるととんかつ屋で弁当2つとビールのロング缶4本を買ってくる。
電車に乗り遅れまいと走るソラの姿を見て、バショウは「ハハハ」と笑い、その笑顔を見たソラもまた「ハハハ」と笑った。
2人はそのまま日光のビジネスホテルで1週間宿泊した。
その間に2人は日光東照宮、日光二荒山神社山門、神橋、輪王寺、華厳の滝、中禅寺湖、戦場ヶ原を観光した。
特に東照宮は素晴らしかった。
日光のシンボル、そして最大の観光スポットといえば、間違いなく日光東照宮である。その広大な境内には、国宝8棟、重要文化財34棟を含む55棟の建造物が立ち並ぶ。そこには現代の超高層ビルに似た当時としては最先端の絢爛さがあった。殺し屋稼業の2人であるが、それでもその美しさに圧倒された。
それもそのはずである。東照宮とは全国から集められた、当時最高水準の名工によって造営されている建造物なのである。平成11年(1999年)には、二荒山神社、輪王寺とともに「日光の社寺」としてユネスコ世界遺産に指定されている。
日光東照宮は、徳川家康をご神体としている。東照宮は全国各地に分社があるが、その総本社であり、他の東照宮と区別するため「日光東照宮」と呼ばれているのである。
(参考 Tabi Channel記事)
最後に2人は戦場ヶ原を観光した。
戦場ヶ原の名前は、中禅寺湖をめぐって、男体山の神と赤城山の神がそれぞれ、大蛇と大ムカデに化けて戦ったという伝説に由来する。実際にここが戦場になったわけではない。それでもまるで古戦場のような名前の戦場ヶ原は、奥日光に位置する広大な湿原である。
「良いところだな。」とバショウが言い、
「良いところですね。」とソラが応える。
いつもは無口なバショウが自分のことを話し出す。
「俺は地方から苦労して東京の大学に行ったんだ。入学してすぐ学科のオリエンテーションがあって日光に来たんだが、もう全然覚えちゃいなかった。だから懐かしいという気持ちより、新鮮に心が打たれたよ。せっかく大学に入ったのにセクトみたいなのに入っちまって、それで人生をだいなしにすrんだけどな。」
バショウはまた黙り、それをソラは見つめる。
ここでバショウは一句読む。
☆あらたふと 青葉若葉の 日の光
ソラは中学校も出ていなかったが、その句の意味が分かった気がした。
2人はバスで宿に戻った。戻り道、ソラが話かけてもバショウは無言であった。
そして「ちょっと床屋へ行ってくる」とソラを残して行ってしまうと坊主頭になってもどってきた。
心配していたソラは安心感と、今まで長髪にしていたバショウの不似合いな坊主頭がおかしくて笑った。
ここでソラは一句読む。
☆剃り捨てて 黒髪山に 衣更
バショウも「やめてくれよ」と言って笑った。
ソラは幸せだった。宗教に狂った親元に生まれた。そして両親は金に換えるものはすべて売ったのだが、やがてすべてを失ったため、ソラも売られた。そう、捨てるようにして組織に売られたソラであった。
こうしてバショウと旅行ができるという、この幸福のためならすべてを捨てる気持ちであった。しかしまた終わりが近いのも知っていた。
めったに自分の要望を言わないソラであったが、珍しく、バショウに
「もう一度中禅寺湖に戻り、華厳の滝を見に行きましょう」と言った
ちょっと考えたがバショウは笑って、「ああ、いいよ」と言った。
ここでバショウは一句読む。
☆しばらくは 滝にこもるや 夏の初め
2人はもう1日日光に留まった。
次の日、2人は宇都宮に戻ると東部宇都宮駅からJR宇都宮駅までを街中を見ながら歩いて移動し、JR宇都宮駅から仙台へ向けて北へ移動する。
途中、黒磯駅で降り、殺生石を見に行く。
殺生石(せっしょうせき)は、栃木県那須郡那須町の那須湯本温泉付近に存在する溶岩である。付近一帯に火山性ガスが噴出し、昔の人々が「生き物を殺す石」だと信じたことからその名がある。(Wikipedia)
人生の終わりを悟ったバショウはその名称にひかれたのだ。今まで虫けらのように人を殺してきたので、その最後は同じように無残に殺されたいと思った。
気のせいか、バショウは石の毒気で、河原で蜂や蝶が多く死んでいるように感じた。そして自分はこの世界で殺生石みたいなものだったな、と思った。
出かけたときは良い天気であったが河原で遊ぶ内に大雨になり、2人はバス停の待合室に逃げ込んだ。
夕立に透けるソラの肌にバショウは少しどきりとした。
だがここにも必殺の追っ手は来ていた。
しかしバショウは待合室のトタン越しに撃ち、2人を絶命せしめた。
2人は東京から来たアベック風情であったがその胸元には手りゅう弾3つと自動小銃が隠されていた。圧倒的な武力の差がありながら、男Cと女Dは引き金に手をかけるどころか自分が死んだ瞬間さえ意識することが出来なかった。
バショウの使った拳銃は草加でヤクザから奪ったものであった。
無言でソラは男Cと女Dの遺体を片付ける。
手伝おうとするバショウにソラは「休んでください」と言い、断った。
バショウは胸元からタバコを取り出し、くわえるが、吸うのは止めた。
そして遠くに殺生石を眺め、「俺はこの世界で殺生石みたいなものだったな」と口に出して言った。
ソラは男Cと女Dの遺体を田んぼ近くに穴を掘り埋めていた。
柳の葉が風に揺れている。
ここでバショウは一句読む。
☆田一枚 植ゑて立ち去る 柳かな
しかしソラには聞こえなかった。
黒磯駅から新白河駅へと向かい、新白河で新幹線に乗り換える。
その間、新白河駅前でバショウとソラはぶらつくが、バショウは拳銃を撃った手が、ソラは屍を埋めた手が震えて、2人は始終無言だった。
夏が近づいている。
青葉のこずゑが茂り、駅前の公園には初夏の季語である卯の花が咲いており、2人の詩心をくすぐるが、そんな気にはなれない。
それでも少し歩くと茨の花の刺でバショウは指を切って血を流した。
ソラは慌てたが、バショウは逆に少しだが救われた気持ちになった。
気が付くとソラが泣いている。
「どうしたんだい?つらいのかい?」とバショウが聞く。
ソラが応える。
「いや、楽しいから嫌になるんだ。人を殺して埋めて来た後なのに、青葉がきれいで、楽しくてしょうがないんだ。そしてそんな俺が俺は大嫌いなんだ。おれは小学校もちゃんと出ていない。おかしな宗教の施設で育ったせいで名前すら書けない。こんな俺に生きている値打ちはない。それなのに生きていて楽しいと思う。おかしいじゃないか。馬鹿馬鹿しいじゃないか。」
バショウは言う。
「知っているかい。卯の花も、茨の花も咲いているときは本当に短いんだ。それに出会えた俺たちは運が良かったんだよ。」
ここでバショウは一句読む。
☆世の人の 見付けぬ花や 軒の栗
「それは私のことですかい?」とソラが聞き、
「お前のことだよ」とバショウが応える。
東北新幹線は阿武隈川沿いを進む。新幹線は須賀川駅を通り過ぎ、郡山で止まり、2人はそこで降りた。
「どうせあてのない旅だ。ちょっと寄って行こうぜ。」
と言って、バショウに連れられてソラも降りる。
2人は浅香山(安積山)にのぞむ。
安積山と安積沼は古くから名の知れた歌枕の地ではあるが、バショウは知っていたわけではなく、ソラを元気づけ、自分自身の気分転換のために降りたのだった。
東北本線郡山駅から仙台寄りに一駅行った所に日和田駅という無人駅で2人は降りた。
山道を黙々と歩き、浄土宗 来迎山白道院十念寺、瀧見不動堂を参る。
沼地を抜けると、「疲れるな」とバショウが言い、
「ああ。疲れますね。」とソラが応える。
日和田駅に戻った2人は普通電車で北上する。
二本松、松川を過ぎ、福島駅で降り、信夫文知摺(しのぶもちずり)石を見に行く。
日和田は「しのぶもちずり絹」の産地である。
信夫文知摺石は織物の綾形石の自然の石紋や綾形、しのぶ草の葉形などを摺り込んだ文様をとるために用いられたという伝説がある。
バショウとソラは信夫文知摺石を見るが、その下に半分埋まった面に、その文様があると聞かされる。古の世にはそこで絹をあてて色付けをしたとの事であるが、都市伝説ならぬ、ただの伝説だろうと2人は思った。
2人は何日も何日も歩いた。
どこへ行き、何がしたいでもなく、何かを追うでもなければ、追っ手から逃げるためでもない。
バショウとソラの2人はいったん奥州街道を離れ、遠回りとなる飯坂へ向った。以前、飯塚の里とよばれていたとこである。
2人は月の輪の渡しを越えて、瀬の上でホテルに泊まる。
風呂につかりながら、2人は体を癒す。
ここはかつて義経の太刀、弁慶が笈をとどめたという場所だ。
バショウは笑う。
「俺たち2人はさしずめ義経と弁慶だな。まあ、義経は俺だけどな。」
ソラも笑う。
「兄貴の坊主頭じゃ、弁慶ですぜ。」
そう言って2人は湯をかけあって遊んだ。
ここでバショウは一句読む。
☆笈も太刀も 五月に飾れ 紙幟
「どういう意味ですかい?」とソラが聞く。
「お前も俺で義経と弁慶だと言うことさ」とバショウは笑って答えた。
その夜、バショウは一睡もできなかった。
歩き疲れて、温泉も入って、贅沢な旅なのに柔らかい布団の上でどうしても寝付けなかった。
歳をとってから飲み過ぎるとかえって寝付けなくなることもあったが、酒のせいではなかった。
バショウは追っ手が近づいているのをヒリヒリと感じた。
死ぬのが怖いわけではない。むしろ今まで生き残ってきた自分に恥みたいなものを感じており、死に場所を探してもいた。
犬は犬なりにベストを尽くしたい。それがバショウの心境であった。
ついに起き上がると床を出て、スヤスヤと眠るソラをおこさないよう静かに寝室の隣の間に行った。
スマホの薄い灯りを立て、机の上に今持っている獲物を並べる。
・元から懐中に忍ばせている千枚通し 1本
・草加でヤクザから奪った拳銃1丁 弾は3発残っている
種類は分からないがリボルバー式で口径は日本の警官と同じ38(9.7mmφ)であった。
・殺生石で殺し屋から奪った手りゅう弾 3つ
型番からロシア製と思ったが、ソ連かもしれない。何にせよ、かなりの年代ものであった。バショウは安全ピンを引き抜き、その硬さを確認した。
・そしてもう1つ、同じく殺生石で殺し屋から奪った拳銃1丁 弾は5発
こちらは自動式けん銃 同じく38口径であるが弾はリボルバー式との互換性はない。
銃口(マズル)、撃鉄(ハンマー)はきれいだが、照星(フロントサイト)、排莢口(エジェクションポート)、遊底(スライド)、照門(リアサイト)が血糊で汚れている。バショウに撃たれた殺し屋は傷口を手で塞ごうとしながら、拳銃を構え、バショウを撃とうとしたのだ。
結果として、命を失い、バショウを殺すことも出来なかったのだが、銃には呪いのような血がへばりついていた。
バショウは拳銃を分解するとクリーニングロッド、チェンバークリーニングブラシ、布、クリーニング液を使い、汚れを落とした。
長いゲリラ生活でバショウは銃を暗闇でも分解清掃出来るようになっていた。
かつては革命を夢見ていたが、やがて殺される前に殺すというのが信条のテロリストに成り下がっていた。
隅田川沿いのアジトを引き上げるとき、バショウは死ぬ覚悟で、もしくは死んでも良いという気持ちで、武器をすべて置いてきた。それでも思うところあって、千枚通しだけ持ってきた。
いったい自分は生きたいのか?死にたいのか?バショウは思った。
自分を生かすためにこれからも人を殺すのか?俺はそれほどの価値のある人間なのか?これから生きたとして、俺に何ができるのか?何のために生きるのか?
灯りのない部屋から窓の外をのぞむ。
月のない、真っ暗な空はそこにある。
遠くに雷がなり、やがて近くなり、雨も降って来た。
こんな夜には古傷がうずく。
バショウはうたう。
「捨身無常の観念、道路に死なん、これ天の命なり」
一通り獲物を整備するとバショウはようやく床に戻り、端正なソラの顔を眺めながら、このごみのような人生の、このひとときを過ごした。
翌朝、バショウとソラは朝早く宿を出るとJR東北本線で仙台へと向かう。ゆっくりと普通電車でJR仙台駅に行き、駅で牛タンととろろを食べ、ずんだ餅をデザートに食らい、笹かまぼこをつまみに阿部勘の小瓶をやりながらさらに北上する。
昼の酒は良く回る。
トイレもかねて、JR国府多賀城駅で降りる。
多賀城は国の特別史跡に指定されている(指定名称は「多賀城跡 附 寺跡」)。奈良時代から平安時代に陸奥国府や鎮守府が置かれ、11世紀中頃までの東北地方の政治・軍事・文化の中心地であった。Wikipedia
駅の隣は図書館になっており、学校を終わったばかりの子供であふれている。その前にはコンビニがあって、
ソラが「酔い覚ましにコーヒーを買いましょうか?」とか言う。
昨夜の雨でぬかるんだ道がべしゃべしゃしている。
額の汗を拭いながらバショウは
「せっかくだ。お城の行ってみようぜ。」と言う。
ソラはちょっとあきれた感じで、それでも愛想よく、
「そうですね。兄貴がそう言うんでしたら」と言う。
そこへ3台の車が通りかかる。
3台とも軽の国産車で助手席に最初の1台は小さな子を抱いた母親が見えた。運転しているのは彼女の母親であろうか、年配で図書館へ入ろうと左折しようしている。
それを追い越して2台目がとおる。営業のサラリーマンだろうか、急に左折した1台目にクラクションを鳴らし、ちっと舌打ちをして通り過ぎる。
不渡りになるそうな手形を抱えながら、急いで銀行に行こうとしていた。
コンビニ前の横断歩道のない道路を横切ろうとする年寄りに
「馬鹿野郎」と毒づきながら、古い社用車のタイヤをきしませる。
急ブレーキの音に周りはざわめき、自然と人々の視線はそこへ集約される。
そこへ3台目の軽自動車が近づく、1台目と同じ明るい黄色で、運転席には若い男、助手席は女、後ろの席は身を伏せているのか、よく見えない。
酔った目でバショウは見る。
助手席の女は女装で、サングラス越しにバショウとソラを見て、手元の写真と照会しているのではないか。タイヤの凹みが大きい気がする。普通のダイハツミラに見えて、実は装甲を厚くしている。
(間違いない)と女装が言い、(行くぞ)とハンドルを切り、アクセルに力を込める。車はバショウとソラの横へとおるが、防弾ガラスのため窓を開けて撃つ必要があった。
ようやく気が付いたソラは後ろから急発進してきた後部座席の窓が開くのを見る。そしてそこには自動小銃を構えた男の影が見えた。
しかし窓が開いた瞬間、その数秒前に、その位置に向けてバショウが投げた手りゅう弾が窓から飛び込む。
男たちの慌てた声が漏れてくる。
後部座席の男は銃を置き、手りゅう弾を拾い、それを窓から捨てようとするが、捨てたものと勘違いした運転席の男が窓を閉めてしまっていた。
手りゅう弾は押し出すには1センチほど窓は狭くなってしまっている。
男たちの怒号が飛ぶ。
慌てた運転手が窓を開ける操作をするが間に合わない。
8mm鉄板と1センチ厚の防弾ガラスに守られた装甲車内で手りゅう弾は破裂した。
バショウが投げ入れた手榴弾は球状をしており、旧ソ連製であった。50年も前に作られたものであったが、その威力はむしろ人道的観点から殺傷力を落とした閃光手榴弾(スタングレネード)と比べるとはるかに大きな威力だった。手りゅう弾はグレネードと呼ばれる炸薬型の破片手榴弾(フラグメンテーション)であった。グレネードとは古フランス語で種が一杯に詰まった果実ザクロのことであり、種の代わりに火薬が詰まっており、破裂した破片のため男たちの顔がザクロのようになった。
手りゅう弾の攻撃を受けたものはいつもそんな感じになる。
そのためバショウはグリネードのザクロは吹き飛ばされた顔のことだとずっと思っていた。
バショウは後ろ座席の狙撃手がいた席のドアを開けた。ドアは熱風で高温になっており、バショウの指はじゅっと焼ける音がした。
すでに男たちに意識はなかったが、わずかに口元が(殺してくれ)と動いているのが分かった。バショウは3発しか残っていない銃の3発を使い果たし、男たちを冥途へ送った。
暗殺者たちの顔は皮膚が残っていなかったので、誰かは分からなかったが、その内の2人はかつてベイルートに長くバショウと潜伏したことがあった。
バショウは結局1発の撃たなかった自動小銃を拾い上げたが爆風で銃身がゆがんでいた。
そして爆音に慌て、携帯電話をもってはいるが何もできずに立っている営業マンの車を奪った。
3時までに銀行に行かないと手形が不渡りとなり、会社が倒産するかもしれない危機にあった彼は、それでも何も言わずにカギをバショウへ渡した。
まだアルコールが残っていたが、ソラが運転し、海岸沿いを国道45号線で北上し松島へ向かう。
長い沈黙の後、ソラは言う。
「兄貴、さすがですね。でも、兄貴が判断した時、3人が堅気であったかもしれないんじゃ・・・。」
バショウは答える。
「殺される前に殺せ、これはこの世界の鉄則さ。おまえの言う通り、シロだった可能性もある。でも俺みたいな畜生は自分のために誰でも殺すのさ。」
ソラにはバショウが震えているのが分かった。そして何か言おうとしたのだけど、結局ソラは何も言えなかった。
2人は車で笠島、岩沼、武隈の街道を抜ける。
ここらは古の代には栄えた町であるが今は過疎化と老齢化が進み、限界集落と化していた。トタン屋根は赤さびて、雑草とツタに覆われていた。
建物は崩れ、川も資材が流れて、道も塞がり、かつてあった商店は廃れ、草に埋もれていた。木も老いて朽ち、雑草に代わられていた。
ソラは、本当にかつてここに人が住んでいたのか?と、その跡を見て思った。ときおり木漏れ日が差し、千歳のかたみ、眼前に古人の心を映していた。
2人を乗せた車は旧街道を抜けて、松島へと向かう。
松島は、宮城県北東部の松島湾内外にある約260の島々からなる諸島やそれを擁する多島海である。または、湾周囲を囲む松島丘陵も含めた修景地区のことである。日本三景の一つに数えられている。
壮観:東松島市にある宮戸島の大高森からみる景色。
麗観:松島町の富山にある大仰寺よりみる景色。
幽観:松島町と利府町の境界部にある扇谷からみる景色。
偉観:七ヶ浜町の代ヶ崎の多聞山からみる景色。(Wikipedia)
もう夕暮れである。真っ赤に染まった奥松島の島々の他、遠く船形山(奥羽山脈)を2人は一望した。
松島は本当に美しかった。
バショウは言葉もなかった。
そこでソラが一句読む。
☆松島や 鶴に身を借れ ほととぎす
「それは俺のことかい?」とバショウが聞く。
「兄貴のことですよ。」とソラが応え、バショウがようやくは笑った。
歴史オタクのバショウはかねてから平泉に行きたいと思っていた。
松島で車を乗り捨てると中古のバンを買い、車中泊用の寝袋やらを買い、平泉に向かった。
平泉は岩手県の南部にある土地で、平安時代に奥州藤原氏という一族が治めた。特に藤原清衡、基衡、秀衡の親子3代のときに最盛期を迎えたが、その栄華は長くは続かなかった。
藤原秀衡が、源頼朝から逃げてきた源義経をかくまったことを発端に、源頼朝によって滅ぼされてしまったのである。
バショウとソラはバンで夜を明かした後、中尊寺・弁慶堂、中尊寺・金色堂、毛越寺庭園、柳之御所、達谷窟毘沙門堂、蝦蟆ヶ池辨天堂、磨崖仏(岩面大仏)を巡った。
三代にわたって栄えた藤原氏の栄華も一睡の夢のようにして(はかなく消え)、(藤原氏の館の)大門の跡は一里ほどこちらにある。秀衡(の館)の跡は田や野原になっていて、金鶏山だけが(昔の)形を残している。
晴れ間が止み、急に雨が降ってきた。
ようやく気を取り直したバショウが一句読む。
☆五月雨の 降り残してや 光堂
「元気を取り戻しましたね?」とソラが聞く。
「フフフ。」とバショウが笑うが、その心は氷のように冷えていた。
バンに乗ると今度はバショウが運転した。4号線にもどり、バイパスへと向かう。
そこに追っ手がついてくる。最強の敵だ。すでに気づかれており、今までように先は取れない。
バブル崩壊はもう30年も前の話である。それでもバブルの遺跡のような遊園地跡がある。その一角にはかつてのパチンコ屋跡があり、懐かしい秘宝館跡もある。どれも昭和の遺跡のようで、時間が経ち、かつての欲や派手さがそぎ落とさて、それはそれで風流な風情となっていた。
ネオンや看板は崩れ落ち、屋根も風雨にさらされ朽ち、大きくへこんでいた。閉店後に壁にスプレー缶で描かれた落書きもまた消えようとしていた。かつてここは地域でもっとも賑やかな場所の1つであったはずだった。
しかしもはや見る影もない。誰に見向きもされず朽ちて行くそのさまはまさに千年の趣があった。
そしてここはバショウもソラも初めて来る場所だった。
何もしかけることはできない。
追っ手は黒塗り装甲仕様のベンツ5台に分乗していた。もはや隠そうともしない。
ベンツの窓が開き、自動小銃でバンを撃ってきた。薄いシャーシは穴が開き、弾は2人の頭をかすめた。
ようやく遊園地跡についたときにはタイヤもパンクし、もう少しも走れない状態であった。
それを追って5台のベンツが入る。だが往々にして追いつめるというのは追いつめられることとなる。
組織から送られた20人からなる精鋭は一個師団(*)なみに武装していた。
*師団(しだん、仏・英: Division)は、軍隊の部隊編制単位の一つ。旅団・団より大きく、軍団・軍より小さい。師団は、主たる作戦単位であるとともに、地域的または期間的に独立して、一正面の作戦を遂行する能力を保有する最小の戦略単位とされることが多い。多くの陸軍では、いくつかの旅団・団または連隊を含み、いくつかの師団が集まって軍団・軍等を構成する。(*)
(Wikipedia)
その絶対的な火力と人数の差で、組織の追っ手たちはバショウとソラを捻りつぶす気でいたが、遊園地跡にカーキ色の装甲車が停まっており、その合間を抜けて今度は自分たちが装甲車に囲まれたのに気が付いた。
それは岩手県警察本部及び合同本部、機動捜査隊及び分駐隊、交通機動隊、交通機動隊県南分駐隊、交通機動隊沿高速道路交通警察隊、そして機動隊からなる総勢100人からなる部隊であった。そこに実は自衛隊岩手地方協力本部からの派兵も含まれていた。
いかに最強のぐれん隊といえども国家権力の前にはひとたまりもない。
ようやく自分たちが嵌められたのだと気づいた男たちはリーダーを務める男を見る。
男はかつてバショウと一緒にセクトに入り、革命戦線を率いた仲であった。
少し笑うと(玉砕もやむなし)と目で応え、部下たちはその命令に従った。
組織と岩手県警軍の壮絶な撃ち合いが始まったとき、バショウとソラは救急車で搬送された。バンの中でソラは千枚通しで内臓に触れない程度に腹部に傷を作り、その痛みに耐える声で警察に電話していたのだった。昨日のJR国府多賀城駅での事件を追っていた警察の動きは早く、こうして対峙できる部隊をそろえたのであった。
組織は台湾製の91式歩槍(91式小銃、T91戰鬥步鎗)という自動小銃で武装していた。中華民国国軍の制式アサルトカービン(突撃騎銃)である。86式歩槍に各部改良を加え2002年に制式化された。正式名称は5.56mm T91 アサルトライフルである。
対して岩手県警軍はドイツヘッケラー&コッホ(H&K)社が設計した短機関銃(SMG)H&K MP5を配備していた。本兵器は第二次世界大戦後に設計された短機関銃としては最も成功した製品の一つであり、命中精度の高さから対テロ作戦部隊などでは標準的な装備となっている。加えて拳銃としてニューナンブM60を携帯していた。
更にセクトが防弾チョッキだけなのに対して、岩手県警軍はフルフェイスのヘルメットに加えて、盾としてポリカーボネート製ライオットシールドを持っていた。これは警察や軍隊・準軍事組織の一部に配備されている軽量の盾である。
どう考えても組織には分が悪かった。それでも殺し屋たちは(ああ俺も殺される役が回ってきたのか)と悟り、警官隊たちに発砲し始めた。
救急車で運ばれたバショウは懐から拳銃を取り出すとそれで救急救命士と運転手を脅し、街中で降りた。バショウは空の拳銃のみ用意して、手りゅう弾も自動小銃もバンに置いて来たのだった。
バショウとソラは駅前でレンタカーを借り、峠へ戻っていく。
途中、狼煙のような煙が遊園地跡の方向から上って来るのを見た。バショウとソラのために用意したプラスチック爆弾を組織が自分たちのために使ってのだとバショウは理解した。
バショウは道脇に車を停めると、遠くの噴煙を見ていた。夏盛り、道端では雑草が生い茂っている。風は吹いてなく、熱気がゆっくりとアスファルトから立ち上っていた。
「兄貴」と言い寄るソラにバショウは静かに言う。
「すまねえ。少しほっといてくれ。」
そしてバショウは殺戮の現場を思う。
☆夏草や つはものどもが 夢の跡
かつてバショウとソラが属し、今やその2人を殺そうとしている組織とは何であろうか。
柳生一族のような古の暗殺組織でなければ、GHQのようなかつて占領下の機関でもない。巨大資本でもなければ、狂信的な宗教団体でもない。
それは例えば市井の募金活動で成り立つような極めて小市民的な団体であった。
長い不況と汚職の絶えない与党へ不満を源として、商店街、学校、労働組合の一部が小遣い銭や、お年玉の残り、町の小さな募金活動、わずかな年金からの寄付からなる市民活動であった。
金銭については極めてクリーンであるが、一方、「弱者は正しいことのために正しくない方法も取ることが許される」を信条としていた。
そのため与党に対する反対運動に加えて、反社会的セクトへの応援活動も積極的に行い、その手はべっとりと血で汚れている。
初めは1960年台の学生運動にさいしてのバリケードストライキ等の武力闘争を支援し、セクト、ブントや三派全学連を組織する際の資金を提供していた。
さらに市民活動団体はパレスチナ解放人民戦線(PFLP)への派兵を目的として国際義勇兵(アラブ赤軍)の結成を援助した。義勇兵は海外での多数の武装闘争事件を起こし、7人が国際手配(国際指名手配)中である。また一部は国内では、1970年のハイジャック事件、1971年山岳ベース事件や山荘立てこもり事件を起こした。1974年、三菱重工爆破事件を始めとする無差別爆弾テロ事件で、連続企業爆破事件を引きおこした。
現在では環境問題、人権問題、年金問題等による与党への不満を受け皿とする革新政党の資金援助、全国各所での反対運動のサポートを行っている。
市民活動団体は極めて純真、清貧であるが、同時に極めて暴力的な組織であった。その市民団体には正式な名称すらなく、同好会のようにリーダーを持たなかった。巨大組織であるのに関わらず、各々の主張でメンバーここにサークルを作り自由に動き回った。ある程度の大きさなると内ゲバが起こり、メンバーで殺し合ってしまうからである。
そのため一部が失われても組織は再生し、その志は引き継がれた。それは病を抱えたこの国に巣くうアメーバーであった。善意と言う名の膨大な資金力と捨て身の義勇兵がいる限り、組織は不滅であった。
しかし今回20人の殺し屋が死んだので、組織としても大きな痛手を受けた。
(もうしばらく追われることはないだろう)とバショウは思った。
バショウとソラは国道45号線を東に向かい、車を2回乗り替えた後、石巻港の小さな船宿に泊った。
その夜、バショウとソラの2人は石巻で夕食と宿をとった。
どうにか生き残った祝いに地場の料理を食べた。
金華ぎん(三陸金華山沖で養殖される銀ざけ)、ほや、金華かつお、ほたて、そして幻の金華さばを食べる。酒は墨廼江(すみのえ)を冷でコップで飲む。
飲み過ぎたソラをバショウは部屋へ連れて行き、寝かしてやる。若いソラは緊張への疲れもあって泥のように眠っている。
バショウは自分が寝付けないのは単に年を取ったからだと気づき、坊主頭を撫ぜる。
(また無駄に生き延びたな)
バショウはまんじりともせず、その夜を過ごした。
朝方、トイレに行くソラの物音に気が付く。勢いのある放尿の音にソラの若さを思った。外では海風が吹いている。
ここでバショウは一句読む。
☆蚤虱 馬の尿する 枕もと
しかしそれをソラが聞くことはなかった。
物音のあと、またソラの寝息が聞こえてきた。
もう明け方である。
バショウはようやくあくびをすると朝食までのわずかな時間を眠った。
宿で干物と生卵が出てくる朝食をとりながら昨日の顛末をテレビのニュースで見る。
組織と岩手県警軍の撃ち合いは県警側の圧倒的勝利に終わっていた。
黒塗りのベンツが攻撃と自爆でつぶれ、その窓からは殺し屋の死体が見えるのだけど、テレビ用にモザイクがかかっていた。
ソラも食べる手を一時止め、バショウも食欲を失い、箸をおいた。
ここでバショウは一句読む。
☆むざんやな 甲(かぶと)の下の きりぎりす
それはみごとな句であったがソラは、何も言うことは出来なかった。
バショウも黙っている。
死んだのは組織の義勇兵である。彼らは私欲なく、財産を持たず、ただこの国をよくするために働いてきた。名前すらなかった。
世が世なら新選組になれたかもしれなかったのだ。
しかし彼らは朝の茶の間を騒がるだけのテロリストとして死に、その死はまさに無駄死にであった。
店主が「怖いねえ」と言いながらお茶を持ってきた。
バショウも「怖いねえ」と言い、湯呑を受け取る。
ソラはこの最強の老兵の孤独と深い悲しみを黙ってみている。
夏の盛りである。腐敗した有機物の臭いが潮風に乗ってやってくる。
それは生命と死の臭いであった。(結局ところ、どうやっても逃げ切れまい)とバショウは悟った。
バショウとソラの2人は国道347号を西に尾花沢へ行く。
しばらく2人は山寺を歩く。
山寺とは正式には宝珠山立石寺である。天台宗に属し、創建は貞観二年(860年)天台座主第3世慈覚大師円仁によって建立された。
約百町歩(33万坪)の境内を持ち、その中に大小30余りの堂塔が残され、三つの不滅(法灯・香・写経行)が今尚護られている。
当時、この地を訪れた慈覚大師は土地の主より砂金千両・麻布三千反をもって周囲十里四方を買い上げ寺領とし、堂塔三百余をもってこの地の布教に勤めた。開山の際には本山延暦寺より伝教大師が灯された不滅の法灯を分けられ、また開祖慈覚大師の霊位に捧げるために香を絶やさず、大師が当山に伝えた四年を一区切りとした不断の写経行を護る寺院となった。その後鎌倉期に至り、僧坊大いに栄えたが、室町期には戦火に巻き込まれ衰えた時期もあった。そして江戸期に千四百二十石の朱印地を賜り、堂塔が再建整備されたのであった(*)。
*参考 立石寺 ホームページ
夏の盛り、蝉の声が鳴り響く境内、バショウもまた自分の人生の盛りにあることを知った。
短い夏を精一杯鳴いて過ごす蝉に共感を覚えた。
☆閑かさや 岩にしみ入る 蝉の声
「すごいや、兄貴。こんなすごい句、賞に出したらすごく評価されるんじゃないですか?」とソラが聞く。
「さあてね。」とバショウが言う。
元々は国語の教員を目指した男が、間違いを重ねて殺し屋になってしまった。取り返しのつかない人生の、悲しみの、やがて夢と消える儚さがそこにあった。
バショウは自分を笑った。
汗をかいたバショウとソラはナトリウム-塩化物・炭酸水素塩温泉に入り、そこで簡単な昼食を取る。暑いので冷やし中華にした。
この旅に出てから一緒に風呂に入ったのは初めてであった。バショウは出来るだけソラのその部分を見ないように努めたが、逆にソラは兄貴のその部分をずっと盗み見ていた。
2人は国道13号線へ新庄市本合海に行き、最上川沿い道を通って庄内町清川まで下る。
最上川は長さ229km、全国で7位である。古くから、人と物資と文化を運ぶ道として役割を担ってきた。とくに、新庄市本合海地区を流れる最上川は、舟運の中継地として栄えたのだった(*)。
*参考 やまがた 庄内観光ガイド
「本当は船で下りてえんだがな。」とバショウは言い、
「すまねえ。兄貴、俺は船がからきしダメなんだ。」とソラが応える。
「フフフ。」とバショウは笑い、「良いってことよ。」と継いだ。
その日は修羅の道を歩むバショウにとって人生最高の日であった。
ソラが運転し、バショウは川を眺めている。
「すげえや。最上川は、陸奥から流れ出て、山形を上流とする川なんだなあ。しかも碁点・隼などという恐ろしい難所がある。そして板敷山の北側を流れ、最後には酒田の海に入っていくんだ。」
ソラはバショウの言葉を笑って聞いている。
「左右を山に覆われ、茂みの中に舟が流れていきやがる。この舟に稲を積んだものを、「いな舟」と呼ぶらしいぜ。白糸の滝は青葉の間に流れ落ちており、仙人堂は岸に臨んで立っていやがる。」
バショウは指を指して言う。
「ほら。見てみな。水の勢いが強いんで、舟がひっくりかりそうじゃないか。」(*)
*参考 奥の細道 松尾芭蕉
感極まったバショウは一句読む。
☆五月雨を あつめて早し 最上川
「すごいや、兄貴。俺はこんな言葉しかなくてごめんよ。でも本当にすごいんだ。すごいよ、兄貴。」
そう言ってソラは車を停めるとバショウに抱きつき、キスをした。
この旅の初めから思いをようやく行動に示したのだった。
バショウのくちびるはかさついて、タバコのにおいがした。
詫びた山寺で参拝するがそれはバショウの趣味であり、今度はソラの趣味に合わすため車を乗り捨てるとJR余目駅からは列車に乗り替えて、酒田へ行くこととした。
JR酒田駅で降りると宿を取り、2人は夕食に出た。
酒田も海が近いが日本海側であり、石巻とはずいぶんと風情が違った。
バショウはソラに
「何か食いたいものがあるかい?」と聞く。
「そうだねえ。」とソラが甘えた声で答える。
「今日は肉が食べたいな。」
2人は駅前のレストランでステーキを食べたが、バショウはソラの食欲に感心し、
「若けえな。」と言った。
バショウはほとんど肉に手をつけず、ハイボールばかり10杯も飲んだ。
ソラは飲まず食べるだけだった。
最後にバショウはコーヒーを飲み、ソラはアイスクリームを食べた。
二人は駅前のホテルに戻ると、その日はじめて結ばれた。
何度も死線をくぐり、ようやく手に入れた、平和と愛であった。
意外なことにソラが攻め(男役)でバショウが受け(女役)であった。百戦錬磨の最強の殺し屋バショウもこの日ばかりは初めて破瓜を迎えた女のようになった。
バショウは言う。
「今まで女の相手は、それこそ数え切れないくらいしてきたが、男はおめえが初めてだ。」
そして続けて言う。
「何と言うか、どうなんだろう、おれはちゃんとやれたのかい?」
ソラは答える。
「良かったよ。すごくよかった。おれは女も男も初めての童貞だったけど。兄貴はやっぱり最高だったよ。」
バショウはうれしくなった。
「そうかい。そうかい。俺はよかったか。」
そういうバショウに力を取り戻したソラが再び乗りかかる。
バショウは臀部の痛みに耐えながらも、その喜びに息をもらした。
ステーキを3枚平らげたソラがようやく怒張をおさめるのは12時を回ってからであった。
息絶え絶えのバショウは一句読む。
☆一つ家に 遊女も寝たり 萩と月
ソラは笑う。
「俺は女じゃねえよ。」
バショウはおいどの痛みに耐えながら、
「知ってる。」と言った。
バショウはまた夜中に目を覚ました。
年を取ってからずっとそうだ。
また2時を回ったくらいだ。
気が付くと胸元に身を寄せているソラの目も瞼が開いており、濡れたまなこが光を反射していた。
「お前に言っときたいことがある。」とバショウは切り出した。
ソラは本能的に聞きたくないと思ったが、黙ってバショウの胸元に手を置いた。
「何故、俺が組織に追われているかだが、知っておくと良い。お前がこれから組織から逃げるのに役に立つだろう。」
「いやだ。兄貴と一緒だ。」とソラは思わず言う。
バショウは少し笑うと続けた。
「でも聞いときな。それはお前がいつか組織に帰るときの手土産になるはずだ。」
そう言い、バショウは続ける。
「組織は今、革新政党に力を入れているんだ。どこの馬の骨か知らない漫才師とユーチューバーが組んで出来た政党だ。それが与党の汚職と不適切発言で勢いづき、太陽光発電NPO業者、死刑反対人権団体、ジェンダーリーダー、ビットコイン成金、元暴走族の教員、国境不要論者、反原発経済学者、そして元オリンピック選手たちが次々と当選し前の衆議院選挙じゃ一気に第3勢力にまでのし上がったんだ。組織としては、これ以上に良い話はない。何しろ支持政党を失い、もっぱら投票拒否の反対運動しか出来なかったんだからな。武力革命でない、民主的な選挙で政権がとれるんだってすごい喜びようだったんだ。」
バショウは暗闇を見つめる。
「その革新政党は年に1回後援者を集めて、小さな集会をしていたのさ。水戸の偕楽園で『梅を見る会』と言う名前で、な。」
ソラは本能的に、
「兄貴、その話聞きたくないよ。」と言ったが、バショウは続ける。
「清廉潔白なはずの革新政党が催すその『梅を見る会』で酒と料理がでちまったのさ。」
ソラは「兄貴・・・。」と言い、バショウの胸に爪を立てた。
だがバショウは続ける。
「政党助成金を使ってな、後援者を接待しちまったんだ。最高級の信州そばを使ってな。長野県は、昼夜の寒暖差が大きく、水はけのよい山地の畑がそばの栽培に適してるんだ。その良質の蕎麦を使った“信州そば”を出したんだ。戸隠そば、霧下そばや開田そばと呼ばれるそばに熱々のかきあげと生卵を載せてな。」
「兄貴、もういいよ。兄貴。」と怖くなったソラは言う。
だがバショウは続ける。
「しかもいなり寿司まで付けてな。1人で2つも。」
ソラは目を固く閉じると押しつぶすように言う。
「まさか、いなり寿司まで。・・・これは政局になるんじゃ。」
バショウは言う。
「ああ、間違いない。与党の汚職を攻撃することでのし上がってきた革新政党がこのざまじゃ、今度は証人喚問を受ける方に回るのさ。」
「それで組織は兄貴を狙っているんですね。」とソラが言い、
バショウは「ああ、おれは組織の青色申告を手伝っているときにそれを知ってしまったのさ。」と言った。
バショウを黙らせるにはそれしかないと思ったソラはバショウに抱き着くと夕べの続きを始めた。
へとへとになったバショウは息も絶え絶えで、もはや一言も声を出せない。
ソラはバショウの背中に胸を寄せると、
「兄貴、このまま逃げ続けよう」と言った。
バショウはソラの無邪気さを笑っている。
「ねえ、兄貴はこれからどこに行きたい?」
とソラが聞き、バショウは
「そうさな。お伊勢さんには一度めえりてえと思ってたな。」と言った。
「そうかい。じゃあ、一緒に行こうぜ。」とソラは言い、ソラは本当に2人で伊勢参りに行きたいと思った。
外では虫の声がする。もう秋が始まっているのだ。
翌朝早く2人は宿を出た。
(気ままな旅だ。)
バショウは(越前、金沢、小松、福井、敦賀と回って、最後は大垣にでも)とか考えていた。
ソラは荷物を持って後からついてくる。
日差しでくらくらする。気が付くとバショウは左の靴ひもがほどけていた。
(おかしいな)と思いながらもバショウは反射的に身を屈めてしまった。
そして背中からソラがバショウの左胸を千枚通しで貫いた。
朝、6時過ぎの人通りのない駅に向かう通路である。
バショウは左乳首の下3センチのところを突き抜けて飛び出す針を見た。
ソラはバショウが秘密をバラしたさいに発動する最後の殺人兵器だったのである。その洗脳は深く、ソラ自身の意識では制御できないものであった。
バショウは痛みを堪えながら言う。
「流石だな。千枚通しのソラ。正確に狭い第3肋骨と第4肋骨の間を抜けて心臓を貫いていやがる。しかも背中から刺すのになんの躊躇もない。まさにプロの技だね。」
ソラは言う。
「兄貴、しゃべらないで。針は心臓を貫いている。そしてこの針を抜いた時に兄貴は死ぬ。どうして?兄貴は俺が兄貴を殺す気でいるのを知ってたのかい?」
バショウは答える。
「ああ、気づいていたさ。草加でお前がへたくそなヤクザにやられそうになったとき、ああ、こいつは死のうとしているなと思ったんだ。」
バショウは続ける。
「だめだ。もう続かねえ。ソラ。後生だ。辞世の句を。」
ソラは針を抜き、バショウの心臓は破れ、大量の血が傷から噴き出した。ソラはうたう。
☆行き行きて 倒れ伏すとも 萩の原
(見事だ)、バショウの目がそう言っていた。
ソラはバショウを仕留めたが、ソラがバショウから秘密を聞かされたと情報が組織に入った。
そのためソラもまた暗殺の対象となり、さらに何重もの追っ手がソラに向かって放たれた。しかしソラが打たれたと言う情報はついに組織には入らなかった。
翌年の衆参同時選挙で組織を支持する革新政党は議席をすべて失い、そこに賭けていた組織もまた壊滅するのだが、そのことも知らずソラは逃げ続けた。
その後のソラの行方は誰も知らない。
殺人「奥の細道」 ナリタヒロトモ @JunichiN
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